第45話 いざ沼地へ
その後、女王蜂は同族が俺たち二人を襲わない事や今後の共闘を約束してくれた。
『我々は、あなた方お二人を襲わず、共闘することとします。これを』
女王が合図を出すと小間使いの小柄な蜂が現れ、俺とリリアにそれぞれ一つずつ何かを手渡した。
渡されたのは、蜂蜜をしずくの形に凝固させたアミュレット。
『これを所持している限り、私の配下はあなた方を襲いません。ささやかな協力しかできませんが、お願いします』
俺たちが女王の言葉を最後まで聞き届けると、浮遊していた足場が下がり謁見の時間が終わる。
謁見の終了を確認した蜂たちは、速やかに俺たちに装備を返し、あっという間に俺たちを運び込んで地上に下ろした。
もちろん巣から地上への移動はあの蜂に掴まれて飛ぶやり方。
余談だが、昇りより降りの方がよっぽど怖かった。
にしても、一気にこの地に蔓延するガスについての情報が出そろったな。
「村に戻った甲斐があったな」
「ああ。シャルロッテには礼を言わねばなるまい」
湿地から一度森まで引き返すのは結構な手間だったが、その労力以上の結果がもたらされた。
蜂の声を聞いただけで、まさか調査どころかそのまま答えをプレゼントしてくれるなんてな。
霧の発生源はここより奥に広がる沼地。その深層に毒を振りまくキノコに寄生された女王蜂がいる。
俺たちはそれを始末しにいけばいい。一気に話がわかりやすくなった。
蜂の巣から降りてしばらく進むと、確かに蜂たちが言っていた通り沼の広がる一帯に辿り着いた。
ここまでくると景色も様変わりしており、草や樹木の類は見当たらない。
代わりに、白い柱のようなものが乱立している。これらは樹ではなく、沼の上に発生した巨大なキノコ。
その証拠に、頭上をキノコの傘が所狭しと埋め尽くしている。空の模様などほとんど見えない。
とりあえず、このキノコ群は件のガスを生み出すキノコではないらしい。
「とりあえず毒沼ではないようだな……」
リリアがおそるおそる沼に足を踏み入れ、リリアが確認する。
毒と無縁な俺は懸念すらしていなかったが、エルフからしてみれば注意して然るべきだな。
こういうのを見るたびに思うんだが、やはり鎧しか体がないのは便利なことも多いな。
とりわけ状態異常に対してめっぽう強いのがいい。リビングアーマーにもいいところはある。
しかしこの沼、思った以上に足が取られる。泥のようなものが足首程度の深さまで満ちており、かなり動きずらい。
湿地のぬかるんだ足元も厄介だったが、こっちはもっとだな。
湿地では俺の蹴りを自ら控えていたが、ここでは使用すること自体に無理がある。
自在に動けない以上、盾という攻撃を防ぐ手段の価値が更に上昇した。
武器屋ではおまけ程度に選択したものだったが、もう何度も盾の魅力を感じている。
こんなことなら安物ではなく、もっと質のいい品を購入しても良かったな。
「おいアリマ。なんだあのデカいキノコは」
「ん?」
と、俺が盾に思いを馳せていたらリリアが明後日の方向を指さした。
リリアが示した方向には、毒々しい紫色のキノコがある。背の高さはだいたい人間と同じくらいだろうか。
ぷっくりとした肉厚の傘が特徴的で、気味の悪いことに何かの液体を分泌しているらしく傘の表面は汗でもかいたようにぬるぬるとした艶を帯びていた。
「ナイフでも投げてみたらどうだ?」
「そうだな。それっ」
性質はわからないが、刺激したら何か起きるかもしれない。
万が一爆発のような反応があったとしても、遠く離れた場所から飛び道具で攻撃するなら心配は少ないだろう。
リリアも同様の好奇心を抱いていたようで、俺の言葉にすぐさま賛成し緑の刃物を取り出した。
ナイフは森の中で使っていたときより輝きが弱々しく、刃も小さい。
この地は森から遠ざかっており、周囲に木々もない。ドルイドの力が弱まっているのか。
手に持ったナイフが投げられ、キノコ目がけて鋭く飛来していく。
とすっ、とナイフが浅く突き刺さる。するとキノコの色が赤く変色した。
次の瞬間──分厚いきのこの頭から、ぎょろりと大目玉が出現した。
「!?」
そしてすぐさま回転し振り向いたキノコは下手人であるリリアを視認し、目を大きく見開く。
驚いたのもつかの間、キノコは次なる変貌を遂げた。
なんと足を生やし、すくっと立ち上がったのだ。
足の数は数十本。
沼に浸っていたキノコの付け根は、シャンデリアの上下を逆さまにしたような大量の触手が蠢いていた。
「アリマ、気色悪い!」
「馬鹿言え、こっち来るぞ!」
攻撃されたことに怒ったキノコが大目玉をかっぴらき、無数の足をドタバタはためかせながらこちらへ猛ダッシュしてきている。
大目玉をギンギンにかっぴらいたキノコが大量の泥飛沫を上げて突撃してくるというあまりにショッキングな絵面にリリアが悲鳴を上げるが、それどころではない。
「一度陸に上がるぞ!」
あの目玉キノコが何をしてくるかわからんが、幸いまだ陸地が近い。
沼の上で戦うより、動きやすい陸地で迎え撃つべきだ。
「アリマが私にナイフを投げさせるから!」
「お前も乗り気だったろ!?」
リリアの文句をあしらいながら、二人でえっちらおっちら沼を走って陸地に向かう。
ドドドド、と背後から聴こえるキノコの足音はあまりにも恐怖だったが、なんとか追いつかれる前に陸に上がれた。
「よし、迎え撃つぞ!」
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