第48話 武器の素材

 しばしば見かける目玉キノコを刺激しないよう避けて通りつつ、向こうから好戦的に近寄ってくる絶叫キノコを倒して先へと進む。

 沼の方面に進んである程度は経過したと思うのだが、いかんせん足場が沼なので、行軍が遅々として進まない。

 徐々に濃くなる霧の様子から深部に近づいているのは間違いないと思うのだが、象徴的なランドマークがないので攻略の進捗がまったくわからない。

 絶叫キノコの対処で相当神経を削られているのに、攻略が正しく進んでいるという指標がないのでモチベーションが下がる一方。

 

 とはいえ、景色も徐々に様変わりはしていく。

 

「妙なキノコが増えてきたな」 

 

 げっそりとした表情のリリアがぼやいた通り、沼に生えているキノコの種類が徐々に豊富になっていくのだ。

 無害そうなところでいくと、2、3本の束になって生えている黄色くひょろ長い槍のようなキノコ。

 見た感じではただ生えているだけで、意志をもって動き出したりする気配はない。

 過剰なくらい先端が鋭く尖っているので、引っこ抜いたら本当に武器になりそうだ。

 

 そして、行く道の足元に生えるキノコたち。群青色の頭を水連の葉のように低く広く展開している。

 無視して通ろうにも、右も左もこのキノコが広がっているのだ。避けて通るほうが無理がある。

 

「アリマ。お前が先に乗ってくれ」

「まあ、当然だな」


 上にのった瞬間に鋭い棘が飛び出す罠キノコかもしれないからな。頑丈な俺が実験体になるべきだ。

 とりあえず剣の柄でキノコを上をつついてみる。かなり硬い。生コンクリートみたいだ。

 

「大丈夫そうだぞ」 


 沼から上がってキノコの上に乗ってみるが、異変はない。

 コツコツの足裏で叩いてみるが、かなり硬質。俺たちが足場として使っても問題ないくらい頑強だ。

 この先は沼の湖面をこのキノコがほとんど埋め尽くしているし、沼に浸りながらの進行はもうしないで済みそうだ。

 

「……よし。私も乗る」

「ん? おい待て!」


 ふと気づいた。リリアが沼から上がろうと足を掛けたのは、群青ではなく緑色のキノコ。

 色が違う。性質が違う可能性を指摘しようとして、しかし遅かった。

 

「ん?……ぅおわぁーっ!!」

 

 なんと緑色の平たいキノコは、リリアが乗った瞬間に力強く弾みあがった。

 キノコはリリアをトランポリンのように跳ね上げる。

 非常事態にやや焦ったが、即死系のトラップではなくて安心した。

 幸運にも高く宙を舞ったリリアは俺の元へ落下してきたので、無防備に墜落してくるリリアを抱き止める。

 

 これ、面白そうな見た目に反して非常に危険だよな。

 こんな硬いキノコにまともに姿勢を取れないまま落下して体を打ち付けたら大ダメージだろ。

 そんなことを考えながら落ちてくるリリアをキャッチしたのだが。

 

「その鉄臭い体で私を抱くなぁーっ!」

「それは理不尽だろ……」


 受け止められたリリアは弾かれたように素早く俺から距離を離した。

 俺の鎧への嫌悪感はややマシという程度で、流石に密着はダメらしい。

 いやしかし、この硬いキノコに墜落するのを傍観するわけにいかなかったし、割とどうしようもなかったぞ。

 

「ぅ、はぁ……。いや、悪かった……」

「いいさ、仕方がない」


 リリアは吐き気を堪えるようにガスマスクの口元を強く抑えている。

 彼女も今のが助けられた者の態度として相応しくないことはきっちり理解しているようだ。

 まあこればっかりはエルフ特有の生理現象なものなんだろうし、責めたら理不尽というものか。仕方あるまい。

 と、ここでふと疑問が湧いた。

 俯きながらガスマスクを抑えるリリアの反対の手に握られたレイピア。

 銀の中にガラスのような緑を帯びたこれは、どこからどう見ても金属だ。

 

「今さらだがそのレイピアは平気なのか?」

「ん、ああ。これは森林銀製だからな」


 体調を持ち直したリリアに率直な疑問をぶつけてみるとこれまた新情報が。

 

「森林銀──ああ、ミスリルの仲間といえばわかりやすいか? エルフにも扱える金属は僅かながらある」

「森林銀はその一つということか」

「ああ、私たちに馴染む金属の中では最もありふれた素材になる。もっとも、今や森林銀製の武器すら貴重になってしまったが……」

「どういうことだ。鍛えられる奴がいないのか?」

「うむ。かつては扱える者が村にひとりだけいたのだが、機械に傾倒してしまった」


 つまりシャルロッテじゃねえか。

 前にもすごいエルフだとは話に聞いていたが、本当に有能だな。

 村に自作のマジックアイテムを提供したという話もあったが、更に村唯一のミスリル系金属の鍛冶師でもあったのか。

 というかそんな重要人物が金属臭漂う鉄の基地に閉じこもってしまったの、エルフたちにとってかなり困るんじゃ。

 

「今でもよく死徒のエルフがシャルロッテに森林銀製の武器を請いに行っては、金属の悪臭に耐え切れず吐きながら這う這うの体で戻ってくるぞ」 

 

 地獄じゃん。どうやらプレイヤー陣もシャルロッテには手を焼いているらしい。

 その有益さに気づきつつもエルフの本能に抗えず、金属に囲まれたシャルロッテにコンタクトが取れずにいるようだ。

 というかそんな吐くまで無理するなよ。そんなに金属製の武器が欲しいのかよ。いや普通に欲しいか。

 エルフといえば弓を扱っている印象が強いが、近接職をやりたいエルフだっているに違いない。

 そりゃせっかく見た目麗しいエルフでゲームを始めているんだ。

 棍棒を握りしめた蛮族スタイルじゃなくて、美しいミスリル製の武器を瀟洒に構えたいに決まってる。

 まあその為に吐いてちゃ世話ないんだが。

 

「他じゃミスリルの武器は作れないのか」

「少なくとも森林銀はエルフでなければ扱えないそうだ。私とてエルフだが専門ではないので詳細は知らんぞ」

「いや、いい。面白い話を聞けた」


 ミスリルという素材の分類、そしてその仲間の森林銀。

 この毒ガスに蝕まれるエルフの森を救うイベントを完遂した暁には、報酬にミスリル製の装備を要求するのも面白そうだな。

 事前にエトナに了解を取れば、彼女もきっと了解してくれる。

 この願いが通るかはわからんが、妄想するだけタダだ。

 俺もいつかこの薄い金属板の鎧を卒業して、森林銀製の鎧に着替えたいものだ。

 きっとエルフのプレイヤーたちがみたら垂涎モノだろう。

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