第43話 蜂の巣

 シャルロッテから預かった蜂の言葉を聞く機械とやらは蓄音機の形をしていた。

 真鍮のラッパのような器具のついた、アンティークでレトロなデザインのものだ。

 聴震機というらしい。木材と機械部品混じりの品であり、リリアが苦い顔をしつつも携帯してくれている。

 さて、本当にこれで虫の声が聴けるのかね。

 正面からこちらの様子を浮かがう蜂が、またヴヴヴ、と翅を震わせる。

 するとラッパから金属音を擦りあわせるような音が漏れ出した。


『要求。盾を裏返せ。繰り返す、要求。盾を裏返せ』 

 

 聴震機から聴こえた音は、確かに理解できる人語だった。

 金属片を瓶に入れてシェイクしたような耳障りなノイズが混じっているが、確かに蜂の言語をこの聴震機は翻訳してみせた。

 蜂の言う通りに俺は片手に握る盾を持ち直し、表裏をひっくり返した。

 すると蜂の翅の震える音の周波が変わった。聴震機のノイズも同調してジャリジャリとした砂のような音に変じる。

 

『剣を上に。剣を上に』


 言われるがまま、剣を天に掲げる。

 蜂の言語を俺たちが理解しているかどうかというチェックのようだ。しかも、二重のチェック。

 盾の裏を見せる行為が、偶然や単なる奇行でスキップする恐れがあるからか?

 蜂の意図を俺たちが理解していると示すのが重要なようだ。

 

『認証。要求、追従』


 俺が剣を掲げたのを認めた蜂は、くるりと後ろを振り向いて霧の奥へと進んでいった。

 追従を要求、つまり付いてこいということか。

 

「まさか本当に言葉が通じるとは」

「こちらの意図を向こうに伝えることはできん。一方通行だ」


 虫との異文化コミュニケーションに感動していたが、リリアの言う通りだ。

 向こうの言葉は分かるが俺たちが返事をすることは難しい。

 蜂は道を先導してくれているが、どこに連れていかれていったい何を要求されるというか。

 だが、わからなくとも付いていくしかあるまい。

 俺たちは追いてきてるか時おり振り向いて確認する蜂の導きにしたがい、湿地の奥へと突き進んでいく。

 途中で二匹三匹と新たな蜂が俺たちに合流していき、やがて十数にもなる蜂の大群に取り囲まれていた。

 

 おっかない話だが、この蜂たちが突然態度を変えて俺たちを襲ってきたら、なんてことを考えてしまう。

 完全に多勢に無勢、シーラと濁り水のボスと共闘したときのようにはいかないだろう。

 鎧の身の俺はともかく、湿地での動きが悪いリリアは酷いことになるだろう。

 転んだところに群がられて、なんて図の想像が簡単につく。

 

「おい、見ろ」


 無駄な妄想に意識を傾けていた俺にリリアが声を掛ける。

 彼女が指さす方角を見れば、この湿地の上空、見上げるほどの高さに巨大な構造物が鎮座していた。

 頭上に浮かぶ正八面体。ピラミッドを上下に貼り合わせたような形状のそれは、表面にまだらなマーブル模様が見て取れた。

 それは、まるでミョウバンの形状にカッティングされた木星のようだ。

 八面体という形状はさておき、この模様には見覚えがある。

 

「蜂の巣か、これが」

「デカいな……」


 黄土色と黒ずんた茶色が交互に混じる模様は、スズメバチの作る蜂の巣の柄に酷似していた。

 もちろん俺の知っている蜂の巣は楕円球の形であって、こんなシャープで鋭利な形では決してないが。

 というか浮いているし。どういうパワーだ。

 幾何学的な形状と鮮やかな模様も相まってなんだかSF的だ。効率的な形状がそう思わせるんだろうか。 

 しかし巣というには巨大すぎる。大きさだけで言うなら空中に浮かぶ砦、あるいは城のようだ。

 蜂一匹のデカさを加味してもこのスケール感はすごい。濃厚な霧の向こう側にあってなお感じる迫力。浮いているから尚更だ。

 と、リリアと二人で茫然と蜂の巣を見上げていると聴震機が再び音声を発しだした。

 

『謁見。承認』


 アルミ箔を擦りあわせたような小刻みなノイズと一緒に聞こえたのは、謁見というキーワード。

 どうやら俺たちはこの巣の主にお目通りが叶うらしい。

 だが、どうやって? 頭上にそびえる八面体に至る道はどこにもない。

 一応辺りを見回してみたが、目に入るのは俺たちを取り囲む蜂だけ。人間用のハシゴなんて見つかるはずもなかった。

 

「む!?」

  

 そう思っていると、数匹の蜂がゆっくりと俺に近づいてくる。

 意図は不明だが、現状この蜂は敵ではない。

 暴れて刺激するのも良くないのでじっとしていると、蜂たちはなんと俺の両手両足にしがみついた。

 

「おいアリマ! こわいぞ!」


 見れば、まったく同じ状況のリリアが目じりに涙を浮かべながら俺の方を見ていた。

 声に出した内容も俺とまったく同じ感想。めっちゃ怖いよなこの状況。

 俺は鎧の姿だが、リリアは外套越しに蜂のトゲトゲしい節足に手足を鷲掴みされている。

 前言撤回。そら俺よりリリアのが怖いわ。自然に生きるエルフとて虫は苦手じゃなくても状況次第で怖いものは怖い。

 そして俺たちに張り付いた蜂たちの翅が震えだす。徐々に徐々に、俺の体が大地を離れ上昇していくのがわかった。

 

 も、もしかして飛行するんですか!?

 

 

    

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