第41話 機械屋シャルロッテ

「なに? 事情がさっぱりなんだけど。とりあえず見ればわかると思うけど、わたしはこういうエルフだから」


 リリアの紹介したシャルロッテなる人物は、鉄と油に塗れた自らの姿を恥じもせず、女性らしさとエルフらしさの全てをかなぐり捨てていた。

 ウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばしているが、煤のようなもので黄金の髪のあちこちに黒が混ざってしまっている。

 リリアは一般的に想像されるエルフの要素だけで構成されたようなお手本エルフだったが、こいつは個性が突き抜けてるな。

 NPCといえど種族的な固定観念に収まるやつと囚われないやつがいるということを、このシャルロッテなるエルフは証明していた。

 

「貴様は理解していないようだが、エルフからすれば金属など糞尿のようなものだ」

「なんだって?」

「あるいは蟲。死血。腐敗。そういうものに言い換えたっていい。とにかく本能的にどうしようもなく忌諱するものだという認識で構わん」

 

 じゃあめちゃくちゃヤベーやつじゃん。それ聞いて一気に印象が変わったわ。

 エルフの金属嫌いってそんなレベルなのかよ、甘く見ていた。


「うん? 俺の鎧も金属だがそれは平気なのか?」

「お前は問題ない。金属の質が劣悪だからな」 

 

 あ、そうなんですか。

 おかしいな。貶されているような気がする。

 ゲーム開始直後からずっとお世話になってるこの初期装備の鎧、金属の質が劣悪なんだ。

 普通はお前は特別に平気って言われたら喜ばしいことだと思うんだけどな。

 こういうときどんな反応すればいいかわからねえや。

 

 まあそれはさておき、種族にエルフを選択したプレイヤーもその感覚をゲーム内で保持しているはずだから、この近辺にエルフのプレイヤーですら近寄らないのはそういう理由か。

 リリアも立ち入るのにガスマスクを着用するわけだ。それくらいエルフにとって金属の気や匂いは忌み嫌うものなんだな。

 そんな金属をかき集めて建物にするようなエルフなんて、同族からしてみれば悪夢みたいなもんか。

 リリアはシャルロッテを忌まわしき機械屋と紹介していたが、まさにその通りだったようだ。

 よそから来た人物に教えたがらないのも当たり前だな。


「いいか、シャルロッテは変わり者ではなく異常者だ。勘違いするなよ」 

「わざわざ外から来た人にそう紹介しに来たの? 普通に不快なんだけれど」

 

 リリアに堂々と異常者呼ばわりされたシャルロッテはもちろん不機嫌そうだ。

 とりあえずここで狂ったように高笑いを始めるようなマッドな人物ではないらしい。

 むしろシャルロッテのリリアとの受け答えは至って普通。

 『金属を厭わない』という一点のみが異常なだけで、それ以外は通常のエルフと変わらさそうだ。

 その一点が異常すぎるが故に、こんな扱いを受けているのだろうが……。

 

 シャルロッテは異常者らしからぬ落ち着いた雰囲気で、理知的な振る舞いすら見せている。

 その言動も相まってシャルロッテにはストイックな研究者のような印象さえ抱く。だがその風貌はタンクトップ一枚で機械汚れを被った現場作業者的。

 こう、スパナ片手に自動車の下に体を突っ込んでいそうな。 

 

 だがしかしシャルロッテもまたエルフの例に漏れず輝かんばかりの美貌の持ち主。

 顔が黒い煤まみれに汚れていても美人らしさはちっとも損なわれていない。

 見た目と口調とやってる事が全然一致しなくて頭がバグリそうだ。なんなんだこいつ。

 インテリ現場イレギュラーエルフとでも称そうか。

 

「あなた、外から来たんでしょう? 名前は?」

「アリマ」

「機械工房都市ランセルって知ってる?」

「知らん」

「使えないわね」


 いやーやっぱこいつエルフだわ。

 エルフってこうなんでしょ? って感じのエルフ。

 この高圧的な感じといい、物を知らない相手への礼の欠き方といい。

 精神的な余裕のないときにエルフと会話したら堪忍袋の緒が千切れ散らかしそうだ。

 そんでまた新しい固有名詞が出てきたな。機械工房都市とは、これまた一般のエルフが嫌いそうな概念全開の文字列だが。

 

「お前が金属を扱う理由と関わりがあるのか」

「まあね。どこかにあるっていう、古代魔法の理論体系に比肩するクラスの複雑な機構を組み上げる超技術を保有した街よ。まぁ、あなたには関わりなさそうだけど」

「街は知らんが、そこの産物はたぶん見たことあるぞ」

「もっとまともな嘘をついて頂戴。あなたみたいな旧態依然とした鎧ヤローに縁があるわけないでしょ」

「高速で回転する削岩機みたいなやつだった」

「……詳しく聞かせなさいよ」


 ハエでも追い払うようにしっしと俺目掛けて手を払っていたシャルロッテだが、俺が何かを知っているとわかると居心地が悪そうに態度を変えた。

 初めが突き放すような語調だった分居心地が悪そうだが、その目は興味に輝いている。

 未知への好奇心を抱く学者然とした目つきだ。でも首から下の服装が町工場の現場オヤジなんだよな。

 

 それはさておき、つまりランディープが振るっていた機械槌がその機械工房都市の産物ってことで間違いないはず。

 なにせ剣と魔法のファンタジーの世界観の中で、あの武器だけ露骨にオーバーテクノロジーだったからな。

 一目見た時からなんちゅう武器もってやがんだと仰天したからしっかり覚えてる。

 シャルロッテの反応を見るに、やはりあれは一般に普及した技術ではなく一部の特殊な武器だったか。

 

「その削岩機はどんなだった?」

「螺旋溝の入った円錐が高速回転する機械だったぞ」


 同じ価値観を共有するプレイヤーならドリルっていえば一発で伝わるんだが、相手がエルフだと伝達できるか怪しいので見たまんまを言う。

 外観だけの情報だが、それを聞いたシャルロッテは望む答えを得られたようで満足げにしていた。

 

「そう。私の知らない型だわ。ええ、ええ。それが聞ければ充分だわ。……やはり、金属で装置を構成する場合において回転機構はそもそも魔法を用いた場合よりも遥かに有用性が──」

「話は済んだか? 私たちは頼みがあってここを訪れた」

「ああリリア。いたわね、そういえば」


 口元に手をやって思考の海に潜ろうとするシャルロッテだったが、それを阻止するようにリリアが話を持ち込んだ。

 リリアはずっと一刻も早くここを立ち去りたそうにしていたからな。単刀直入に本題を持ち出せる会話の隙をずっと窺っていたんだろう。

 すぐに用事を済ませたいリリアの都合を汲んでか、思考を阻害されたシャルロッテは気を悪くした様子もない。

 この金属に囲まれた基地が多くのエルフにとって居心地の悪い場所だというのは彼女も理解しているのだろう。

 

「とりあえず聞くわよ。機嫌もいいしね」

「蜂と会話できる絡繰りがあっただろう。あれを借りたい」

「ああ、前に群れを追い払うのに使ったやつ。また襲ってきたの?」

「いや……今度は様子がおかしくてな。真意が知りたい」

「ふぅん。ま、いいわよ」


 許された。

 蜂と会話できる機械を借りられるようだ。

 これ、もしかしてなんだが工房都市ランセルにまつわる情報を俺が何一つ知らなかった場合はここでイベントが停滞していたっぽくないか?

 

 さ、さんきゅーランディープ。

  

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