第34話 森の恩恵

 エルフに導かれるまま湿地を進んでいくと、俺はやがて鬱蒼とした森林の入り口へとたどり着いた。

 足場の水気も程よい湿り気に落ち着いており、ここはもう湿地の外なのだと分かった。

 濃密だった霧もここまでくればほとんど薄れている。エルフは辺りを一瞥してから、顔を覆うガスマスクを外した。

 

「ここまで霧は来ていないか」

「原因の心当たりはあるのか?」

「あるわけないだろうそんなもの」


 なんでいちいち高圧的なのか。いや、落ち着け。

 たぶん悪気があるんじゃなくて、彼女のこれはもはや生まれつきの口調なんだ。

 心の余裕をもっておおらかに構えるんだ。多少の不満はこのエルフの顔の良さに免じて許してやれ。

 

「なんだ、気分を害したか?」

「いや。気にするな」

「ならいい」


 妙に的確に俺の心の機微を感じ取ったエルフが、眉を顰めながら俺の様子を窺ってきた。

 本人も気にしているのか? 唐突だったとはいえ、彼女は俺に物を頼む側だったもんな。

 森を侵さんと広がる毒霧の影響を受けない俺は、肉の体を持つ彼女からしてみれば頼みの綱か。

 まあそれが分かったからといって、別にそれを鼻に掛けた傲慢な態度を取るつもりはさらさら無いが。

 

「森に入る。お前は手を出すな」

「無抵抗で襲われろと?」

「案ずるな。全て私が始末する」 


 森に入ったら手出しは無用だと言われてしまった。

 エルフ的なルールでもあるのか? 部外者が森の生き物に手を出すな的な。

 少し不安だが、まあ逆らう理由もないか。

 彼女も先の戦闘では盛大にすっころんだせいでドジな印象が付いているが、身のこなしからして強そうではあったし。

 

 ただ、どうしよう。

 もしも予定にない強力な敵が現れてエルフの彼女が勝てなかった場合、それでも俺は応戦してはいけないのか?

 不安は拭えないが、このエルフとはまだ会ったばかり。信頼を勝ち取る為にも、彼女の言う事はしっかり守っておこう。

 

 ──とかなんとか懸念していたが、結論から言うとこの心配は完全に無用だった。

 森林の内部は起伏が激しく索敵が難しい。にもかかわらず彼女は常に敵の機先を制していた。

 亜麻色の外套の内側から深緑のナイフを取り出し、音もなく鋭く投擲する。

 すると後からそのナイフに当たりに行くかのように敵が現れるのだ。

 敵は一撃死。威力が高いのか弱点を的確に貫いているのか定かではないが、とにかく全ての敵が飛び出してくると同時に死滅していく。

 歩く。エルフがナイフを取り出して投げると敵が出てきて死ぬ。また歩く。またナイフを投げると敵が飛び出ながら死んでいく。

 ひたすらその繰り返し。側にいる俺から見るとただただ神業だ。

 俺に手を出すなと言ったのも頷ける。そもそも手を出す余地などどこにも無かった。

 

 ただ一つ困るポイントを上げるとすれば、あまりに敵を瞬殺してしまうが故にモンスター図鑑が一切埋まらないことだ。

 モンスター図鑑は交戦して相手の情報を引き出すことで内容が充実していく。

 このように登場とほぼ同時にワンパンされてしまうと、図鑑の記述が一切増えないのだ。

 モンスターの名前すら追記されない。情報ゼロということらしい。

 でかい虫みたいなのとか、毒持ってそうな蜘蛛とか、人とか食いそうな植物とか色々出てきてるんだけどな。

 

 まあ図鑑に記載されないのは諦めよう。この森をスイスイ進めることの方がありがたい。

 この森の分の白紙の地図を俺が所持していないのもあるし、どうせ一人では来なかった。贅沢は言うまい。

 

 しかしそうなってくると気になるのが、彼女の存在。

 明らかに湿地で戦った時より強い。それに、幾度も投擲しているあの深緑の短刀。

 敵を一撃で葬っていることから、とても攻撃力が高いように思う。

 ごく短い戦闘だったとはいえ、なぜ俺との戦いでは使用しなかったのか。

 

「気になるか? 森の恩恵だ。私はエルフだからな」

「森の恩恵……。そういうのもあるのか」


 やたらと知りたそうにしているのが彼女にも伝わってしまったようで、俺から聞くまでもなく答えてくれた。

 森の恩恵、そしてエルフという種族。つまり、生まれついての種族によっては今いるフィールド次第でバフを貰えるということだろうか。

 では、異様に殺傷能力の高い緑色のナイフや迅速な敵の捕捉はその森の恩恵とやらの効果なのか。

 デタラメな強さだと思ってはいたが、しっかり秘密があったらしい。

 しかしそうか、種族によるフィールドによるバフがあるのか。

 知っていれば、他のプレイヤーとパーティーを組む際にも検討したら楽しいかもしれない。

 案外、既に森林の素材収拾専門で協力を買って出てるエルフのプレイヤーもいるかもしれないな。

 

 しかしそうなると気になるのはリビングアーマーのフィールド適正。

 いや、期待しすぎか? 全ての種族が環境から力を得られるわけでもなさそうだ。

 前に知り合ったエレメンタルの極悪なピラフやその一味だったら、自信と同じ属性の土地から恩恵は得られそうだよな。

 まあ、武骨な戦士のリビングアーマーには無縁そうだ。でも、面白い話を聞けた。

 

 ドーリスはこのシステムを知っているのだろうか。どうかな、普通に常識だったりして。

 俺がインターネットを駆使した攻略情報の閲覧を進んで行っていないから、持ってる情報が限られているというのもある。

 でもやっぱりこうやってゲーム内で驚きを伴いながら情報を摂取するというのも初見で遊ぶゲームの醍醐味。

 それで損をするのも含めて遊びたいんだ、俺は。


「そろそろ見えてきたな」

 

 とか思っている内に、俺たちは目的地に着いたらしい。

 本当にエルフの後ろをついていくだけで辿り着けてしまった。

 

 前方に見えるのは、大きな樹々に囲まれた木漏れ日の差し込む森の中の村。

 いや、その規模はもはや街と言っても差し支えがないかもしれない。

 大樹をくり抜いた家屋やログハウス、ツリーハウス等があちこちに建造されており、樹と樹を繋ぐ吊り橋があやとりのように上空を張り巡らされている。

 多数の住人の姿が見受けられ、かなり活気を感じられた。

 

 どうやらここは、大鐘楼と同様に人の集まる拠点らしい。

 ささやかな感動を胸にエルフの森に近づく。

 すると、一人のエルフが俺を見て声を上げた。 

 

「そ、外からプレイヤーが来たぁーっ!?」 

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