第42話 リリアとシャルロッテ
「シャルロッテは私の師だ。手先の使い方も彼女に習った」
「ほう」
シャルロッテの協力を取り付けて再び湿地に舞い戻る道すがら、リリアは俺にシャルロッテとの関係を語ってくれた。
「私の毒霧を防ぐマスクも彼女の力を借りて作ったものだ。ものを作ることにかけては、この村で右に出る者はいないだろう」
「素晴らしい人物じゃないか」
「金属を好みさえしなければ、だ。あれさえなければ彼女だって村で持て囃されているさ、私などより遥かにな」
会って話した感じだけなら、奇人変人って印象はなかったんだけどなぁ。
いやでもリリアの話じゃ金属を忌み嫌うのはエルフにとって避けようもない本能のようなものだというのに、厭いすらせずむしろ好き好む。
そりゃあどんなに有能だとしても、エルフの集落の中に居場所はないか。
一見普通の人物なのに、根本的な部分で異常をきたしている。
エルフとしての共通認識、誰しもにとっても当たり前ともいえる常識。
その一部が致命的なまでに欠落している。それがシャルロッテに抱いた総合的な印象だ。
「そもそもシャルロッテは卓越した魔術師だった。ドルイドではなく魔道の道に進んだ研究者。彼女は聡明だったよ。村には彼女の発明したマジックアイテムが今でも多く使われている」
「ではなぜシャルロッテは機械に傾倒するようになった?」
「嫌なことを聞いてくれる。思い出したくもないことだ。……ある日、森から不可解な機械構造体が出土し、シャルロッテはそれに魅入られた」
そう話すリリアの表情は、複雑だ。
「お前たちの価値観で例えるなら、尊敬していた恩師が突如気色悪い蟲の卵に寄生されて帰ってきたようなものだ。それも、本人は極度に興奮して嬉しそうにしながらな」
うわエグ。
そりゃ思い出したくないわな。嫌なことを聞いてしまったか。
俺の視点だとシャルロッテはただの機械弄りしてる金髪のインテリねーちゃんでしかないが、生粋のエルフが見ればその姿のおぞましさは想像を絶するだろう。
これはまた、エルフが根本的に価値観を異にする異種族というのを強く感じる出来事だな……。
機械や金属にそこまで強い嫌悪感を抱くというのは、俺の感覚だとちょっと想像するのが難しい。
種族にエルフを選択していれば強く共感できるようになるのかもな。
「シャルロッテも今や村の鼻つまみ者。彼女もそれを良しとしているようだが……それでも、私の恩師だ。なあ貴様、シャルロッテの力になってやってくれないか」
「俺は滅多に頼みを断らない」
「そうか。……助かる」
エルフから見たシャルロッテは金属キチのやべーやつかもしれないが、俺の視点ではただの機械油の臭いが染みついた鉄粉まみれのお姉さん。
俺の交友関係からしてみれば、余裕で常識人の範疇に収まる。シャルロッテと友好敵な関係を結ぶのに何の否やもない。
だいたい、貴重なNPCイベントのフラグを自分から進んで折るプレイヤーは滅多にいないだろう。
まして再現性の低いこの一期一会の世界。『いいえ』を選んだ場合の分岐を確かめる方法がないのなら、とりあえず『はい』を選ぶのが普通だ。
世界を救ってくれますかという質問にふざけていいえと答えられるのは、それが一度きりの選択ではないと嵩を括っているからだ。
このゲームじゃあ自分の選択に取り返しが付かないかもしれないんだから、俺は興味本位で馬鹿な真似はしないぞ。
ところで気になるのは、シャルロッテが口に出していた都市の名前。
「機械工房都市ランセル、とかいったか? リリアは何か知っているか」
「詳しいことは何も。ほとんど伝説だな。健在なのか滅びているかさえも不明だ。各地に点在する遺物がその存在だけは実証しているようだが」
ふむ。肝心の街がどこにあるかはさっぱりだが、そこで産み出されたと思わしき物品が各地に散っているんだな。
ランディープがどこで入手したかはとんと不明だが、ああいう時代錯誤なマシーンがこの世界にも点在していると見てよさそうだ。
もしかしてだが、忘我サロンで契約すればシャルロッテの元にランディープを連れていくことも可能か?
ランディープへの毒対策やそもそも他人に機械槌を見せる行為をランディープが許可するかなど問題は山積みだが、検討する価値はありそうだ。
伝説の街、機械工房都市ランセル。手がかりがは一切ないものの、名前からして興味をそそられる。いつか足を踏み入れたい。
実在すら危ぶまれるとはいえ、名前がでてきたということは残骸やら伝説の原型やら、何かの形でこの世界に存在しているはずだ。
となると、ドーリスとも協力して見つけ出したい。これは自分で見つけた初めての目標かもしれないな。
至瞳器の探求などは人に言われてじゃあ俺も、と流されるように見つけた目標だった。
だが、機械工房都市ランセルを探すことは俺自身の興味の割合が多い。
一体どんな街なんだろう。想像するだけで楽しみだ。
いやはや、楽しみになってきた。
とはいえ、その目標はまだ優先できない。
ひとまずはこのエルフの森を侵そうとするガスの調査と根絶が第一だ。
「さて、現れたな」
そうこう話しているうちに、俺とリリアはまた湿地の挙動不審な蜂の元の付近に戻ってきた。
だが、サイズが違う。どうやらこの巨大蜂は前回とは異なる個体のようだ。だが──
「ヴヴヴヴ」
やはりこいつも何かを訴えかけている。
さて、シャルロッテから借りた装置で何を言っているか聞いてみよう。
下らんことだったら承知せんからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます