第30話 まだ教えられない

 ランディープと別れたのち、俺が目指した場所。

 この街に来てから、まだ行っていない重要なスポットがある。

 それは大鐘楼だ。

 街の名を冠する、天高く聳える塔。

 ここに何があるやらさっぱりだが、足は運ばないとダメだろう。

 道案内も不要だ。少し空を見上げるだけですぐに方角がわかる。迷う余地はない。

 

 とはいえ、寄り道も少々。

 ござを敷いたプレイヤーが所持品を売り捌くフリーマーケットのような場所や、食欲をそそる匂いの立ち昇る食事処などなど。

 道中にあった楽し気な場所も見て回りながらの移動だ。

 一人での行動なので誰にせっつかれることもなく、自分のペースで気ままに見て回る。

 一人旅での観光のような楽しみ方で、俺は大鐘楼の街を歩いた。

 

 そして辿り着いた、鐘楼の真下。

 期待を胸に内部へと足を踏み入れ、探索をしてみたのだが……。

 ほぼ収穫なし。楽し気なものは何もなかった。

 

 内部は上へ螺旋階段が続くのみで、壁面に棺が並べられているだけ。

 景色でいうと、俺のゲームスタート地点と類似していた。

 でもたったそれだけだ。

 上層はどん詰まりになっていてそれ以上登ることはできなかった。

 

 一応、具合の悪そうな無抵抗のゾンビが最下層をぐるぐる回っていたくらいか。

 あのゾンビの傍では武器を振るえるらしく、ゲーム開始して間もない初心者が殴りかかっていた。

 

 以上で俺の大鐘楼観光はおしまいだ。

 見たいものは見れたので、俺はここいらでドーリスのいる地下に戻ることにした。

 

「どうだったよ、初めての大鐘楼は」


 携帯リスポーンマーカーの力を借りてワープした俺に、ドーリスは開口一番そう言った。

 

「異世界ファンタジーだった」

「だろうな。大鐘楼近くは陰惨な雰囲気もまだない」 


 公式にダークファンタジーを謳う『Dead Man's Online』だが、全編通して暗い景観が続くわけではないようだ。

 大鐘楼の街は王道のファンタジーのそれであり、国内初のVRゲームに求められる需要を理解した街並みでもあった。

 あの街を歩ける、あの街で暮らせるというだけで、このゲームに食指が動く層も多かろう。

 ランディープに連れられた武器屋やポーション屋の内装の凝りようからもそれは間違いない。

 

 そういえばランディープ繋がりだと、連れ込まれたあの薄暗いパブ。

 あそこの話もドーリスにはしておいたほうが良いか。

 

「地下水道で浸食してきた忘我キャラと上で会った。そいつに忘我サロンって場所に案内されたぞ」

「……店は南通りのデモンズ・エールだな? 魔法陣はどうやって抜けた? 会員証が要るはずだ」


 ドーリスは心当たりがあったようで、件の酒場の店名を言い当てて見せた。

 やはりあのような進行不可能な魔法陣が立ち塞がる酒場は、大鐘楼広しといえど多くないらしい 

 

「その忘我キャラが目配せするだけで通されたぞ。会員証は中で貰えた」

「なるほどな。やはりサロン入会の条件は複数あったか。大方、忘我キャラと親密度が高いと案内されるってところかね」

「俺のは裏口入会だったのか」


 ドーリスの反応を見るに、どうやら他の場所で会員証を手に入れてからあの魔法陣を超えるのが正道っぽいな。

 ランディープによる案内で特殊な入会手順を踏んだらしい。


「お前その忘我キャラに何をしたんだ? こんな短時間でそんな親密度を上げるなんてよ」

「わ、わからん。でも初対面の瞬間から好感度カンストしてそうな状態だったぞ?」


 ランディープは初めましての時点でもうトロトロだったからな、語調が。

 その時点では敵って事しか分からなかったからとにかく不気味で仕方なくて恐ろしかった。

 いや、もちろん今も恐ろしい。

 でも大鐘楼を案内してもらったことでむしろ俺の方の親密度がアップしてしまい見方が変わったんだよな。

 意外と悪い子じゃないのかも? とか思えるほどには良くしてもらった。

 ちょっと思考がありがとうに傾いているだけで、良い子だったよ、うん。


「ありがとうの会所属の忘我キャラじゃ参考にならねえな」


 とはいえドーリスからしてみれば彼女の存在はサンプルとして外れ値すぎる。

 情報の価値としてはやや下がるだろう。

 その顔はやや不服げだ。


「ま、いい。新情報の駄賃だ、持ってけ」


 ドーリスすぐに割り切り、慣れた手つきで銭袋が放られる。

 きっちり受け取ると、中身は五千ギル。

 俺が話した情報分の代金ということだな。こいつは情報に金を払うということについて一切の躊躇が無い。

 金を貰っているこちらが心配になってしまうくらいだ。もちろん、貰うもんは貰うが。

 余計な口出しして返せとか言われたら敵わんからな。

 

「用心棒に忘我キャラを雇えるらしいんだが、強いのか?」

「未知数だ。知れたら教えろ、金は出す」


 ドーリスでもサロナー達の用心棒としての力量は知らないらしい。

 ドーリスの口ぶりじゃあ俺以外にも忘我サロンの会員はいるようだし、使っている人が少ないのか?

