第52話 力を求めて

 次に立ち寄ったのはエトナの鍛冶場。

 理由はシンプルで、武器が欲しいからだ。

 腐れ纏いの副次効果は強力だが、あれはあくまで搦め手にすぎない。

 単純な攻撃力の向上が望めないのだ。つまるところ、失敗作の剣で刃が通らないと、腐れ纏いの刃も通らないのだ。

 どちらも攻撃力の値が一緒のため、硬い敵にはダメージを与える手段がない。

 

 俺は目玉キノコと遭遇した際にその危険性に気づいた。

 あいつは幸運にも攻撃のよく通る柔らかな弱点部位があったが、今後全身が岩のように硬いゴーレム的な存在が出現する可能性もある。

 別にゴーレムじゃなくて岩の怪物でもなんでもいいが、とにかく硬い敵に抗する方法がないのがまずい。

 腐れ纏いは流体状の濁り水という敵に対する手段としてかなり有力だし、生体タイプの敵なら腐れが効く。

 だがそうでない敵に対して失敗作の剣で戦い続けることに限界を感じたのだ。

 本をただせば、大鐘楼の街で斧やハルバードの購入に踏み切ったのだって更なる攻撃力を求めてのことだ。

 

 想定する敵は、あの目玉のキノコだけではない。

 神殿蜂の巣を案内されたときに親衛隊の蜂を見た。

 あいつらは通常の個体よりも堅牢な外殻を備えていた。であれば、キノコに喰われた姉の巣の方にも同様の個体がいると考えていいだろう。

 連中相手では流石に地下水道のねずみを斬るのとを同じようにはいかないはずだ。

 まさにその食われているキノコこそが弱点なんだろうが、それを斬りつけて胞子が散って痛い目を見たばかり。

 硬い外殻に手も足もでない状況でリベンジにはいきたくない。

 これに関するアンサーを用意してから挑まなくては、きっとまた沼のどこかで危機的状況に陥って撤退するハメになる。

 

「硬い敵をなんとかしたい」

「……」


 こういうのは自分一人でごちゃごちゃ考えるより、専門的な人物に悩みを共有すべきだ。

 なので注文を不躾にエトナにぶつける。

 エトナは珍しく鉄を打っておらず、鍛冶場で何かの道具の手入れをしていた。

 どうも突如やってきて遠慮もなしに要望を伝える俺にもすっかり慣れた様子だ。

 

「あなたが力を求めていることはわかっていた」


 エトナが手元に視線を落とす。彼女が手に持っているものは、アルミホイルを球状に圧縮したような何か。

 ……このメタルおにぎり、見覚えがあるぞ。

 

「それは」


 俺が大鐘楼で購入したふたつの武器じゃないか。

 いつみても無残な姿だ。これがかつて雄々しい武器だったなんて信じられない。

 他のプレイヤーにこれが元はハルバードだったと言っても誰も納得しやしないだろう。

 俺だってしない。あの衝撃映像を生で見ていなければ。

 

 しかし、そうか。

 エトナも俺が大鐘楼でより攻撃力に優れた武器を買って帰ってきたことで俺が失敗作の剣の攻撃力に不満を持っていたことに気づいていたのか。

 であれば、彼女だって腐れ纏いではいずれ攻撃力不足の問題にぶち当たることも見越していたのだろう。

 

「今の私があなたの期待に応えるには、あまりいいやり方がなかった」


 エトナは憂いを帯びた瞳で俯きながら、手に持つ金属塊を優しく握り潰した。俺は息を呑んだ。

 手の中に硬質の鉄塊があるのが嘘のように手が閉じていく。

 彼女がゆっくりと手を開くと、手の内になった粉末と化した金属がさらさらと流れ落ちていく。

 

 俺はただ無言で、エトナの怪力をも超える謎の力に慄いていた。

 エトナは優しくてひたむきな鍛冶師だが、彼女の種族はなにか体の内に人を遥かに超えるすさまじい力が宿っている。

 俺がエトナを怒らせることで垣間見えたその力の片鱗は、一度も俺に向けられたことはない。

 だが、自分のやらかしによってそれを振るわせてしまっているという罪の意識が俺を怯えさせるのだ。

 

 既に彼女の怒りは解消されてはいる。そのはずだ。

 だが、彼女の振る舞いから心の内に燃える静かな意思の炎を感じ取ったのだ。

 『こんな武器にお株を奪われてたまるか』とでも言いたげな、力強い声なき意思を。

 

 ふ、っとエトナが立ち上がる。

 彼女はすたすたと歩きだし、鍛冶場の一角にある刀剣立ての布を無造作に引き剥がした。

 そこに立て掛けられていたのは、失敗作と瓜二つの剣。


「これは……!」

 

 失敗作とまったく同じ材質、柄の作りで、握りの形状も同じ。

 だが、そのサイズだけが決定的に異なっていた。

 

「不器用なやり方だけど、破壊力は保証できる」

 

 一言で済ませるならば、巨大。

 片手はおろか、両手で握って引きずるように振るうのがやっとなほどの大きさの剣が、そこにはあった。

 

「これは……いいな」

「……本当?」

「ああ、これがいい」


 本当にこんなやり方でよかったのだろうか。エトナの内心にそんな迷いが生じないように断言する。

 失敗作の剣の縮尺をそのまま巨大化させたような、頭の悪い力づくの産物。

 これは、人の身に余るほど長大な剣だ。扱いやすい代物とは口が裂けても言えまい。

 場所も、状況も、そして相手だって選ぶだろう。

 ほとんどの場合、きっとこれの攻撃力は過剰だ。扱いにくさに見合っているとは思えない。

 もっと賢いやり方があったはずだ。もっと丁度いいサイズ感にしておけば、もっとバランスを考えた用途の剣の方が。

 そんな御託を地平線の向こうに捨て置けるだけの浪漫が、この剣にはあった。

 

 俺、でかい剣すき。

 

「エトナ、ありがとう」 

 

 『失敗作【特大】』を入手した。   

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