第51話 頼れる相談相手
今回の敗因はいくつかあるが、その一番は見積もりの甘さだろう。
どんな敵がいるか分からない場所に挑むのに、俺の心構えができていなかった。
地下水道での成功体験が、俺の判断を鈍らせたのだ。
知らない敵が相手でも、慎重に進めばなんとかなると思い込んでいた。
思えばおめでたい勘違いだ。
前にそれが通用したのはあれが序盤のダンジョンで、土偶のシーラという不慮の事態に柔軟に対応できるベテランの同伴があったというのに。
一人で地下水道に挑んで濁り水に敗走したあの頃の謙虚な気持ちが足りなかったのだ。
今回同行しているリリアは一刻も早く霧を除去したいという想いから、撤退しようという意見は出にくい。
だからこそ俺の進退の判断が重要だというのに、すっかり目が曇っていた。
拉致されたリリアを機転によって救出できたのは偶然だ。環境や俺の少ない手札を考えると助けられない可能性のが高かった。
迂闊、慢心。そして過信。
自分一人で何とかできるというのは思い違いだ。借りれる力は全て借りよう。
そう思い直した。
「汚いところでわりぃなぁ、新しいアジトはまだ準備中でよ」
決意を新たに、俺が最初に頼ったのはドーリス。
リリアに掛けられた傍を離れると死ぬという呪いは、いますぐに命をもってかれるものではないと聞いている。
悠長に他のエリアの探索や街の観光をしている暇はないが、頼れる知己を尋ねるくらいの時間はある。
ドーリスは俺の知り合いの中でもゲーム攻略という観点において最も頼りになる人物だ。
しばしば金の話がちらついて気疲れするのが難点だが、彼と話すことでしか得られないものがある。
ドーリスの携帯マーカーを頼りにワープで訪問した先は、慣れ親しんだ地下水道の広場ではなかった。
やってきたのは吊るされたランプが放つ橙色の光しか光源のない、薄ら暗い木造の小屋の中。
俺が湿地エリアに発つときドーリスが言っていたとおり、地下水道は引き払って拠点を移していたようだ
ドーリスにエトナにまつわる情報を渡せない旨を伝えた際は、テキストメッセージ上での短いやりとりだったからな。
今後も直接顔を合わせて話す際はこの小屋に訪れることになるだろうか。
小屋の中は木箱や書籍、素材や果実に張り紙などがあちこち無造作に散らかっている。
暗いので良く分からないが、華美な装飾の天秤や望遠鏡など価値のありそうなものも散見される。
ドーリスの集める品だし、特別な価値がありそうな品々。見た目通りの用途ではないだろう。
なにかのマジックアイテムと考えるのが妥当だ。それぞれの用途を聞きたいところだが、今日の趣旨はそれじゃない。
「相談があってな」
「ま、聞くぜ」
彼には地下水道の向こうであった一連のあらましを説明した。
力を借りるなら、そこも情報として提供するのが道理だと思ったからだ。
言わば駄賃代わりのようなもの。
対価に求めるのは、あの沼を攻略するうえで不便に思った諸問題の解決策。
第一に視界の悪さ、次いで沼による移動制限。
また多く生息するキノコ型の敵に対する効果的な属性など。
「なるほどなぁ。そりゃ俺に話を持ってきて正解だぜ」
言わずもがな俺はこのゲームの初心者で、外部の攻略サイトによる情報収集をしていない。
リリアもゲーム内NPCであり、ほとんど森を出たことが無いというから知識量では俺と同じようなものだ。
だが、ドーリスなら俺たちが辿り着けなかった革新的な答えを持っているかもしれない。
むしろドーリスですら対処法が見当もつかないというなら、それこそ諦めがつく。
俺が藁にも縋る思いで持ち込んだ話を、ドーリスはずっと不遜な微笑みで聞いていた。
「どれも対処法はある」
いつものうさん臭さを隠そうともしないニタニタとした笑みが、今だけは頼もしく見えた。
「そういう場所じゃあ視界の確保を何よりも優先するのが常道だ。経験しただろうが、先が見えねえと奇襲されるわ囲まれるわで酷いもんだ。
連れの遠距離攻撃手段が完全に腐るのも頂けねぇ。それを解決するのは必須だな。
