第37話 宿り木の呪い

「お前の息の根を止めればこの呪いは解けるのか?」


 剣を抜きながらリリアに問う。

 腐れ纏いの刀身におぞましい毒の深緑が帯びた。

 

 エルフの姫? 長老の前? 知ったことではない。

 怒りだけが理由ではない。必要だから俺は剣を抜いた。

 それだけのことをこいつは仕出かした。


 呪い。

 その効果は、離れると死亡、かつ蘇生位置の固定。

 リリアはそう言ったな。最低の呪いだ。悪辣という他ない。

 俺の種族特性と徹底的に相性が悪い。

 リビングアーマーは鎧を修復できなければ、HPの上限値が下がったままになる。

 俺が強力な敵に敗北した場合、脆弱な耐久力の鉄としてリスポーンするのが俺の種族の宿命。

 それを覆す生命線が、エトナによる装備の祝福だった。

 リリアが口にした呪いの効果が本当ならば、俺は半ば『詰み』に近い状況にされたことになる。

 

「まて。そんなに怒るとは思わなかった。許せ」

「つまらん冗談だな」

 

 初めからリリアは俺を欺いていて、非エルフの俺を貶める罠だったと思いたいくらいだ。

 

「私たちには後が無い。いつ訪れるかもわからぬ次の誰かを待つ猶予もない。お前がただちに霧を調査する理由を作りたかった」

「ふざけた話だ」

「傲慢で利己的なやり方だった事は認める。だが、剣を納めてはもらえないか」 

 

 固唾を呑んでこちらをじっと見るリリアに、俺は深いため息をついてから剣を鞘に戻した。

 奥で長老がほっと息をついて安堵したのがわかった。俺も頭を冷やす必要がありそうだ。

 唐突にとんでもない真似をされたせいで、少しカッとなっていたようだ。

 だが、剣呑な雰囲気はまだ落ち着かせない。

 聞くべきことはまだある。

 

「呪いの効能はどこまで本当だ」

「ただちに死ぬことはない。蝕みは遅々としたものだ」

「俺にこの霧を晴らさせる為の楔にしたかったんだな」

「ああ。だが、どうも私はやり方を間違えたらしい」

「リビングアーマーの性質は知っているか?」

「知らん」


 案の定だ。

 リリアの返答に俺はもう一度深いため息をつき、生身のときの癖で頭を抱えて後頭部を掻いた。

 このまま不機嫌をアピールしていても仕方がないので、リリアに種族の特性を端的に説明してやる。

 

「──事情は理解した。改めて謝罪する、すまなかった」

 

 俺からリビングアーマーという種族の概要を聞いたリリアはすぐさま自分の悪手と短慮を認め、素直に俺に謝罪を寄越した。

 リリアも打算はあれど、そこに悪気はなかったんだろう。

 もっとも巻き込まれるこちらからしてみれば、悪気の有無など知ったことではないが。

 とりあえずエトナの元に転移しても即死するような呪いではないのが分かってよかった。

 それならまあ、何とかはなる。もちろん不条理に呪いを掛けられた事に対する怒りは消えないが……。

 ひとまず、ここは俺が寛容にならなくては話が進まないだろう。

 

「すまんのう。しくじってとんだお転婆に育ってしもた」

「頼むぜ爺さん……」


 リリアと共に長老の方からも謝罪を受け取る。やんちゃがすぎるぞ、あんたの娘さん。 

 

「で、解呪の手段は?」

「術者の死亡か、目的の達成によってのみ失われる」

「そうか。なら最初と変わらんな」

 

 その二択なら、どちらを選ぶかは決まっている。

 リリアを殺めるつもりは、もうない。

 とんでもないことを仕出かしてくれたが、元々協力するつもりでこの森まで来たんだ。

 エトナの元に戻れるんなら、それでいい。

 呪いの件は一旦水に流そう。

 

「いいのか?」

「乗り掛かった舟だしな。呪いがなくとも、協力はしていた」

「私は少し、必死になりすぎていたようだな。これに懲りて、下らん企みはもうしないことにする」

「そうしろ」


 冷静に考えて、呪いってお前。

 一度許した俺が言うのもなんだが、やっぱりやってることヤバいよ。

 

「謝罪も兼ねて、改めてエルフの村を案内したい。まだ私を信用してもらえるか?」

「まあ、頼む」 

 

 リリアの不安げな申し出。やや迷ったが、俺はそれに乗っかることにした。

 本人もミスを自認しているようだし、反省もしている。

 

 それに村の中はまだ見て回れていない。入って長老のもとまで一直線だったからな。

 街巡りは大鐘楼で行ったばかりだが、エルフの村ともなれば他にない特産品に期待できるだろう。

 村の者の案内があれば、一層捗るのは間違いないしな。

 

 それに、リリアのずっとキリっとした凛々しい表情を保っていた顔立ちも、今となっては眉が八の字に垂れ下がっていてしゅんとしてしまっている。

 挽回のチャンスをくれてやるのも、許す側の度量ではないだろうか。

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