第28話 街巡り
その後、竜巻男とは連絡先を交換してから武具屋を後にした。
フレンド機能のようなものがあり、メッセージのやりとりが容易になるお馴染みのやつだ。
現在の登録者は二名。片方が竜巻男で、もう一人はドーリスだ。
彼はプレイヤーネームを『極悪なピラフ』といった。
オンラインゲームで名前を食べ物の名前にする人は多いが、だいたい『きなこ』とか『りんご』のようなデザート系が主流。
ピラフというがっつりお腹に溜まる主食をチョイスするヤツはレアだ。
しかも頭に物騒な形容詞が付いている。印象に残る名前だった。
ちなみに彼の種族は『エレメンタル』。
頭が竜巻なのは、あいつが風を司る精霊だかららしい。
ピラフ関係ねえじゃん。
ところで極悪なピラフは店売りの武器をあらかた試したといっていたが、改めて考えるととてつもない話だ。
なにせ、かかる費用が膨大。
どれほど良い金策を知っていようとも、一朝一夕で稼げる金額ではあるまい。
俺は極悪なピラフを発売数日からこのゲームをやり込んでいる上級プレイヤーなのではないかと予想している。
案外有名プレイヤーで、ドーリスに聞いたら何者かわかるかもしれないな。
武器を購入後も俺はランディープに腕を引かれていた。
大鐘楼にある穴場の良い店をいくつか紹介してもらえるようだ。
しばらく歩き辿り着いたのは、ポーション屋だった。
丸底フラスコを象った看板には『ほどほどエーテル』という店名が記されている。
そのままランディープに腕を引かれて店内に入ってみると、中はフラスコや試験管がずらりと並ぶ王道にして魅惑のファンタジーショップだった。
「ウフフ、ここは良い店ですよ」
「……そうなのか」
ランディープに促されるまま、陳列されたポーションを物色してみる。
品揃えはスタンダードな回復薬や一時的なパワーアップ効果のある特殊ポーション、魔力回復の薬などなど。
解毒薬や状態異常をケアする薬品なども見受けられた。
まあ全身無機物の俺には縁がないのの、品を眺めるのは楽しい。
「む。これは」
そう思って冷やかし気分でいたのだが、探せば俺にも有用そうなポーションが。
浮遊のポーションだったり、帯電ポーションなど、興味を惹かれる品が見つかった。
探してみると回復以外にもポーションにバリエーションがある。
本来の想定は武器防具へのエンチャントなんだろうが、俺だとより恩恵が強い。
きっちり大鐘楼からゲームを始めて地下水道の攻略に望む場合は、ここでアイテム類を用意すればソロ攻略も不可能ではなさそうだな。
俺もこの先攻略に行き詰ったら、やがてこうした薬品の力を借りる日もくるだろう。
その後も購入にこそ踏み切らなかったが、こんなのがあるんだなぁと興味津々で店内を巡った。
一角には瓶詰の薬草なども売られているほか、野菜らしきものが吊るされている区画があった。
あちらは素材専門の区画だろうか。まるで漢方屋のような威容だ。
俺が何時間でも武器屋で過ごせるように、こういうのが好きな人はいくらでもこの店で時間を潰せるんだろうな。
素材区画ではとんがり帽子を被ったステレオタイプな魔女や、式服を纏った紳士が難しい顔をして品を眺めている。
彼らはきっと生産職だろう。
ポーション職人か、錬金術師か、大方そのあたりではないか。
現物ではなく素材を手にして自力で何かを生み出そうという層だ。
俺はそちらの道を選ばなかったが、それがやりたいが為にこのゲームを買うプレイヤーも多いと聞く。
向こうも向こうで奥が深そうだ。
なんて思いながら眺めていると、ふと魔女が真っ青な瓜を叩いて音を確かめだした。
品にも良し悪しがあるらしい。中身がスカスカの外れを掴まされないように警戒しているのか?
