第44話 蜂の神殿

 巨大な蜂に体を持ち上げられるという恐怖体験を体験した俺たちは、湿地の頭上に浮かぶように鎮座している蜂の巣の内部へと案内されていた。

 中は八角形のパイプ状の通路となっており、半透明のべっこう色をした通路は薄っすらとだが向こう側が見通せるようになっていた。

 目を凝らして通路を奥を透かして見ると、巣全体を無数の通路が幾重にも張り巡らされているのがわかった。

 整然とした通路が巣全体を巡っているんだろう。蜂たちは構造を完璧に把握しているんだろうか?

 

 通路には塗りたくられた蜜によって装飾されており、神秘的な紋様が八角形の通路の八面すべてに走っていた。

 この蜜で描かれた紋様には光を蓄える性質でもあるのか、黄金の光を仄かに放っており、巣の内部はくまなく黄色で照らされている。

 虫の作った巣でこそあるが、その完成度は人工物と比べても遜色がない。  

 幾何学的に整頓された内部といい、各所に蜜で描かれた複雑な紋様といい、その内装はある種未来的な神殿遺跡のようですらあった。

 というか時おり現れる通路の隔壁が、近づくことで自動的に持ち上がる。いよいよ未来基地じゃねえか。


「神殿蜂の蜜には魔力を蓄える性質がある。伝聞で知ってこそいたが、巣の内側がこうも神秘的だったとは……」


 どういう理屈なんだろうと思っていたら、この景色に感嘆したリリアが全て説明してくれた。

 今さらながら、こいつらは神殿蜂というらしい。巨大な神殿を構築するから神殿蜂という名前なんだろうな。由来がわかりやすい。

 会話する知能があり、高度な遺跡の如き巣を築き上げ、魔力による機構され駆使する蜂。

 高度すぎる。こうも高度な知性を持つ存在に出会うと、なぜだか理由もなく恐怖を感じてしまうな。

 こう、高い知性は人間だけの特別であって欲しいという情けない本能がそう思わせるのかもしれない。

 こんなデカい蜂が賢さまで備えていたら人間のヒエラルキーが危ぶまれてしまう。いや、これはゲームなんだが。

 

 しかし魔力を蓄える蜜とは興味深い。素材としての価値は高いのではないか?

 もし豊富に手に入ったら是非エトナに提供したいものだ。

 新たな武器の素材となるかもしれないし、それがダメでも武器に塗る刃薬にしてもらえるかもしれない。

 正直どんな素材でも刃薬という使い道があるのでなんでも欲しくなってしまうんだよな。

 もっとも、それは行き場のないゴミ箱のような用途でもあるわけだが……。

 

 いやだが、刃薬行きとなった素材はエトナが素材の特色を調査するのに役立っているという説が俺の中で有力。

 やはり素材アイテムはあればあるだけ良い。できれば欲しいな。 

 まあ、勝手に採取して蜂たちの怒りを買ったら目も当てられないので大人しくしておくが……。


「それにしても、まさかこんなことになるとはな……」

「同感だ」


 漏れ出した俺の心の声に、リリアが同意を示す。

 興味本位でエルフの森まで戻る手間まで掛け蜂の声を聞いてみたら、まさかその総本山に招かれるなんて誰が思うだろう。

 

 ひとまず思うのは、非敵対状態で訪れることができてよかったということ。

 なにせデカい巣に見合う蜂の収容数を俺たちはまざまざと見せつけられている。

 案内されながら通路の向こうを透かして見れば、大量の蜂が通路を行き交っているのが確認できる。

 こいつらと一度に戦闘とかになったらおしまいだ。

 無双ゲーでもあるまいし、ソロの限界だろう。


 本気でこの巣を落とそうとするなら規模の大きなギルドが総力を挙げてようやくじゃないか?

 蜂の方から友好的な姿勢を示してきたことを踏まえると、こいつらは敵対状態になるのを前提とした勢力じゃない気がするんだよな。

 

 今は親衛隊と思わしき蜂が俺たちを導いている。特別鋭利な外骨格を備えたスペシャルな見た目のやつだ。

 なお俺たちをこの巣まで連れてきてくれた蜂たちは入口で待機している。たぶん戻り道でも彼らのお世話になるのだろう。

 そしてこれは重要な問題なのだが、この巣に運び込まれた際に俺たちの武器は没収された。

 女王蜂に万が一のことがないようにということだろう。俺の腐れ纏いとリリアのレイピアは、俺たちを囲む蜂の後方の蜂が抱えて持ってきている。

 一応俺は失敗作という武器をまだ隠し持っているが、これは腐れ纏いと比べると頼れる武器とは言い難い。

 

 俺たちが突如乱心を起こしてここで暴れるには、丸腰の状態で武器を取り返すところから始める必要がありそうだ。

 もっともこの巣は湿地と異なり足場が安定しているので蹴りというもう一つの武器が存分に扱える。

 武器はなくとも荒事には対応できそうだ。

 無論、そんなことはしないが。

 

『聞け、女王の言葉を』


 おっかない親衛隊蜂に先導されるがまま謎の力で浮遊する八角形のパネルに乗せられると、俺たちはそのまま巣の中枢へと送り出された。

 

 そして、辿り着いた先。

 

『我が神殿へようこそ。歓迎いたします』 

 

 そこにいたのは、死ぬほどデカい蜂だった。

 デカい。マジでデカい。

 黄金の糸で編まれた死ぬほどデカいソファーのようなものに、死ぬほどデカい蜂が横たえている。

 どれくらいデカいかと言うと、ソファーがスタジアムの客席くらいでかい。

 もちろん寝そべる女王蜂はそのソファーにそぐうサイズ。

 デカすぎんだろ。

 

『森人と、鋼の人型よ。あなた方の力を借りたい』


 リリアと二人で女王蜂を見上げ、その声を聞く。

 女王蜂の声を伝える聴震機のノイズは、風鈴のように澄んだ心地いい音だった。

 

『私たちはこの地に蔓延した毒に苦しめられています。元凶はこれより奥地に巣食うキノコにある』


 聴震機が読み取る蜂の声は、今までのどの蜂のよりも鮮明で流暢だった。

 エルフの森を侵し、湿地の植物を食い荒らした毒の霧。神殿蜂にとってもあれが有害であることに変わりはないらしい。

 この地に住まう者は皆、このガスに苦しめられているようだ。

 

「承ろう。我らは元よりそのつもりでいる」


 伝わっていないことも気にせず、リリアが声を張り上げて女王に声を返す。

 それが首肯だとわかったのか、静かに女王蜂は言葉をつづけた。

 

『寄生し、生命を吸い上げ、死の霧を撒くキノコ。それが沼地の深層に蔓延っている』


 聴震機の音がブレる。

 

『──苗床は、私の姉です』 

 

 それはきっと、女王蜂が、言葉を躊躇していたからだ。


『彼女をどうか、葬ってください』 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る