第35話 森のプレイヤー

 俺を見て大きな声を上げたのは、一人のプレイヤーだった。頭上に名が記されているから間違いない。

 おかしいな。ドーリスの話じゃ、地下水道から繋がる東方面は大鐘楼からの道が閉じられているはず。

 プレイヤーがいるはずが無いのだが。しかもどうも、相手も自分以外のプレイヤーの存在に驚いているみたいだ。

 パッと見じゃわかりにくいが、おそらく男性。エルフは端麗な容姿が特徴だが、整いすぎて顔だけじゃ性別の判断が難しい。

 女装や男装なんてされたらいよいよ見分けがつかなさそうだ。

 

 彼の頭上のプレイヤーネームには『サーレイ』と記されている。

 もちろんネームが日蝕のように輝く忘我プレイヤーではない。

 彼は信じれないようなものを見る目で俺を指さし、泡を喰ったような慌てっぷりで近づいてきた。

 

「どうやって外からこの村に入ってきたんですか!?」

「どうやっても何も、そこのエルフに案内された」

「そこのって、リ、リリアさんに!?」

「この村じゃ有名人なのか」

「この地の姫ですよ!」


 姫って。めちゃくちゃ重要人物じゃねえかよ。村を飛び出して何やってんだよこのお転婆。

 湿原で出会ったとき俺がうっかり殺してても不思議じゃなかったんだぞ。

 そんな思いで姫なるエルフを見やると、彼女は口をへの字にしながら顔を逸らした。


「大仰な肩書をつけるな。村の代表の娘というだけだ」


 リリアと呼ばれたエルフは、サーレイの言葉を煩わしそうな表情で否定した。

 そういう扱いはいい加減にしてくれとでも言いたげだ。他のプレイヤーにも同じように持て囃されていて、うんざりしているかもしれない。


「初期にここに来たプレイヤーが姫って呼び出したらいつしか定着して。今じゃ元からいるNPCの村民エルフも真似して姫って呼んでますよ」

「いい迷惑だ。性に合わんと言っとるだろうが」


 騙された。姫というのはコイツの誇張表現だったらしい。

 ほんの一瞬真に受けて慄いちゃったじゃねえか。

 いやまあ、NPC含めた皆が姫と呼んでいて、実際に集落の代表者の娘というのであれば姫と称するのもあながち間違いではないのかもしれないが……。

 

「そっちはどうやってこの村に?」


 エルフのプレイヤー、サーレイに聞いてみる。

 向こうはこの村に入ってきた手段やリリアというエルフとの関係を気にしているようだが、気になるのは俺も同じ。

 俺の立場からしてみれば、至極まっとうな質問。それを投げ掛けてみた。

 

「種族がエルフだと同族に招かれるんです。でも手段が転移だから地理上での場所もわからないし、エルフは森の外には出れなくて」

「例え死徒でも、エルフはエルフ。森の恵みを受ける資格はすべからくある」


 隠す素振りもなく答えてくれたサーレイに、リリアが説明を補足する。

 となると、この村にいるプレイヤーはサーレイだけではなさそうだな。

 加えて、招かれたエルフのプレイヤー達にもこの村の位置関係はわかっていなかったようだ。

 名目ともにここは秘められたエルフの森だったらしい。

 

「話は済んだか。長に顔を見せに行くぞ」

「初耳だぞ」

「お、俺もいいですか!」

「好きにしろ。意味があるとは思えんが」


 俺、知らないうちにここの村長に会いに行くことになっていたらしい。

 そしてこのエルフのプレイヤーも、しれっと同行する気のようだ。

 まあ悪質で横柄なプレイヤーでもないし、追い払うこともないか。

 しかし今の俺の状態は一種のクエスト進行中だと思うんだが、途中から飛び乗り参加のような真似はできるのだろうか?

 そこまで含めて様子見だな。

 

「あの、アリマさん。この村はどの方角にあったんです?」

「大鐘楼から東に進んだらあったぞ」

「東? 封鎖されてて通れないはずじゃ……」

「地下にダンジョンが見つかった。抜けたら大鐘楼の東に出る」

「なるほど、ではついに北以外の道も拓けたんですね!」

 

 とりあえず村をリリアの先導するまま歩きだすと、並走するように付いてきたサーレイが気になることを言い出した。

 聞き間違いでなければ、北以外と言っていたか?

 

「俺は最初に地下水道に進んだんだが、元は北しか道が無かったのか」

「はい。今もほとんどのプレイヤーが北への道しか知らないんじゃないでしょうか」


 となると、大鐘楼からは二週間もの期間、北に広がるエリアしか開拓できなかったのか。

 東に進む糸口となる地下水道もドーリスが意味深に鍵を隠し持っていたし、何かイベントを経由していたのかもしれない。

 全てのイベントを自分で目にできないのは良くも悪くもこのような新世代のVRMMOのらしさを感じるな。

 だからこそ、土偶のシーラが所属するような情報収集ギルドの需要が強まるのだろうが。


「僕は当事者じゃないですけど、北の道を開くにもイベントがあったんですよ」

「へえ、どんな」

「障害物競争みたいなものだったと聞いています」


 となると、ゲーム発売直後のお祭りのようなものか。

 思うに、フルダイブの世界で思いっきり体を動かして遊ばせる催しだったのではないか。

 恐らく発売直後ともなれば嬉々として手の込んだ異形種をクリエイトしたプレイヤーも多かったはずだ。

 うまく体を動かせなくてのたうち回りながら走るプレイヤー達の姿が容易に想像できる。

 もしかしたら動画や配信記録も残っているかもしれない。いつか見てみるのも面白いかもな。

 

「先頭でクリアした優勝グループは今の【スイートビジネス】ですよ! 記念品として彼らに限定装備のスーツが配布されたんです」

「あの服装、イベント記念品だったのか」

「今やスーツがあのギルドの代名詞ですよ。保有者は漏れなく中枢メンバーですし」


 通りで。極悪なピラフのスーツ姿を目にしたとき、どうにも世界観から浮いた服装だと思ったんだ。

 発売直後の記念のようなイベントの優勝賞品だと思えば、やや場違いに映る姿も特別に感じられる。

 緻密に練られた世界観を崩しかねない珍妙な品だが、運営のお茶目な遊び心だと思えば可愛いものではないか。

 嫌がる人もいるだろうが、自分は歓迎できる性格だ。

 受け取った集団が気に入って、今なお制服のように着続けているというのも愛嬌があっていいと思う。

 もう入手手段のない記念装備だというのも、特別感を助長させるだろうし。

 そういった結束の強いギルドの一体感は、つい羨ましく思ってしまうな。

 

「雑談はそこまでにしておけ。長に会うぞ」


 サーレイと話しながら村を歩いていると、気づけば俺たちは巨大な樹木のふもとまで来ていた。

 長はここにいるらしい。

 ド=ロ湿地の霧についてイベントが進むのだろうが、長老とやらはどんな人物だろうか。

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