あれだな、まるでスーパーの主婦。
しかし得も言われぬ生活感を感じる。不思議なリアリティというか。
プレイヤーのはずなんだが、今のを見ると、この世界の住人感を強く感じてしまうな。
俺は攻略一辺倒だが、"暮らすこと"に注力したスローライフ的な楽しみ方もできると聞いている。
お金をためて家を購入したり、畑を耕したり。
そういった遊び方をしているプレイヤーも間違いなくいるだろうな。
さて、ポーション屋もそこそこに、次に案内されたのは広い酒場。
こちらはポーション屋と打って変わって賑やかで楽し気な場所。
「ここでは飲食だけでなく、クエストの管理ができるのですよ」
「重要な施設じゃないか」
うっかりスルーしたら大変だ。
というか今さらなんだが、ランディープの街案内が手厚くないか?。
なんでこんなに親切なんだ。めちゃくちゃ良い子じゃないか。
なんだかもう、ちょっと頭がおかしいくらいなら全然許せる気がしてきたぞ。
ここまでよくしてもらうと、流石に彼女を邪険にするのが憚られてくるぞ。
ダンジョンでありがとうを連呼しながら殺しに掛かってくるくらい全然構わないのでは?
いや、言い過ぎた。流石に困る。様子がおかしくて怖いし。
だが事実として、ランディープは俺にありがとうをしにくる以外の部分で親切だ。
彼女との付き合い方を良い方に改めなくてはいけないだろうな。
もちろん"ありがとう"をしにきた場合は丁重にお帰り頂くが。
まあそれはさておき、酒場の一角には大きなボードが掲げられている。
数多のプレイヤーが張り紙を物色しているのが見て取れた。全員が人間ならまだしても、一人残らず魑魅魍魎なので絵面が凄い。
ひょっとしたらなんだが、生産職は人型が多く、戦闘職は怪物が多いみたいな統計とかあるかもしれん。
ランディープに促され、とりあえず離れのクエストカウンターで説明を聞いて登録を済ませてきた。
ちなみにカウンターにいたのはプリティーな受付嬢ではなく、ゴブリンの老爺。
可愛くはないけど仕事できそう感がすごい。
ここでは、モンスターの素材を集めて報酬に資金を貰ったり、逆に自分がクエストを発注して依頼ができるらしい。
もっともオーソドックスな金策手段がこのクエスト受注だと思われる。
ドーリスに地図や情報を売るのはそう何度もできる行為ではないので、いずれ俺も資金欲しさにクエストを受けなくてはならないだろう。
鎧を新調したくなったタイミングとかな。
あとは、パーティーメンバーの募集をここで行う者も多いそうだ。
クエストが受注できるというのもあって、募集もしやすいのだろう。
酒場の利用者がプレイヤーしかいないのもそれに拍車を掛けている。
やはり重要施設。
ランディープに教えてもらえて良かった。
感謝の気持ちを胸にランディープの元へ戻ると、彼女は俺の腕を引いて酒場の奥へと連れ込んだ。
「この酒場はサロンに繋がっているのです」
「お、おい、なんだそれは」
一応聞いてみるも、ランディープは聞く耳もたずにぐいぐいと俺を引きずっていく。
そのまま連れ去られていくと、酒場の奥に魔法陣で封鎖された通路があった。
酒場の店主(厳めしいデーモンがコップを磨いていた)にランディープが軽く会釈を寄越す。
すると、店主の一瞥で魔法陣がアンロックされた。
俺たちを奇妙な目で遠巻きに眺めていた周りのプレイヤー達が、ぎょっと目を剥いたのが見えた。
なんかすごいことをしてしまったのかもしれん。
でも俺に主導権がないからどうしようもないんだ。
そのままランディープに通路の奥まで誘拐されていく。
やがて辿り着いたのは、酒場と打って変わって薄暗いランプの明かりしかないアングラな雰囲気のパブ。
「【忘我サロン】へようこそ」
ランディープが俺に微笑む。
なあ、ランディープ。俺なんかすごい所に来ちゃってないか?
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