第62話 トラウマ退治

 目玉キノコが多く生息する地帯を抜け、更に奥。

 あの後さらに目玉キノコたちを相手取ることはしなかった。

 理由は初回攻略時と一緒だ。消耗を避けるため戦闘回数を最小限に抑える。

 最初の一体はカノンの攻撃能力を確認するため、そして俺の奥義を試すための例外だった。

 

 この先には、あの不快極まりない中年おじさんの声で絶叫する最悪のキノコたちがいる。

 はっきり言って非常に気が進まない。足取りも重くなるというものだ。

 そしてそれは、リリアも同様。むしろ俺より深刻かもしれない。

 普段はピンと背筋を伸ばして凛々しく歩いているのに、現在は背中を丸めてよたよた歩いている。

 決して文句を口にはしないが、全身から淀んだ憂鬱な感情をひしひしと発している。


「おい、奥にちっこいキノコが見えてるがぶっ飛ばしていいのかアレ」


 カノンが視線で促した先にはやはりというべきか、件の絶叫キノコの群れ。

 霧を晴らしながら進んでいる都合で発見が早まった。

 ぴょこぴょこと跳ねながらこちら目掛けて距離を近づけてきている。

 

「ああ、問答無用で吹っ飛ばそう。耐久は低い」

「んじゃ遠慮なく」


 俺から確認を取ったカノンは抱えるバスケットからぶどう酒の瓶を取り出し、容赦なく絶叫キノコの足元へ投げつけた。

 着弾と同時に粉砕し瓶の中身が零れ出すと、それらはたちまち激しく炎上。

 沼の上に広がる火炎に囲まれ、跳ねることでしか移動できない絶叫キノコたちは為す術もなく焼き焦げていった。

 

「なーんだ、弱いじゃんこいつら」

「おお、ありがてぇ……」

「素晴らしい働きぶりだ、うむ。素晴らしい。素晴らしいぞ。お前の活躍は私が保証する」

「……な、なんだ? 私そんな褒められるようなことしたか?」


 容易くキノコの群れを打倒したカノンは拍子抜けしたようだが、やつらの脅威を正しく知る俺とリリアはカノンに深く感謝を告げた。

 カノンは無抵抗な雑魚キノコを焼き払っただけだと思っているようだが、とんでもない。

 前回はこいつらの接近に気づけず、至近距離で汚らしい絶叫とおぞましい外見に苦しめられ精神に傷を負いながら戦ったんだ。

 それをカノンは一人で霧を払い接近を許さずに遠距離攻撃でまとめて一網打尽にしてみせた。

 カノン一人でこの絶叫キノコを完全にメタっているのだ。リリアがご機嫌にカノンを褒めるのも当然だな。

 俺とリリアが、どれほどこのキノコどもにストレスを与えられたか……。


「最初は実力を疑うような態度を取ってすまなかったな。私はお前を確かに仲間と認めるよ」

「お、おう……?」


 トラウマだった絶叫キノコを鎧袖一触したカノンの肩に手を置き、尊敬すら混じったような態度をとるリリア。

 リリアが触れたのは真鍮の煙突がない方の肩だが、オートマタのカノンにリリアが自発的に触れたことからその感謝の念の深さがうかがえる。

 肝心のカノンはあの程度のキノコを倒しただけでこれほど持ち上げられるのが釈然としていないようで、赤いフードの下で困惑の表情を浮かべている。

 

 

「今おまえが焼き払ったアレに近づかれたせいで苦しめられた経験があってな。助かった」

「そうなの? ま、よくわからんが私に任せておけって!」


 頭の上ではてなマークを浮かべていたカノンに理由を説明してやると、とりあえず頼られていることがわかって機嫌を良くしていた。

 ……この子、本当に忘我キャラか?

 なんだこの素直さは。シンプルに有能な上にいい子ではないか。

 ひょっとしてランディープが外れ値なだけだったのか?

 思えば忘我サロンに同席していた星辰魔法のガイコツも紐爺も性格面は普通だった。

 最初の一人がランディープだったばかりに忘我キャラによくない印象を抱いていたが、認識を改めた方がよさそうだ。

 

「とりあえずあのタイプは見つけ次第焼き払うぜ」

「おう、焼きまくってくれ。残弾は問題ないよな?」

「こう見えて火力控え目な攻撃だからな、在庫ならいっぱいあるぞ」


 そういいながらバスケットからまた新たに緑色の酒瓶を取り出して鋭く投擲するカノン。

 瓶が放物線を描いて飛んで行った方向を視線で追うと、まだ若干霧がかっている後方まで飛んで行った。

 先ほど同様に炎を広げて一体を焼き尽くしているが、何が焼けているかまでは見えない。

 

「あそこにキノコがいたのか? 私には見えなかったのだが」

「ん? ああ、私の瞳は良いパーツを使ってるんだ。片目だけだけど、ほら」

 

 ぱっちりと開いたカノンの瞳。リリアと二人でエメラルドグリーンの色をしたその眼球を覗き込んでみると、内部に回転する幾何学模様が見えた。

 瞳の中を泳ぐターコイズブルーの線の集合体は近未来的。オートマタかっこいいなぁ。

 なんて見惚れている場合じゃない。すごいぞカノン。

 高級なパーツを使っているだけあって視力に補正が掛かっているのか。霧を払ってくれていることといい、索敵係として有能すぎる。

 

「ま、これ買ったせいで自分の回復アイテム買う資金まで無くなったんだけどな!」

「なにしてんだ」

「いいんだよアリマが代わりに立て替えてくれるんだから! 私その分くらいは役に立つしさ!」 

「確かにそれでいいのかもしれんが」

 

 うーんこの小娘。やはりどうにも憎めないやつだ。

 世渡り上手というのか? かわいらしい赤ずきんの外見も相まって中々どうして嫌いになれない。

 初対面の開口一番で私を連れていけと迫ってきた際はなんだコイツと思ったが、仲間としてきちんとこちらに利益をもたらしているし、リリアとの不和もない。

 実をいうと一緒に過ごすうちに段々隠していた"ヤバさ"が露呈するのではないかと心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 思えば積極的に自分を連れてけとアプローチしてきたのも単に資金難によるものか。

 忘我キャラの行動理念はさっぱり分からんが、忘我キャラなりにこの世界を満喫しているようだし、カノンのように冒険に出たがるヤツがいても不思議ではない。

 

 しかしこんな凝ったエフェクト付きの瞳、ありふれた品ではあるまい。

 当のカノンが回復アイテム分の予算すら残さず、全財産を投じて手にしたものだ。

 特別な品で間違いないだろう。せっかくだしその所以をカノンに尋ねてみるか。

 

「なあカノン、その目なにか特殊能力とかあるんだろう。良ければ教えてくれないか」

「え? 知らん。かっこいいから買った!」

「あー……、うん。お前は愛すべき馬鹿だよ」


 悔しいが俺の中でカノンへの好感度が急上昇した瞬間だった。

  

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