第59話 リリアとカノンの顔合わせ
大鐘楼の街でカノン用の回復アイテムを買い込んだ俺たちは、再び湿地へ舞い戻ってきていた。
湿地に入り口には始めてきた際に起動したワープポイントがあるので、そこを集合場所としたのだ。
忘我サロンで契約したカノンだが、きちんとワープに同行してきてくれた。徒歩じゃないとはぐれてしまうなんて鬼畜仕様はないようで安心した。
当初はエルフの森で再集合してもいいかもとも思ったのだが、森を抜ける手間が掛かる上にそもそも俺はあの村にワープする手段を持っていない。
第一リリアの先導なしであの森に踏み込みたくないしな。
俺の鎧にダメージが入って不利な状況で沼探索をするハメになりかねないし、カノンの回復アイテムも消耗したくない。
そういう訳で俺たちは湿地の入り口地点を待ち合わせ場所にしていた。
「来たな。そいつが新たな協力者か。また金属の臭いが強くなったか……」
「なんだ、エルフって聞いてたけどオートマタでも通用しそうな恰好じゃないか」
既にリリアは待ち合わせ場所に到着しており、腕を組んだまま無愛想に俺たちを出迎えた。どうやら俺たちを待ちかねていたようだ。
対するカノンは初対面でありながらじろじろと不遜にリリアの姿を観察している。こいつ怖いもの知らずか。
リリアの姿は初対面のときと同じガスマスク装備のローブ姿だ。今となっては馴染み深い姿だが、初めて見る人にはまさかこれの中身が麗しいエルフだとは思わないだろう。
カノンの言う通り、中身がからくり人形の方がむしろそれらしいかもしれないな。
「……アリマの人選だ。疑うつもりはないが、期待を裏切ってくれるなよ」
「へへ、まあ給料分の仕事くらいはするさ。雇い主サマも私を酷使するつもりみたいだし」
カノンは初の顔合わせでありながら慇懃無礼な態度を隠そうともしていない。
そんな彼女の様子にリリアは若干の不審感を抱いているようだ。おそらくだが、マスクの下で顔をしかめている。
極端に礼を欠いているとまでは言わないが、カノンの態度は見様によっては軽薄ともとれる。
確かにこれからこいつと探索をするのかとリリアが不安に思うのも分かる。
「まあそこは俺を信じてくれ。使えると思ったから連れてきたんだ」
「だといいんだが」
「まあ任せろって! こう見えて意外と優等生なんだから私!」
どんと胸を叩き自信ありげに笑顔を見せるカノン。こいつ、俺が今まで出会ってきた人物の中で最も感情表現が豊かかもしれない。
オートマタなのに感情が豊かとはこれいかに。まあ今さらの話か。
なおランディープのあれは感情表現の内に含めない。あれはもっと別の何かだ。
しかし謎に思っていることがあるのだが、忘我状態のキャラクターの性格は何を参照にしているのだろうか。
キャラクター作成時に定めたキーワードもそうだが、案外まだプレイヤーキャラだったころの言動にも影響あったりして。
もしそうだとしたら凄い技術だな。やや気味の悪さも感じるが、まるでNPCに魂を吹き込んでいるかのようだ。
このゲームを起動しなくなった人のキャラが忘我状態となって動き出し、まるで当人かのように振る舞う。それはあたかも忘れ形見のようではないか。
不気味に思えるが同時に優しさというか、郷愁的な救済も感じる。いややっぱり不気味だわ。
本人からしてみれば自分のクローンを見ているような感覚になるだろう。あまり気分のいいものではあるまい。
というか忘我キャラが元の持ち主と出会ったら一体どうなってしまうのだろうか。
ドッペルゲンガーの都市伝説のように消滅したりしやしないだろうな。
というか待てよ。もしも忘我キャラの性格にモデルがいた場合、ランディープの性格にもモデルがいることになってしまう。
それは困る。あれにオリジナルがいるなんて考えたくもないぞ。
いや、だからこそ元は単なる悪ふざけのロールプレイだったのか。わからん、頭がおかしくなりそうだ。
思考が少しいらん方向にそれてしまったな。
カノンに期待しているのは俺もそうだ。最初の沼攻略ではあらゆる妨害要素に煮え湯を飲まされたが、カノンがそれを解消してくれるはず。
彼女の存在が今回の攻略を一度目とは大きく違う探索にしてくれるだろう。
「とりあえずこれを渡しておくぞ。先に装備しておけ」
「これは……沼対策の装備だな。助かる」
「ちなみに防滑も兼ねている」
リリアが俺とカノンに差し出したのはやや重さを感じる茨状の縄。
脚部に巻き付ければ効果を発揮すると思ってよさそうだ。ぬかるみに嵌った車のタイヤに、チェーンや縄を巻き付けるのを思い出す。
まさか人の身の自分がそれと同じことをする日が来るとは思わなかったが。
実際にリアルで同様の行為をすれば浅い泥のぬかるみが歩きやすくなったりするのだろうか?
試す機会がないので不明だが、ゲーム内で効果があることは間違いないだろう。
なにせこれについては情報源がドーリスだからな。
あいつは人となりこそ胡散臭いがもたらす情報に関して言えば疑う必要は一切ない。取り扱う情報の信憑性は随一と言っても過言ではないだろう。
しかし防滑の効果まで着いているとは素晴らしい。リリアとしても俺の前で何度も転びかけたのは苦い記憶として印象に残っていたようだ。
リベンジするかのように徹底的に対策しにかかっている。
NPCを目的地まで護送するタイプのイベントでは、該当のNPCが極めて厄介というのが通例だがリリアからはその括りを脱出してやるという試みを感じる。
事実、防滑の用意さえあれば湿地のエリアであっても俺の蹴り技が解禁できるのはないか?
これは沼地の探索が捗るぞ。
「アリマー、これどうやって付けるの?」
「……待ってろ」
なんでほぼNPC側のカノンが装備方法わからねえんだよ。
まったく世話のかかるやつめ。
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