第31話 エトナの逆鱗

 ワープを使用し、俺は再び空島へとやってきた。

 目的はもちろんエトナ。彼女に聞きたいことがあるからだ。

 慣れた足取りで滝の裏に回り込み、洞窟を進んで鍛冶場まで向かう。

 がっしゃがっしゃと鎧特有の足音を鳴らしながら洞窟を進んでいくと、洞窟の奥から等間隔に響く鉄を打つ音が止んだ。

 

 エトナはいつしか、俺の足音が聴こえると鍛冶の手を休めるようになった。

 別に労いの言葉があるわけではないが、当初よりも彼女の対応が俺を意識したものに変わったことを嬉しく思う。

 なんてのんきに考えながら足を進め、俺は鍛冶場に顔を出した。

 静かな作業場を覗き込むと、エトナはいつものように金床の前で腰かけていた。

 だが、俺を見るその目つきは明らかに普段と異なっている。


「知らない武器の匂いがする」


 ──まずい。

 俺は一瞬で全てを察した。背筋に冷や水を垂らしたような悪寒が走る。

 いつにも増して感情の読み取れぬ無表情。抑揚の感じ取れぬ声の調子。

 彼女の態度はいつもと同じはずなのに、本質的な何かが違った。

 俺にはわかる。彼女は明らかに機嫌を損ねていた。

 

「……」 

 

 こちらをじっとりと睨むエトナ。

 その大きな視線はえも言われぬ怒気を孕んでおり、有無を言わせぬプレッシャーを放っていた。

 つい先ほどまで浮かれていた俺の気分など、とっくに縮み上がっている。

 エトナが何に気分を害しているか。それは間違いなく俺が大鐘楼で買い付けた武器が関係している。

 

 彼女はずっと俺の武器防具事情を一手に引き受けており、俺はエトナには大いに助けられてきた。

 エトナがいなければこの『アリマ』のキャラデータはとっくに詰み状況に陥り、削除されていたと断言できるほどだ。

 言わば二人三脚、共存共栄といっても過言ではないくらい。

 

 にも拘わらず、俺はエトナになんの断りもないまま何処の馬の骨とも知れぬところから武器を購入してきた。

 そんな俺の行いは、彼女には酷い裏切りのように映ったのではないか。

 この期に及んでようやく、俺はその可能性に思い当たった。

 

「出して」

「はい」


 俺はエトナの凍土のように冷え切った視線に震えあがりながら、ランディープ紹介の武器屋で購入した装備を従順に差し出した。

 武器屋ではいかにも頼りがいのあるように思えた金属の斧も、今となってはまるで頼りなく見える。

 エトナは剛健に鍛えられたバトルアクスを手に取り、絶対零度の目線で武器の具合を厳しく検める。

 

 

「これがいいんだ」

「いや、まぁその……」

「ふーん」


 気まずい。

 まさかこんなことになるなんて。謝るにもなんと言ったらいいのか。

 こんなシチュエーション経験したことがないので、どうすればいいのかさっぱりわからない。

 雨に濡れた犬のようになりながら物言わずエトナの機嫌を窺う俺のことなど構いもせず、エトナはハルバードにも視線を走らせていく。

 近くの俺にすら聞き取れない極小の声量でぶつぶつと何かを呟きながら、ハルバードを目からレーザーでも出して焼き払うのではというくらい睨みつけていた。。

 最近やっとエトナが何を考えているのかほんのちょっぴりわかるようになってきていたのだが、今回ばかりは彼女の表情から何も読み取れない。

 分かるのは、彼女が俺にひしひしと向けてくる無言の圧力のみ。

 

 やがて満足がいったのか、エトナがふっと顔を上げる。

 そして戦々恐々と震えている俺に目を向け、こう言い放った。

 

「これ、捨てとくから」

「!?」


 俺が制止する暇もなく、エトナが手に持つハルバードを折り紙のようにクシャクシャに潰して丸めていく。

 

「ちょ、え!?」


 俺の理解が追い付くよりも早くエトナの細腕がまだ新品の金属斧を掴み、ティッシュでも丸めるような気安さでバトルアクスを小さな金属塊に握り固めていく。

 あっという間に俺が差し出した二つの武器は見るも無残な鉄クズになってしまった。

 なんて馬鹿げた怪力。こんな力持ちだなんて知らなかった。エトナの細い体のどこにそんなパワーが。

 

 というかちょっと待ってくれ、驚愕で俺の理解が追い付いていない。

 え、あれ? 俺の買った武器どうなった? このぐずぐずの鉄塊はいったい?

 もしかしてこのメタルおにぎりが俺の新武器?