霧だか胞子だか知らねえが、風が吹けば局所的には視界が開ける。
風魔法の使い手を頼ってもいいし、使い捨てのスクロールを街で購入するのもある」
なるほど、道理だ。
全域を晴らすとはいかないまでも、戦闘している一帯の霧を晴らす程度ならその方法が良いだろう。
霧を晴らしてから戦闘に突入できるならそれだけで予期せぬ敵の増援に怯える必要もなくなる。
霧が濃くなることを嫌がって寄生された蜂の弱点を攻撃できないという状況も避けられるだろう。
咄嗟にお互いを見失った際の緊急用の手段にもなるか。
使い道とメリットが次から次へと思いつくと同時に、霧に対して無策で突っ込んだ自分の浅慮さが明らかになっていく。
自己嫌悪でメンタルに少なくないダメージが入るが、これも糧にしなくては。
幸いにも授業料としてリリアの命を持っていかれずには済んだのだ。
今回の一件を薬に精進しよう。
「スクロールが何かはわかるな」
「ああ」
ずばり、スクロールというのは魔法を使えないものでも使える魔法のようなもの。
前に大鐘楼で店を巡った際にちらりと見掛けていた。
巻物の中に魔法が込められており、封を解くことで設定してある魔法が発動する使い捨ての道具。
大鐘楼だけでなく、エルフの村にも店舗はあったが俺自身の興味が薄く詳細に調べていなかった。
明確にスクロールを使用するシチュエーションが思い浮かばず、自分が衝動買いしやすい気質なのもあって近寄らずにいたのだ。
安価なら大量に用意してもいいし、そうでなくても非常時の手段として俺とリリアに一つずつくらいは用意してもよさそうだ。
もっとも良いのは、風魔法の使い手を仲間にして、戦闘時に限らず常に霧のない状況で沼を進むことだが、これは高望みしすぎか?
どちらも要検討だな。
「それと、沼を進むには足に重りを付けるといい」
「重り? なぜだ」
「足が底に沈んで踏ん張りが聞くようになる。イヒヒヒッ、今となっちゃ半ば常識だが、少し前までこの情報で荒稼ぎできたんだぜ」
「足に重りか。やってみよう」
「沼といわず深い水辺でも同じことができる。覚えておくことだな」
足に重り。陸での動きが遅くなりそうだが、沼で動けなくなることと比べたら些細なことか。
これはリリアと相談し、具合のいいものを用意しよう。
沼での移動問題が解決したら、深部への道中がぐっと楽になる。
こんな明確なアンサーがあるのであれば、もっと早くドーリスを頼るべきだったな。
「だが、キノコ共への弱点ばっかりはさっぱりだぜ」
「流石にか」
「お前の話の範囲で既に所定の種族にしては幅が広すぎる。共通した弱点があるとは思わないほうがいいだろうな」
「そういうものか」
「炎は効きそうだが湿地という水気のあるフィールドと相性が悪いし、満ちた霧との反応も不安だ。
雷の属性も沼を伝播するから自滅行為になりかねない。楽をしようとするより地道に物理で殴るのがいいだろうさ」
「そうか……。いや、助かった」
いやはや、一気に視界が広がった。蒙が開けたというべきか。
やはり一人で攻略手段を考えるにも限度があるらしい。思考がつい凝り固まってしまう。
炎を使えば効果的というのは俺でも思いつきそうだが、それによる副次効果までは思考が及ばなかった。
大爆発が起きたり、空気がなくなって隣のリリアが窒息していたかも。
このゲームでは短慮が何を起こすかわからない。弁えなくては。
そもそも、俺自身そう柔軟にものを考えられる方ではない。
ひとりで上手いこと攻略方法を見出し、その情報をドーリスに高く売りつけられれば……なんて煩悩が悪さをしていたようだ。
自分の身の丈くらいは、自分で理解しておかないとな。
「イヒヒ、まあ頑張れや」
「おう。せいぜい高く売れる情報を持って帰ってくるさ」
相変わらず、ドーリスは頼りになる男だ。
これでNPCではないというのが信じられないくらい。
次の沼攻略は、絶対に盤石なものにしてみせるぞ。
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