第64話 カノンの興味
「そらっ!」
カノンの繰り出す捻りの効いたアンダースロー。
先の丸いトゲに覆われたイガグリがジャイロ回転しながら鋭く低空を飛ぶ。
イガグリは奥の白いキノコに着弾し、小さかったトゲが瞬時に巨大化。
丸いっこいトゲは一瞬の内にガンガゼの如き凶悪なトゲに変貌し、白いキノコを残忍に刺し貫いた。
その見事な活躍に関心しながら、俺はカノンに声を掛けた。
「先に発見さえできれば楽勝だな」
「近づかれたらさっきみたいになるけどな」
白いキノコ。その正体は先ほど俺たちが辛酸を舐めさせられた貴婦人キノコだ。
このキノコ、沼に潜水して長躯を隠し、テーブル状のキノコの隙間を縫いながら俺たちに接近してくる生態がある。
一度奇襲されたことで警戒心を強めたカノンがこちらに近づく不穏な影を発見し、先制を打ったらなんとあの貴婦人キノコだったのだ。
一回目に接近を気づけなかったからくりはそれだった。いやらしいのは戦闘スタイルだけじゃなかったようだ。
身を隠しながら近づいてくる敵がいるなんて。油断も隙もない。
以来、白いキノコは発見次第このようにカノンがアイテムを投げることで対処してくれている。
貴婦人キノコは体力が低く倒しやすいが戦闘が巧い。このように接近戦闘になるのを未然に防ぐのが安全に始末する方法だろう。
それができるカノンの存在はありがたいな。
既にあの貴婦人キノコはもう3体ほど遭遇しすべて撃破している。遭遇頻度はかなりのものだ。
おそらくだが、貴婦人キノコも俺たちと同様に霧によって視界を奪われていたのだろう。
カノンが風を起こした影響で貴婦人キノコも俺たちを見つけられていると予想する。
さしずめ霧を晴らして攻略した際にだけ襲ってくる敵といったところか。
にしても先ほどからカノンの活躍が目覚ましい。俺とかリリアが何もせずとも戦闘が終了しているぞ。
「というかその栗、強くないか」
「だろ? でもこれ投げるの難しいんだ。うまくやらないと針が伸びなくてさ」
「なんだその仕様……」
だからアンダースローなのか。投擲アイテムに投げ方の指定なんてあるのかよ。
後ろから弾を投げるだけの楽な役割に思えて、当人にしかわからない苦労もあるようだ。
「そもそも狙った場所に当てるのも大変なんだからな」
「そういうものか」
ついつい投げ物なんて当てて当たり前と思いがちだが、確かに言われてみればそうか。
命中を補佐するスキルくらいありそうなもんだが、所持していなければ本人の努力で当てるしかない。
そう思うと土偶のシーラの眼光ビームが通常攻撃だったのは破格だな。
視線の先を攻撃できるから命中に不安もないし、リソースも無限だし。
彼女の場合は種族そのものにデメリットを抱えていたのか。接近された場合の抵抗の難しさもオートマタの比ではないだろうし。
というかシーラは防具を装備できないか。後衛職にも後衛職なりの悩みは絶えなさそうだ。
「あっ! おいおいおいアリマ! なんだよあれっ!」
カノンが声を弾ませながら指さした先にあったのは、炎を吹き出すキノコと、それを守る機械歯車のキノコ。
そうか、もうここまでたどり着いたか。既に通った道をもう一度進んでいるのもあって、カノンの初見の反応を微笑ましく見守ることができる。
「よくもまあ、アレを目にしてはしゃげるものだな」
「まあ価値観の違いだろ」
対するリリアは辺りに金属質の物体が増えたことにげんなりとしたリアクションを見せている。
ちなみに俺はカノンの味方だ。俺だってあの駆動する歯車キノコを見てテンションが上がる側だからな。
「こんなの、大興奮ものだよ!」
「おおい待て待て、気持ちはわかるが落ち着け」
俺の手を引きながら大はしゃぎでぴょこぴょこ飛び跳ねるカノンを窘める。
カノンがここに来たら喜びそうだなとは思っていたが、想像以上のはしゃぎっぷりだ。
こんな全身で喜びを表現するまでとはな。まあカノンはこういった金属パーツに対して自身の強化という明確な用途があるわけだし、喜ばないわけもないか。
沼の奥地で無警戒すぎだと叱ることは容易いが、初見の興奮にわざわざ水を差すこともあるまい。
辺りの警戒は既知の俺らがしてやればいい。リリアなんかはとっくにそうしているしな。
「なあなあアリマ、これ一個くらい持って帰ろうよ! な、いいだろ!」
「ダメだ。危険すぎる」
「えぇー! いいじゃんちょっとくらい!」
俺の片手を握って無邪気に引っ張る赤ずきんの明るい声に、俺は心を鬼にして否を突き付けた。
だってカノンが嬉しそうに足を運ぶ先にはギャリギャリと火花を散らして高速回転するチェンソーがぶん回されてるんだもの。
これのどこがキノコなんだよという突っ込みはさておき俺にこれを無傷で採取できる自信はない。
死の覚悟が必要なレベル。今鎧がぶっ壊れたら俺はけちょんけちょんの状態でリリアの所で復活してしまう。
そんなことになったらせっかくここまで来たのに即撤退だ。こら、危ないのでそれ以上近づいちゃいけません。
俺がはしゃぐカノンの相手をしてやってる間も、リリアは黙って周囲の警戒を続けてくれている。
今のうちにカノンを説得せねば。
「頼むよぉ、そこを何とか! ねえお願い!」
「落ち着けって。沼の探索が終わったらまた連れてきてやるから」
「ホントか!? 絶対約束だからな! 嘘だったら本当に怒るからな!」
「ああ、約束する約束する」
まったく、まるで娘にテーマパークのお土産をねだられる父親にでもなった気分だ。
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