第36話 森の長老
エルフの集落の長。エルフのリリアがそう紹介した人物は、村の最奥にある朽ちた大樹の洞にいた。
「父よ。湿原で使えそうなやつを見つけた。こいつで毒霧を調査してみる」
「おお。とうとう解決の糸口を見つけたな。苦労をかける」
「父よ、安心するには早い。この森まで腐るのに猶予は幾許もない」
「なあに、心配しとらん。お前は一等優秀なエルフじゃ。任せておるよ」
親しみと尊敬の混じった目線で話すリリアと、にこやかに言葉を返す長老。
つい口を挟みたくなった部分があるのだが、会話を交わす二人に水を差すべきではないと判断して黙っていた。
俺が二人の会話を遮りたくなった要素。
それは、この大樹の洞に足を踏み入れたすぐ目に入った長老の容姿についてだ。
「君、名前を窺ってもよいかな」
「……アリマだ」
「む。そういえば私の自己紹介もまだだったな。リリアだ」
「ああ」
リリアの美貌が俺を真正面に捉えるが、俺はそれに見とれている場合ではない。
エルフの森の長老の意識が俺に向いたことのほうが気になった。
長老は好々爺の如き優し気で温かい雰囲気の持ち主だったが、容姿が人でもエルフでもなかった。
彼は、朽ちた大樹の内側から新たに萌ゆる新芽の姿をしていた。
青々しくぷっくりとふくらんだ新芽に、人の顔が浮かび上がっている。
それはまさに、人面樹の幼体とでもいうべき姿だった。
「不躾な質問で申し訳ないが、その姿の理由を聞いてもよいか」
「おお、森の外の者からすれば奇特に映るかの。いやはや威厳の無い姿で恥ずかしい限りじゃがな、森の主としての継承から間もなくてのう」
「そうなのか。いや、ありがとう」
たまらず質問してしまったが、どうやら聞きずらいことを聞いてしまったようだ。
無知を盾に無理やり踏み込んで聞くのもできなくはないが、今後の関係性に支障をきたしそうなので追及はよした。
だが、漠然とわかったことがある。
この長老なる人物はエルフではなく、この森全体の父のようなものであること。
リリアというガスマスクのエルフとも父娘の関係のようだが、樹とエルフじゃもう血縁関係の捉え方がちっともわからん。
他のエルフとは何が違う? さっぱりなのでこれについてはもう考えない。
それから、この貫録のある語調からして長老は一本の樹の姿で幾度と転生のようなものを繰り返しているらしい。
この朽ちた大樹と新芽の長老は、同一人物だったようだ。ちょうど代替わりから間もない時期だったのだろうか?
この村に自由に出入りできるエルフのプレイヤーたちからは、とっくに周知の事実だったのかもしれない。
あるいは発売間もなくエルフでゲームを初めてこの村に至ったプレイヤーならば、大樹が朽ちる寸前の姿を知っている者もいるだろうか。
だが、長老と会えるものはエルフであっても多くないように思える。
長老が生えている大樹の手前には、排他的な感情を隠そうともしない近衛のような武装エルフが守りを固めていた。
娘と呼ばれたエルフの案内なしでは、非エルフの俺は通してもらえなかっただろう。
いや、それどころか有象無象のエルフでは接近さえできないのでは? 思い返せば、他のエルフのプレイヤーの姿もなかった。
つまりこれは、貴重な長老と話すチャンスなのかもしれない。
それを証明するように、俺と一緒についてきたサーレイがこの機会を逃すまいと食い入るように長老に質問を投げ掛けた。
「あ、あの! エルフはどうして森から出られなんです? なぜ閉じ込めるんですか?」
「うん? 君はたしかサーレイ君だね。答えるが、わしが閉じ込めているわけではないよ」
「あれっ? そうなんですか?」
「森はエルフを愛する一方で、やや嫉妬深い。強力な恩恵は同時に強固な束縛なのだよ」
「そ、そうだったんですね……突然すみません」
そういうことらしい。これが森を出られるエルフが限られるという話の中身だったようだ。
というかサーレイは長老から名前を憶えられているのか。
彼の反応からするに長老とは初対面じゃないようだが、ひょっとしてこのエルフの森の住人すべての名を網羅しているのだろうか。
長として治めているだけのことはある。長老ももちろんAIに従って会話をするNPCなんだが、こう、人格に説得力を感じるな。
さてサーレイが聞いて質問の他にも気になることはある。
他にもエルフをこの森に招待するエルフは何者なんじゃいという疑問や、プレイヤーはどうやって森と大鐘楼を行き来してんねんという疑問などだ。
しかしひとまずそれらは胸にしまっておく。
長老の言葉についてもう少し考えると、森の恩恵を振り払えるほどの実力者であればエルフであっても森を抜けて湿原まで出られるということか?。
しかし、もう発売二週間にもなるんだぞ。まだプレイヤーの中には森を出たエルフはいないのか。
とはいえ、このゲームは力や強さの概念がわかりにくい。レベルのようなわかりやすい指標がないからだ。
スキルをたくさん持っていたら強い、レアな武器を持っていたら強い……というような単純な物差しでは測れないだろうし。
まあ何かしらの隠しパラメータがあるんだろう。知らんけど。
あれ、じゃあなんでリリアは森を出られるんだ。
頭に浮かんだ疑問のままにリリアのほうを見やると、先回りするように長老が答えを用意した。
「リリアは森に迫る危機を調査できるよう、わしが森を説得したんじゃ」
「あのぅ、なぜリリアさんだけを?」
「他のエルフまで森を出すのは心配だから嫌だと森に突っぱねられたんじゃ。故に、代表としてリリアをな」
「父の仰るとおりだ。私は自力で森を離れられるほど力あるエルフではない」
確かにリリアの力量は地の利を活かしたとはいえ、俺が盾ひとつであしらえる程度だった。
森の恩恵を得ていない環境に慣れていなかったことや、リリアも森以外の地で戦闘するのが初めてで不安定な足場にまで気が回らなかったのやもしれん。
でも戦闘中に派手にずっこけるような娘を一人で森の外に出すなよ。森が心配するのもやむなしじゃねえか。
にしても、この森がエルフを囲う一種の箱庭状態だったようだ。
恩恵を授かれるエルフにとっては、森の中はかなり美味しい狩場に違いない。
俺は幸運にも地下水道のダンジョンを悠々自適に攻略できたが、エルフのプレイヤーたちもこの森を最初の戦闘地帯として扱っている可能性は高そうだ。
恩恵は無しにしても、俺もこの森で活動できたらありがたいのだが、いかんせん拠点となる十字架が見つかっていない。
ここのエルフたちはどうしているのかわからんが、かつての地下水道の広場や大鐘楼のように腰を据えることはできないかもな……なんて思っていたら。
「おいアリマ。こっちを見ろ」
「なんだ──うぉっ」
リリアに言われて振り向いた瞬間、草木に飲み込まれた十字架のシルエットの閃光が視界を覆う。
めちゃくちゃ眩しい。
「いま貴様に宿り木の呪いを掛けた。お前は私の傍を離れ続けると死ぬし、十字架ではなく私の傍で蘇生する」
勝手になにしてくれてんねん。
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