第63話 白キノコ
さて、絶叫キノコが出現する一帯を抜けてしばらく。
前回は視界の悪さと取り囲むように迫ってくる絶叫キノコのせいでかなり時間がかかったエリアだが、今回はカノンの活躍であっさり通り抜けることができた。
沼を歩きやすい状態だったのもあるし、精神的疲弊がないのも大きい。これだけでカノンの価値が証明されたも同然だ。
リリアもこれを切っ掛けにカノンに信を置くようになったわけだし。
ふざけているように思えて、わりと本気であのキノコたちは厄介なのだ。あの脅威は直接相対した者しかわからない気がする。
沼地は奥に進むとある程度の段階で景色が変わるので、それが進行度の指標となる。
今回は自生するキノコの多様化がそれにあたるだろう。
黄色く槍のように鋭いキノコと、円卓のように傘を平たく広げる足場のキノコたち。
前回来たときと同じ景色だ。硬い足場とトランポリンのように弾む足場があるのも同じ。
「緑のは踏んだらまずいんだっけ?」
「ああ。想定より高く跳ねる。怪我の元になるから面白半分で乗るなよ」
「……一回くらいダメか?」
「やめとけ。リリアが跳ね上げられたとき大変だったんだぞ」
「その話はするな」
カノンに体験談を交えて教訓を教えてやろうとしたが、リリアに鋭く話を遮られた。
リリアからしてみれば確かに面白くないか。自分の失敗談とか絶対広められたくなさそうだし。
まあカノンには予め前回の冒険の概要をかいつまんで伝えてある。
そんな神経質になる必要もないか。リリアの神経を逆撫でしてまでする話じゃないし。
「おいアリマ。ここら辺は敵のキノコはいないって話だったよな?」
「ああ、そうだが」
なんてことを考えていたのだが、ふとカノンから確認を取るような問いを投げ掛けられた。
念のため記憶をさらってみるが、やはり思い当たる節はない。この一帯に敵はいなかったはず。
より奥まで行けば危険性の高いキノコが増えてくるが、それも自発的にこちらを攻撃してくるエネミーではなかった。
歯車のキノコも、火炎放射するキノコもあくまで環境の一部。敵はいない。
だが、カノンがわざわざ俺にそれを聞いたということは。
「じゃあ、アレは何だ?」
カノンの示した先。
物言わず佇むのは、見知らぬ雪のように純白のキノコ。
それは確かにキノコであったが、日傘を差した貴婦人のような造形でもあった。
強くくびれた軸はドレスのようであり、幾層に重なる傘はフリルの如く。
そんな人に良く似た形の真っ白なキノコは、日傘の先端をこちらに向けた。
「こいつは──敵だなぁっ!」
瞬発的に踏み込み槍のように日傘を鋭く突き出す婦人キノコ。
その刺突を俺は咄嗟に盾で弾き逸らした。
渾身の突きを逸らされたキノコはたたらを踏みつつ間合いを取り直す。
その挙動は理性的であり、また隙を消す挙動は戦いに慣れた体捌きでもあった。
他のキノコと比べて明らかに動きがいい。厄介だな。
「新手か!」
直後相対する白キノコの真横から同じ個体が沼の下、足場キノコの隙間から出現。
反応が遅れたことに危機感を覚えたが、
「私がやる」
リリアが新手のキノコにナイフを投げ間髪入れずレイピア片手に即座に間合いを詰める。
「ならこっちは俺が受け持つ!」
前回遭遇しなかったのは運が良かっただけか? 霧を晴れしながら移動しているせいで向こうからも見つかりやすかったのか?
理由が気になるがいまは考えない。今は目の前のコイツのことだ。
一息に間合いを詰めて腐れ纏いで斬りつけるが、婦人キノコはふわりと柔らかいステップで攻撃をかわす。
流石に突っ立ったまま大人しく攻撃を食らってはくれないか。
既に隣ではリリアがナイフで怯ませた婦人キノコをレイピアで貫き倒しきっていた。
それに反応したのか、瞬時に体を捻って攻撃姿勢に移る婦人キノコ。その切っ先はリリアを狙っていた。
「リリア、気を付け──っ!」
咄嗟に声を上げて婦人キノコを止めようと踏み込んだ瞬間、つんざく金属音が響いた。
キノコの刃が俺の鎧の表面を撫でるように走り、俺の装甲は細い溝を刻まれた。
──やられた。
こいつ、リリアの方向を向いたままノールックで俺を斬りつけてきやがった……!
「野郎……!!」
チクショウ、出し抜かれた。だがやられっぱなしで済ましてやる気はねえ。
生憎と俺は怯まない。傘を振り抜いた腕に掴みかかり、逆手に持った腐れ纏いをキノコの首筋に突き立てた。
純白のキノコの身は極めて柔らかく、一息でさくっと剣の柄まで深く突き刺さった。
白い体躯を串刺しにする致命の一撃と大量の腐れ纏いの毒に侵され、キノコ婦人は苦しそうに身悶えしたあと絶命した。
「ハァ、久々にいいのを貰っちまった」
不意打ちだったのもあって、モロにダメージを食らった。俺の金属鎧を突破できる攻撃力の敵と最近出会ってなかったから、久しぶりの被弾だ。
「アリマ、無事か?」
「大したことはない。が、体質上回復できねぇ。してやられたな」
案じるように声を掛けてくれたリリアに無事を伝えながら、鎧の状態を検める。
日傘の先端で引っ掻くように斬りつけた痕跡は、薄板の鎧に斜めに走る細い亀裂を作り出していた。
ダメージそのもの大したものではなかったが、敵に出し抜かれて傷を負ったことに悔しさを感じる。
あの婦人キノコ、俺の腐れ纏いの剣で倒しきれることから耐久力は低いんだろうが攻撃力に関しては他のエネミーより一歩抜きんでてる。
しかも搦め手をつかう知能まで備えているらしい。いやな敵もいたもんだ。
「す、すまん。私の発見が遅れたばっかりに」
「いや、データに無かった敵だ。俺たちの油断もあった。カノンが気に負う事じゃない」
申し訳なさそうにしょげて声を掛けてきたカノンの言葉を、優しく否定してやる。
もう行った場所の敵は全て確認していた気でいたせいで足元を掬われた。これは俺たちの過失だ。カノンに責任はない。
むしろ真っ先に発見したのはカノン。彼女のおかげで完全な不意打ちをされずに済んだ。
今の婦人キノコ、霧を払い視界を確保していたにも関わらずかなり近くまで距離を詰められていた
相当すばしっこい上に、足音もほとんどしないようだ。不意を打つことに特化しているのか?
かなり戦闘の展開が早いのも予想外だったな。カノンが支援する暇もなく戦闘が終了した。
こういう手合いは、俺の瞬発力が試される。
リリアは婦人キノコ相手に速度で上回ることで瞬殺していたが、一方の後手に回ってしまいうまく戦えなかった。
相性の有無もあるだろう。
だがNPCや忘我キャラにおんぶにだっこじゃあ、つまづくな。
カノンという頼もしい仲間が増えたことで気が大きくなっていた。
一度通ったエリアだと油断していたのも良くない。
今回で沼攻略に終止符を打つんだ。もう撤退はしたくない。
もっと気を引き締めなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます