第67話 苗床

 その後もわらわらと現れる蜂の衛兵。何度も始末しているが、連中ご丁寧に必ず二体以上の群れでこちらを襲ってきやがった。

 

「まあ、カノンが潰されなきゃどうとでもなるな」 

「ほいさ」

 

 けれどその対処はなんら問題ない。二体であればカノンが分断してくれるし、三体のときも前回同様。

 今回は二体。カノンがスタンと風圧を発生させ蜂を引き離し、取り残された一匹を俺とリリアで叩く。

 遅れた一匹にもう一度同じことをすれば戦闘終了だ。

 非常にラク。かなり順調だ。

 あまりにも容易に撃破できるので脅威をあまく見積もりそうになる。

 ただし忘れてはいけないのが、後衛のカノンが完全に要となっているということ。

 カノン一人に何か起きるだけで一気に戦闘難易度が跳ね上がる。

 分断し数の利を生かして戦う。言ってることは、単純だが純粋な近接攻撃しかできない俺とリリアでこの状況を作り出すのは極めて困難。

 俺たちが無傷で戦闘を済ませられることも大切だが、それ以上にカノンに危機が及ばないよう介護することも重要だ。

 

 それにカノンの開幕爆撃はそれなりのクールタイムが必要らしいのでむやみな戦闘は行わないようにしている。

 聞くところによれば、果物タイプはたくさん投げれるが条件付き、対する薬瓶タイプは強力かつシンプルだが連発は難しいそうだ。

 

 こちらに向かわない衛兵の蜂とたびたび遭遇してきたが、それらは息を潜めやり過ごしてきた。

 カノンの爆撃は蜂の衛兵が二体以下の場合は温存する方針。開幕爆撃で数を減らせなければ、戦闘の安定性はかなり下がる。

 余裕を維持するためにも慎重な戦闘が必要だった。

 だが、その甲斐あったといえる。

 俺たちは未だ大きいダメージを負わないまま、沼の最深部まで踏み込むことができていたからだ。

 そうして衛兵蜂との戦闘を繰り返し切り抜けて進んだ先。

 やがて深い深い濃霧の向こうから姿を現したのは、崩れ落ちた大神殿。

 蜂の女王の話が本当なら、ここにこの湿地の霧を生む苗床がいるはず。

 

「ここが最深部、もう一つの神殿蜂の巣か。酷い有り様だな……」


 かつて空中にあったであろう超巨大八面体は、無残にも地面に横たわる姿で沼の上に墜落していた。

 派手に崩落した一角から内部へと足を進める。地に落ちたことであたかも沼に沈むような格好となった蜂の巣は、巨大なかまくらのような構造となっていた。

 頭上を見上げれば神殿蜂の巣の内部がありありと見える。

 精緻に区切られた通路は無作為に突き出た大小さまざまなキノコがあちこち食い破っており、元の完全性は見る影もない。

 子を育てるためにあったであろう部屋からは、ギチギチに詰まったキノコが出口を求めるように突き出ている。部屋の内部には無数のキノコが所狭しと密集していることだろう。

 言わずもがな、もうここにまともな蜂は一匹たりとも残っていないだろう。


「でけー」

「無事な方の巣とは比べるべくもないな」

「無残な姿だ。私のエルフの森もここと同じ末路を辿るのだろう」


 ぽけーっと口を開けてぼんやり見上げるカノンの隣で、リリアは重々しく呟いた。

 

「そうならん為にここまで来たのだろう」

「無論だ」 

 

 カノンはともかく、リリアにとってこの眼前の光景は決して他人事ではない。

 節操もなくキノコに食い散らかされたこの文明の残骸は、やがてリリアの生まれ故郷にも訪れる景色なのだ。

 俺にリリアがけったいな呪いを掛けたのだって、それを防ぐため。

 リリアはきっと、初めからこの惨状を明確にイメージできていたのだろう。だからこそあれほど逼迫していたのだ。

 いやだからって無理やり呪いで俺を縛ったことに関しては絶対許さんからな。

 いま思い返してもその場で手が出なかったのが不思議でならん。

 もし記憶を消してもう一度同じシチュエーションを味わったら、次は即やっちまうかもしれん。

 

「しかし肝心の苗床が見当たらんな」

「だな。女王のサイズなら隠れようもないと思ったが」


 崩落した神殿の中央部まで足を進めてみたが、肝心の苗床の姿がどこにもない。

 健全な方の神殿蜂の女王は、視界いっぱいに収めきれないほどの馬鹿でかさだった。

 ここの女王はそれの姉だというのだから、それに準じるサイズのはず。

 一体どこに姿を消したんだ? 女王が見つからないとここまで来た意味がないんだが……。

 

「後ろだ二人とも!!」


 咄嗟に声を上げるカノン。

 即座に振り返る。


 崩れ落ちた入り口を塞ぐように超巨大な蜂の頭部がこちらを覗き込んでいた。

 

「クソ、退路を断たれた!」

 

 アリのように巣の裏側に張り付いていたのか。

 油断していたわけではないが、失敗した。神殿内部に近づく前に周囲をぐるりと洗っていれば防げたかもしれない。

 いや、悔やむのはあとだ。ここで仕留め切ればいい。

 ていうかデカい蜂の頭部を見るの普通につらいんだが。蟲に特別苦手意識が無い俺でもちょっとウッてなる。

 などと正面の女王蜂を観察しながらしょうもないことを考えていたとき、俺たちより視力に優れるカノンが何かに気づいた。

 

「何だ、ありゃ……?」

「おいカノン、何に気づいた? 俺たちにも教えてくれ」


 たじろぐカノンに強く呼びかける。

 死ぬほどデカい蜂。それ以上の何があるってんだ?

 

「アイツ、アイツ──頭だけで動いてるぞ!」


 ごとり。蜂の頭が転がる。

 露わになったのは首の断面。

 繋がっているはずの胴はなく、そこにはまったく別の生物が癒着していた。

 巨大な眼球、人間の歯、ひらひらはためく謎の膜、触手のように蠢く菌糸。

 それは、巨大な蜂の頭を背負う醜悪な何かであった。

 

「き、」


 気持ち悪すぎィーーーーッ!!!!

  

 

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