第39話 エルフの力
ようやく始まった湿地探索。前回は湿地に踏み込んですぐこのずっこけエルフの邪魔が入ってしまったからな。
いや邪魔が入っているという意味では今もまだそうなのかもしれないが、今は敵対関係ではないのでセーフ。
気ままな一人探索はできなくなってしまったが、ようやっと本格的な調査ができるぞ。
出現する敵は、今のところ濁り水のみ。リリアには手出しさせずに俺の腐れ纏いで秒殺している。
「恐ろしい武器だな」
のたうちながら死滅していく濁り水を見たリリアが息を呑んだ。
やはりそういうリアクションが普通だよな。毒を纏う武器を用いるというのは、外道な手段だ。
プレイヤーの立場からしてみれば、毒なんて武器の属性としてありふれたものだが、世界観に根差した住人の視点だと忌諱感があってもおかしくない。
まして、彼女は俺からこの武器を向けられたのだ。あの時点で俺は彼女に対し剣を使う予定は無かったが、リリアはそんなこと知る由もない。
あれ、ひょっとして毒武器の使用って好感度下がる?
これは参った。でもこればっかりは容認するしかなさそうだ。刃薬で代替可能とはいえ、運が絡むやり方は滅多に使いたくないし。
「毒は卑怯か?」
「そうは言っていない。使える手段は全て用いるべきだ」
「そうか。お前さえ気にしなければ、こちらも好き勝手させてもらうが」
「そうしろ。見栄も名誉も捨て置け。死んで晒す屍に価値などありはせん」
気を悪くしたのかと思って聞いてみれば、リリアから飛び出してきたのは好意的な意見。
あるものは全て使うべきというのが、エルフのしての彼女の流儀のようだ。
それが森の中で自然に紛れて生きるエルフの価値観なのかもしれないな。
外面を気にして手札を棄てるなど、愚鈍という他ない──とリリアの顔に書いてある。
表情はガスマスクで覆われていても、全身から醸し出す雰囲気からしてそういうメッセージを感じる。
普段から表情筋が死滅しているエトナと会話している俺からしてみれば、ガスマスク越しだろうが言葉の裏の感情くらい容易く読み取れるわい。
彼女のことだ、どうせ今もこのエルフはガスマスクの下でむすっとしたしかめっ面を常に浮かべているんだろう。
ぶっちゃけ、リリアは考えていることがかなりわかりやすい。
ある意味とても真っすぐな人物なんだろうな。
にしても、これはいい経験になった。今まで思いもしなかったが、NPCの中には毒のような横道を嫌悪する人物もいるかもしれない。
初対面で人となりの知れない者と会うときは、この腐れ纏いは隠しておいた方が今後の為になるだろう。
「ところで、リリアはどうやって濁り水を始末していたんだ?」
ふと、個人的に抱いていた疑問をリリアに投げ掛けてみた。
ひとりでこの湿地を歩いていたからには、この水どもをどうにかできる手段があると思った。
だが、この水たちは物理的な攻撃手段ではとんと歯が立たない。
やつらに対抗するために、なんらかの属性攻撃手段を持っているはずだ。
「エルフが先天的に適正を持つドルイドの力を利用した」
「すまん、さっぱりだ。詳しく教えてくれ」
リリアは俺の質問にあっさりと答えてくれたが、見知らぬ単語が飛び出してきたためまるで理解できなかった。
なんだそんなことも知らんのか、とでも言いたげなオーラを放つリリア。
だが、すぐに俺の為に分かりやすくその説明を始めてくれた。
「平たく言えば、自然の力を借りる魔法だ。樹木や植物の助けによって力を得る」
「なるほどわかりやすい」
「お前に散々見せた投擲ナイフもドルイドによって生み出した力だぞ」
リリアが指の鳴らすと、手元に緑色の結晶が露出に木片が生み出された。
彼女が森を案内してくれたときに幾度となくモンスターを一投一殺していたナイフと同じものだ。
ドルイドとは、要するに自然魔法とか植物魔法的なものらしい。
「おい、丁度よく濁り水が出た。実演してやる」
霧の向こうからにょきっと姿を現した濁り水に気づいたリリアは、俺の返事も待たずに濁り水目掛けて木片のナイフを投擲した。
すると、ナイフの突き刺さった濁り水はみるみる内にその体積を減らしていき、とうとう干からびてしまった。
あとには、見覚えのある花が一輪だけ。
「……なるほどな」
それを見て、俺は納得した。
これ、地下水道のボス戦で俺の剣に咲いたのと花だ。
あの時の刃薬の効果、ドルイドの力だったのか。思わぬところで答え合わせができたな。
となると、ドルイドの力には生命力を吸収する力があると思ってよさそうだ。
……にしても結構おっかないな。見た目が緑で自然の温もりを感じるが、やってることは毒に負けず劣らずえげつないぞ。
「足場が悪くて動きにくいのに、視界すら悪い。やりずらすぎる!」
ドルイドの力に感心していた俺をよそに、リリアは一人憤っていた。
俊敏な動きや正確無比な投擲がリリアの持ち味なんだろうが、このド=ロ湿地と相性が悪すぎる。
ぬかるんだ足場と濃霧で長所がすべて潰されている。彼女のドジを差し引いても、やはり森の時のように彼女に頼ることはできなさそうだ。
なんて思いながら湿地を進んでいると、やがて見慣れぬ形の影が霧の向こうに浮かび上がった。
それはこちらに近づくにつれ、ブブブブ、と耳障りな羽音を撒き散らしていることがわかった。
「新手だな」
それは、巨大なハチの姿をしていた。
ネズミ、コウモリと続いて今度は虫かぁ。
俺が戦う敵こんなんばっかりだ……。
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