第47話 戦闘力と脅威度は別

 撃破したキノコからは切り身が大量に入手できた。

 どうやら食材アイテムらしい。キノコといえば基本的に火を通さないと食せないそうだが、これも調理を行えば食せるのだろうか。

 と思ったが俺は体がないのでそういうのはできないんだった。もったいない……。

 VRゲーム内でも味覚は再現されているらしいので、本当にもったいないな。

 無機物の体の利便性は幾度となく感じてきたが、この世界で食という娯楽を堪能できないのは非常に大きなデメリットではないか?

 その一点のみだけで無機物種族を選ばない理由になり得る。散々この鎧の体に助けられておきながら、ちょっとだけ通常の種族が羨ましく思えてしまったな。

 俺でも食材に何か使い道あるだろうか。まあ無いなら無いで例によって刃薬の材料にしてしまえばいいんだが。

 

 さて、あの一つ目の巨大なキノコは無事倒せたわけだが、今回うまくいったのは陸地まで誘い込めたというのが大きい。

 自在に身動きできない沼の上では、前回のような咄嗟の蹴りも出せない。戦闘は危険だ。

 倒し方はわかったものの、キノコ狩りが今回の主目的ではない。最優先目標はガスの根絶だ。

 もう一度アレと同じ種類のキノコを見かけても刺激するのはよそう。リリアと相談し、そう決めた。

 

 その後も沼地の探索中、たびたび同じキノコと遭遇したがこちらから攻撃しないかぎりは襲ってこなかった。

 一体目がそうだったように、見掛けた同種のキノコは全て目を瞑って通常のキノコのように振る舞っていた。

 いや、むしろ逆か? 他は全て通常のキノコで、俺たちがナイフを投げたあのキノコだけが偶然『キノコに擬態していた個体』だったのではないか?

 油断して近づいたところを背後から急に襲ってくるかもしれない。

 そんな疑惑も途中で抱いたので、確認の為にも安全な陸地を確保してからもう一度リリアに投げナイフを投げてもらった。

 浅く刺さるナイフ。立ち上がるキノコ。

 見開いた目がリリアを捉えて激昂する。

 

「やっぱりやめとくべきだったぞ!」

「でも試さないと不安だろう!」


 標的にされたリリアが泣き言を垂れるが、きちんと二人で相談して決めたことだ。

 決して無断で宿り木の呪いを掛けられた腹いせなどではない。

 なおリリアはこのキノコのわさわさとした無数の足が蠢く挙動が本当に苦手らしい。すまんな。

 リリアの狙った頭突きが繰り出される寸前に、俺がローリングソバットでキノコの軸を蹴り飛ばす。

 前やったことの再現だ。バランスを崩したキノコが頭から沼に沈み、リリアがトドメを指す。

 

「私の心労を度外視すれば、対処は容易いな」

「陸地がないとやはり強敵だ。リリアを盾役にするにも不安が残る。やはりこいつらに攻撃はしない方がいいな」


 触らぬ神に祟りなしということで、当初決めた通り今後はこのキノコを刺激しないこととする。

 そして、今後これと同じキノコがあったら全て沼の下に足が生えていると思おう。

 目玉キノコの撃破を確認し、再び俺たちは沼に浸かり先へ進む。

 霧は沼を進むことで一層濃くなっていく。頭上が乱立する超巨大キノコ群のせいで塞がれているのにも原因がありそうだ。

 思えば、俺は平気だがリリアは装着しているガスマスクが生命線。

 多少被弾しても命にかかわらなければ平気だろうと楽観的に考えていたが、決して無視できない弱点だ。

 リリアの耐久力は本来より落ちると思った方がいいな。万が一マスクが破損するようなことになれば撤退は確定。

 おんぶなり鎧の中にぶち込むなりして安全な場所まで連れ帰る必要がある。

 俺たちプレイヤーはともかく、NPCが死亡した際に復活するかは定かではない。慎重であるに越したことはないだろう。

 

 濃霧の奥を睨みながら沼地を進んでいくと、霧の奥に無数の影が見えた。

 見逃している恐れもあるので、リリアを肘でつついて警戒を促す。


「わかっている」  

 

 霧に浮かぶシルエットからして、またしてもキノコ。

 目玉キノコと違い、今度はかなり小柄だ。おおよそランドセル程度の大きさか。

 影は俺たちのいる場所目掛けて、ぴょこぴょこと可愛らしく跳ねながら近寄ってきている。

 なかなか可愛げのあるキノコどもじゃないか。俺が抱いたその感想は、姿が直視できる距離になった瞬間即座に撤回した。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』 

「アリマきもい!」

「俺がキモイみたいな言い方すんな!!」

「だって!」


 現れた緑色のちっこいキノコどもには、歯が生えていた。

 傘の裏側と軸の境界が顎のように開き、そいつらが俺たちに大群で獰猛に噛みついてきたのだ。

 だったら獣のように鋭くて凶悪そうな牙が生え揃っていれば良かったのに、どうしてか歯の構造は人間のものと同じそれ。

 キノコの内部に入れ歯をヒュージョンしたような形状の、直視もしたくない化け物だった。

 そいつらが大群になって歯茎を剥き出しにしながらキョンシーのように跳ねてこちらにやってくる。 

 そんで更に何故かおっさんの絶叫みたいな大声を発している。キモイ。本当にいやだ。精神がおかしくなりそうだ。

 見た目だけでお腹いっぱいなのに聴覚からもキモさで追撃してくる。

 

『う゛あ゛あ゛!!あ、あ、あ……!!お゛ああああぁぁぁん!?』

「くそ、嫌すぎるぞこのキノコ!」

『う゛わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ』


 噛みつきを盾でいなし剣で斬りつける。耐久力はないらしく、一撃で簡単に倒せたが断末魔までうるさい。

 数が多いので薙ぎ払っていっぺんに撃破していくが、おっさんの絶叫の合唱が始まってマジで最悪。


「ひぃぃぃ!?」

『ぶあ゛ぁぁぁぁぁん!』


 俺の周囲が片付いたので剣を腐れ纏いから失敗作に持ち替え、リリアのローブに噛みついたキノコをむんずと掴んで刺してを繰り返しどんどん撃破していく。

 腐れ纏いのままだとうっかりリリアに剣が触れたら大変なことになるので、武器は念のため持ち替えた。


『ア゜ぁん』


 今ので最後の一体。とりあえず、全て片付いた。

 見た目と行いが最悪すぎるだけで、戦闘面の脅威度合はかなり低い。耐久力も攻撃力もカスだ。

 ただとにかく不快。攻撃だけが力ではないということを示したザコどもだった。


「ハァ……ハァ……」

 

 キモキノコからようやく解放されたリリアは疲弊困憊といった様子。気分を落ち着けるように胸に手を当てながら、肩で息をしている。

 リリアは突きを主体とするレイピアでは大群で襲い掛かってくるキノコに対応が間に合わず、リリアはキノコの接近を許してしまったようだ。

 ダメージはそれほどでもなさそうだが、とにかく精神的疲弊が激しいと見える。

 俺もノーダメージだが、精神面においては確実に攻撃を食らった。

 この歯茎丸出しキノコども、戦闘力はカスだが、死ぬほど戦いなくない。

 

「……アリマ。わたしもう帰りたい」

「……がんばれって、ここまで来たんだから」

 

 エネミーの厄介さは強さだけでは決まらない。

 弱音を吐くリリアを慰め、ガスマスクの奥の涙目に気づいたとき、俺はそれを強く実感した。

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