 嘘だ。ダンジョン攻略でもらった資金を半分も費やした俺の新武器たちが、こんな……。


「私にも意地くらいある」

 

 あまりの絶望に膝から崩れ落ちた俺に、エトナが語り掛ける。

 茫然としながらせめて残骸だけでもとメタルおにぎりを手に取ろうした俺だったが、そんな真似は許さぬとエトナが鉄塊を奪い去った。

 深い悲しみに包まれた俺は膝をつきながら、エトナの顔を見上げる。

 彼女はその大きな瞳の奥で、何らかの決意を宿していた。

 

「だって、これしか能がない」


  

  



 エトナが新たに打ち、俺に差し出した武器。

 それは一振りの鋼の剣だった。

 一見すると何度もエトナに提供してもらってきた失敗作と瓜二つだが、なんと武器に失敗作とは異なる名が付いている。

 その名も『腐れ纏い』。

 

 ……。

 ちょっと、こう、思うところはある。

 いやしかし確かに格好良さとはかけ離れた不潔感漂う銘かもしれないが、今までの失敗作よりかは遥かにマシだ。

 さらにこの武器、『エトナの意欲作』という異名が付与されている。

 あのあとエトナが武器を作り始めたとき、俺がボスドロップで大量の【濁り】というアイテムを持っていることに感づいたエトナに「全部渡して」と言われたのと関わりがあるのかもしれない。

 もしかしなくても、素材にしたのか? だとしたらどこに行ったのだろう。

 

 それにこの剣、エトナの失敗作ループは脱しているようだがなにか数値的な恩恵はあるのか?

 見た目では失敗作たちと変わり映えない。攻撃力も同じ20。

 何が違うかさっぱりだが、失敗作という汚名を雪いでいるあたり、何かが違うのだろう。

 この辺りは実戦で試してみなくてはわからない。

  

 さて、俺が購入した武器はエトナの逆鱗に触れてまるっきりおじゃんになってしまった。

 だが、それが転じて失敗作しか打てなかったエトナの鍛冶の力量に進歩が生じた。

 武器が二本持っていかれたのはぶっちゃけ痛いし悲しいが、大恩人のエトナを裏切ってまで固執するほどのものでもない。

 失った金額は合計で4万強だが、たったそれっぽっちの金でエトナの鍛冶の腕が成長したと思えば安いものではないだろうか。

 

 むしろそれ以上に気がかりなのは、エトナに嫌われそうなことをしてしまった事。

 俺にとって彼女は唯一の鍛冶師であり、彼女にとって俺が唯一の鍛冶仕事の相手。

 戦士は武器と防具なくして戦えず、武器や防具は使い手があってこそ。

 これは武器防具を打つ鍛冶師にとっても、同じことだと思う。

 戦士と装備と鍛冶師は、同じ延長線上にあるのだから。

 

 俺は過去に他の鍛冶師を見つけてもまたエトナの元に来ると抜かしておきながら、のうのうと他所の店で買った武器をぶら下げて戻ってきたのだ。

 エトナが怒りや不安を覚えるのも尤もだ。どの面下げてという話じゃないか。

 俺は口数の少ないエトナとの間にあった、見えない信頼関係のようなものを弄んでしまったのだ。


 

「裏切るような真似をして悪かった」

「べつに。期待に応えるから、……。剣以外も、打ってみるし」


 だから、俺は彼女に誠心誠意謝ることを選んだ。そこに何の蟠りもない。

 エトナはたったひとつの大きな瞳を横に逸らして、落ち着かなさそうに俺の謝罪を受け取ってくれた。

 

 案外、彼女もカッとなってその場の勢いで俺の武器を握り潰してしまったのかもしれない。

 あるいは、単に俺が外で買ってきた武器を問答無用で握り潰したことに負い目を感じているのか。

 俺以外の誰かだったなら、その場で怒号を飛ばしていてもおかしくなかったしな。

 ちなみに俺は普通に目の前の事件にちっとも頭が追い付かなくて怒るどころではなかった。

 もちろん堅硬な鋼の武器を軽々と握砕するエトナにビビり散らかしていたのもある。

 

 まあ……とりあえず、丸く収まって良かった。

 冷静になって思い返すとかなり軽率だったな、俺。

 ともすれば、エトナが俺の買ってきた武器を目にした瞬間『もう知らない!』と言われて二度と相手してもらえない可能性もあった。

 そしたら俺は終わりだ。いやはや、そうならなくて本当によかった。

 

 ただ、一つ気になったことがある。

 俺の謝罪を受け取ったエトナは、『期待に応えるから、』と不自然に言葉を途切れさせて続きを口にしなかった。 

 『期待に応えるから、これから私を頼ってほしい』

 エトナはひょっとしてそう言葉を続けようとしたのではないか?

 そんな風に思うのは、俺の自意識過剰だろうか。

 

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