第38話 武器屋には立ち寄らない


「本当に良かったのか? 武器屋に行かなくて」

「事情があってな。おいそれと足を踏み入れられない」

   

 リリアの案内のもと村を巡ったのち、俺たちは再び湿地へと戻ってきた。

 エルフの村は大鐘楼と比べると素材類のショップが充実しており、モンスターの素材や薬草類のバリエーションが一目でわかるほど勝っていた。

 本音を言うと一番見たいのは間違いなく武器屋なんだが、俺は装備絡みでエトナとトラブルを起こしたばかり。

 舌の根も乾かぬうちにまた他の装備にうつつを抜かしていたら、今度こそエトナから雷を落とされる。

 故に俺は断腸の思いでリリアの紹介する武器屋には立ち入らなかった。が、店の場所は暗記してある。

 それはそれとして、あとで来るかもしれないからな!

 

 そういえばなんだが、村巡りの際には俺が剣を抜いた際の一部始終をおっかなびっくり観察していたサーレイもちゃっかり同行してきた。

 多分サーレイの目的はエルフが森から出られない理由を長老の口から聞き出すことだったと思うんだが、俺が剣を抜いて場を乱したことで言いたいことができたらしい。

 

 特に買い物の手伝いというわけでもなく、とにかくリリアに剣を向けたことに対する恨み言のようなものを聞かされた。

 エルフのプレイヤーからすれば、やはりリリアはマスコット的存在だったようだ。

 それをよもや殺害など、とんでもないことを考えるなと説教じみたことを言われた。

 

 うーん、客観的に見たら俺の立場はかなり同情的だと思うんだがなぁ。

 まあサーレイがあちら側に加担するのは、彼がエルフである以上当然なんだが。属しているコミュニティ的にもな。

 

 だが、こちらにも譲れない事情がある。そこまで言うなら、万が一の際にはサーレイが止めに入れば良かったと思うんだが。

 しかし実際のサーレイはあのとき無言のまま不干渉を貫き、自分の存在感を全力で薄めにかかっていた。

 荒事に不慣れな性格なんだろう。彼はああいうピリついた空気を感じると縮こまってしまう性格のようだった。

 一応、俺もどちらかというとそちら側の人間なんだがな。

 

 自分がお人好しである自覚はあるが、それだって駅前で配られるポケットティッシュをかろうじて拒める程度には自分を持ってる。

 今回ばかりは自分が不義理を働かれた当事者というのもあって、物怖じせず己の意見を主張できた。

 

 事が終わってから好き勝手言うサーレイにはちょっと卑怯じゃないかとも思ったが、やり方が人間臭すぎていっそ微笑ましくなったので広い心で全て聞き流した。

 途中、リリアと親密な関係になりたいのか隙を見つけては声を掛けるも、悉く冷たくあしらわれ続けて凹んでいた。

 あの感じ、おそらく種族がエルフかそうでないかで好感度に差があるのではないか?

 

 むしろ同族のエルフにこそ好感度が高いのではと思いがちだが、リリアはプレイヤー達から姫だなんだと持て囃される事に辟易した様子だった。

 種族で判断しているのではなく、自身を特別な立場として敬われるのを嫌っているのかもしれないな。

 であれば、出会いがしらに交戦して文字通り泥を塗った俺への好感度がある程度ありそうなのも頷ける。

 いや、彼女の態度が一貫してつっけんどんなのでこれを好感のある態度と称していいのかはわからんが。

 

 サーレイは結構前からリリアに白い目で見られているのにも気づいていなかったようだし、あいつはなんというかこう、憎めないやつだな。 

 性根が悪人でないとわかるからなのか。

 いや、俺の人を見る目が麻痺している可能性もあるが。

 

 その後、結局サーレイとは森の入り口で分かれた。どのみち彼は森から出られない。

 今回の湿地の霧調査には同行できないので、しぶしぶ村に残ることにしたようだ。

 