 パーティを解散しないと契約できないことがネックなのだろうか。

 まあ、知らないなら知らないでいいか。自分で確かめてみるのも醍醐味だ。

 最悪、ランディープを紹介してもらえば力量は保証されてるだろうしな。

 

「他に聞きたいことは今聞いておけ。俺はじきにここを発つ」

「そうなのか?」

「おう。拠点としてのこの場所は攻略ギルドに売り渡したからな、長居は無用だぜ」


 ではここも後続のプレイヤーたちがこぞって拠点に使うのか。

 俺は使わなかったが、食品の詰まった木箱や奥のテントも休憩に使用できたんだろうな。

 もしかして無機物じゃなくて生命ある種族ならそういう休憩も必要なんだろうか。

 食事とか給水とか、睡眠とか。

 それを思うとなんだかすごく不便に思えてきた。生き物って大変なんだな。

 まあ、俺は代わりに回復ができないんだけど。

 どちらが良いかは判断しかねる。一長一短だな。


「お前が登録したマーカーも持ち去る。イヒヒ、次に飛ぶときは俺のアジトになってるぜ」

「おう。楽しみにしておく。ところで、上で『極悪なピラフ』ってやつと知り合った。有名なのか?」

「へぇ。奇縁だな。ここの売り渡し先がそいつのギルドだよ」

「なに? そうなのか」


 武器屋で知り合った竜巻頭のエレメンタル。

 武器の知識に明るいマニア。少し話しただけで意気投合できた俺の初フレンドだ。

 順序で言えばドーリスが本当の初フレンドになるんだが、こいつはノーカン。だってうさん臭いんだもの。


「【スイートビジネス】って名前のギルドでな。創設メンバーに最上位プレイヤーが固まってるってんで有名だぜ」

「へえ」

「他の主要メンバーにゃ『凶悪なワッフル』『無慈悲なレモネード』『残虐なポトフ』なんかがいるが、全員エレメンタルだ。顔と名前も相まってすぐわかる」

「名前の癖が強い」

「ま、リアルでの身内かなんかで統一してんだろ。地下水道攻略にゃこいつらは来ねえだろうがな」


 なんで全員頭に暴力的な形容詞が付随しているんだ。普通にワッフルとかポトフでいいだろ。

 自分の素直にリアルの名前を踏襲した『アリマ』って名前とは対照的で、奇妙な名前を見るとつい突っ込みたくなる。

 

「ともかく、そいつが『至瞳器』ってのを探しててな。ドーリスは知ってるか?」

「イヒヒ」


 あ、知ってやがるコイツ。

 至瞳器という単語を口にした瞬間、ドーリスの笑みが深くなったのを見逃さなかったぞ。

 

「タダじゃ言えねぇ。金を積んでもダメだ。対価になる情報が要る」

「……俺が懇意にしてる鍛冶の情報だな?」

「おうよ。それに加えて、『そいつに姉妹がいるか』も知りたい」

「……お前に話していいかも含めて、相談する」 

 

 至瞳器にまつわる話はやはり、かなり情報として価値が高いようだ。

 調べればわかるような事やありふれた知識は気軽に教えてくれるが、重要度の高い話にはしっかり対価を要求してくる。

 俺のゲームの遊びかたのスタンスとして、できるだけゲームの情報は人から見聞きしたいというワガママがある。

 基本的な情報やお役立ち情報も、攻略サイトの文面からではなくNPCやプレイヤーの口頭で教えてもらいたいのだ。

 みんなで同じゲームを遊んでいる感覚を楽しみたいというか、そういう気持ちがある。


 しかしドーリスはこんな世界で情報屋を名乗っているだけあって、そのあたりの線引きはきっちりしてるな……。

 更にドーリスは極悪なピラフよりも一歩深い情報を持ってる風だ。

 至瞳器は強力な武器らしい。それについて知れるなら、俺にも利益がある。

 だがすぐにエトナの存在をドーリスに教えるわけにはいかん。

 

 エトナは空島の滝裏という人里離れた場所で、隠れるようにひっそり鉄を打ってるような人物だ。

 世俗との関わりを厭っている可能性が高い。人が集まるようになれば鍛冶の邪魔になるのは明白。

 まああの空島に人が殺到できるとは思えないが……。

 ともあれ、彼女の意向にそぐわない真似は俺もしたくない。

 せめて、他人にエトナの名を教えるのは直接彼女からお許しを貰ってからにしておくべきだ。

 

「……聞いてくる」

「色の良い返事を待ってるぜぇ、ヒヒヒッ」 

 

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