 あとはリリアとペアで、行きと同じように森を中を突っ切ってきた。

 道中はリリアの強力なナイフ投擲によってもはや散歩同然。

 現れては断末魔を上げてポリゴン化していく敵がいっそ哀れだよ。

 

「此度は本格的な調査に備え、マスクのフィルターも十分用意してある」


 森を抜け湿地に辿り着くと、リリアはその麗しい貌を自慢げに取り出したガスマスクで覆った。

 うーむ。やはり亜麻色のローブも相まって、かなり不審な恰好に変貌するな。

 やんごとなき令嬢のような麗姿が、一瞬で悪の組織のザコ研究員のようになってしまった。

 いやだが、そのマスクの下は超絶美人の高圧的ドジエルフだ。これはこれで良いという人もいるかもしれない。

 

 ところで森を抜ける時に聞いた話だが、このガスマスクは彼女が自分で手作りしたものらしい。

 蔓延しだした毒ガスの存在を知り、試行錯誤の末にようやく完成したものだという。

 それまではガスの内部には近づくこともできなかったというから、エルフたちの対応が遅れてしまったのもやむなしか。

 そういうわけで、彼女は見た目に似合わず意外と手先が器用らしい。そういえば武器にも繊細な扱いを要求するレイピアを使用していたし、投擲するナイフも百発百中。

 リリアはそもそもかなり技巧に偏った性質だったのかもしれない。

 ひょっとしたら、ガスマスクの他にも工作品を持っているかも。より親密になったらそういうのを教えてくれる日が来るかもな。

 だが、今はまずこの湿地を覆うガスの調査からだ。

 

「俺の鎧が著しく損壊すれば、撤退も考慮する」

「認めよう。だが修復する当てがあるのか? やはり大人しく私の勧めた店で予備の装備を買っておくべきではなかったのか」

「好意はありがたいが、腕利きの鍛冶師が協力してくれている」

「ならば良いんだが……うっ」

「おい、気を付けろ」


 リリアが足を滑らせて転びそうになったのを、腕を引っ張って留めてやる。

 おいこいつ本当に大丈夫なのか。何もないところで転びそうになってるじゃねえか。

 もしかして、森を案内してくれたときと打って変わって戦闘面での助力は期待しない方が良い感じか……?

 初対面の戦闘でも派手に転んで大きな隙を晒していたくらいだ。

 味方になった今も同じことが起きると思っておいたほうが良いか。


「くっ、森と勝手が違いすぎる。防滑の靴も作っておくべきだった」


 姿勢を立て直したリリアが、俺の腕にしがみつきながら再び歩き始める。

 お化け屋敷に挑むカップルのような構図になってしまった。あんまり強く腕を引くと腕甲が引っこ抜けちゃうからやめてくれよな。

 リリアの足取りは今もややおぼつかない。ただ歩いているだけなのに今にも足を取られてずるっと転びそうだ。 

 これって森とかエルフとか関係なしにこいつがドジなだけなんじゃないのか? 


 ここからはリリアの護衛任務という側面もありそうだな。だって戦闘が始まったら絶対に転んで敵の前で隙を晒すもの。

 意欲的に戦闘に参加してくる分、いっそ厄介かもしれん。

 まあ、どうにかうまく付き合うしかあるまい。

 ともあれ、まずは向かう場所を決めたいところだが。

 

「この霧の原因に心当たりはあるか」

「無い。そもそもこの地に足を踏み入れたのも数えるほどだ」

「なら適当に歩いてみるしかないか」


 俺もこの湿地にはまだ詳しくないので、目印も手がかりもゼロだ。。

 濁り水と数える程度に交戦しただけで、フィールドの広がり方もさっぱり。

 このエルフと仲良く霧の中を彷徨うしかなさそうだ。

 ドーリスからマップを受け取っていたのが不幸中の幸いだな。

 これを埋めるように探索をしていれば迷子にもならないし、なにかしらは見つかるだろ。

 

「わぁっ!」

「おい引っ張るな!」


 ただ、こいつとうまくやっていけるか俺不安だよ……。

 

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