第27話 ショッピング
「ウフフ……ショッピングの邪魔にならないようにと思いまして♡」
「心臓に悪いからやめてくれ」
俺の体内、鎧の内部からじゅるじゅると流れ出てきたランディープに事情を問いただしたところ、彼女なりの気遣いだったらしい。
とてつもなく恐ろしい体験をしてしまった。
知らないうちに体内に他の誰かがいる。二度としたくない経験だ。
身体操作の優先権はこの場合どっちにいくんだ? 今回はランディープが無抵抗だったから俺が自在に動かせたが……。
まあ、検証は後で良い。ランディープには許可なくこんな真似をしないようしっかり言い含めておかねば。
隣で見ていた竜巻男もこれには多少なりとも驚いた様子。
まさか後天的に種族が書き換わるケースがあるなんてな。
「【忘我】キャラとはこりゃまた珍しい。どういう関係だ?」
「ありがとうの会って知ってるか」
「あっ。……ご愁傷さま」
竜巻男は俺がギルド名を告げるだけでおおよその事情を汲み取ってくれた。
話がはやい。ありがとうの会のネームバリューはすごいらしい。
あんな狂人PK集団、否が応でも知れ渡るか。ダンジョンを攻略してれば誰しもその被害に遭うんだろうし。
「しかしそうか。あの連中に忘我キャラが感化されるとこうなるのか……」
「お祓いとかできないだろうか」
「すまん。無理だ」
ですよね。言ってみただけ。
こうして竜巻男と話している今もランディープは俺にべっちょりしなだれかかっている。
こんなの傍から見たら完全にスライムに寄生された鎧なんだよな。
試しに引っぺ剥がそうとしたが、タールのように力強く粘着しており不可能だった。
「くっ、この!」
「無駄ですわ♡」
「ハァハァ、ダメか……」
十数秒に渡る格闘の末、ランディープのお祓い(物理)を断念。
へばりついたランディープを剥がそうと躍起になる俺の様子は、さぞ滑稽だったろう。
竜巻男は俺のそんな哀愁漂う姿を、痛ましげに眺めていた。
よせ。そんな目で見るな。
「だが、ここを紹介したのは彼女なんだろう?」
「それはそうなんだが」
「武具屋は数あれど、ここは当たりの店だ。悪いことばかりじゃあないんじゃないか」
竜巻男の言い分も一理ある。
ランディープの紹介が無ければ俺はこの店に自力で辿り着くことはなかったかもしれない。
それに彼の言葉では大鐘楼にも武具店が複数あって、質の良し悪しがある様子。
一発で優良店に巡り合えたのは間違いなくランディープのお陰だ。
くそ、それを思うと邪険にしにくい。
「仕方ない。またダンジョンで浸食されたら追い返せばいいだけの話だしな」
「アリマさんったら、それほどまでに私のありがとうを心待ちにしていらっしゃるんですね……♡」
「そうは言ってない!」
「もう♡ アリマさんがそこまでおっしゃるのでしたら……♡」
「何も言ってないって!」
反論しながらランディープの引き剥がしを再び試みる。
しかし彼女と俺は半ば融合してしまっておりもはや何をしてもダメ。
服についたガムを剥がすのとは訳が違う。台所の油汚れの百倍はしつこいぞこの半スライム。
塩とか掛けたら溶けてくれないかな。
「……とりあえず、買い物を済ませてきたらどうだ?」
「ハァ……ハァ……。そうさせてもらおう」
竜巻男の提案に乗り、作業は中断。
そもそも考えなおせばランディープが俺と融合したところで、不都合はないのだ。
強いていれば、溶けたシスターが混ざってるヤバい人と思われるだけ。
風評の被害が甚だしいが、剥がせないものはどうしようもない。
しばしスライムキャリアとして過ごそう。そのうち飽きてどっか行くだろう、たぶん。
ずっとくっ付いてきたら、俺がダンジョンに潜った時に浸食してありがとうができないしな。
そのうち剥がれるだろう。
というわけで竜巻男オススメの斧とハルバードを購入してきた。
斧は戦闘用に作られたシンプルな鋼のバトルアクス。攻撃力は50。
薪割りに使うようなやつのが安かったが、ここはケチる所じゃない。
ハルバードも基本的な形状のものにした。こちらの攻撃力は80。
派生系の大型だったり変形したのも欲しかったが、ここは我慢。
基礎的な扱い方も知らない初心者が背伸びしても碌な事にならないのは目に見えてる。
それからもう一つ、実はずっと欲しかった装備も買ってきた。
そう、盾だ。
ゲーム開始直後、初期装備として持っていたにも関わらず即レシーに蹴り飛ばされたアレだ。
いかんせん剣と違って補充が効かなかったため、あれ以来ご無沙汰だった。
だが、絶対にあったほうがいい。液状化して俺をかき抱いているランディープとの戦闘でも思ったことだ。
あんなギャリギャリ回転しているドリルのハンマーを足で蹴って弾き返すなんて正気じゃない。
ああいう回避できない状況というのは、どこかで必ず訪れるものだ。
いちいちライフポイントたる鎧を賭けて蹴るなんてやってられんからな。
ただ貯金はしたいので安物をチョイス。木板に薄い鉄板を貼り合わせたものを選んだ。
小ぶりで軽量、意外と悪くないんじゃないか?
斧、ハルバード、盾。
3つ合わせた代金は、5万ギル。
内訳は斧が16000でハルバードが28000で盾が6000だ。
これで俺の残りの所持金は5万。
もう少し奮発すればより高いグレードの武器にも手が届いたが……まあ、いきなりここで全財産を投じることもないだろう。
ゆくゆくはこの鎧ボディも全身を買い替えることになるだろうし、貯金は大事。
ところで、装備品の価格相場が判明したことでわかったことがある。
ドーリスが最初に持ち掛けた交渉だ。
あいつは30000ギルで鎧と剣を買ってきてやると言っていたが、本当に買えたのか?
格安で購入できる秘蔵のルートを持っているのか、単に安価な粗悪品を俺に押し付ける気だったのか。
気になったので他の装備も物色して値段を見てみた。
粗悪な剣、8000ギル。
あちこち欠損し歪んだ中古品の金属鎧、12000ギル。
一応買えそうだったが……ひどい。
この装備で地下水道を攻略していた未来もあったのだろうか。
と思ったが、もしかしてエトナの失敗作の剣で攻略したのとあまり変わらないな?
よし、考えるのはよそう。
一応、今後に指標になるかと堅牢な全身鎧の価格を見てきた。
その値段、50万。
思わず渋い顔をしてしまった。
買い替えは当分先の話になりそうだ。ダンジョンとかNPCのクエストで手に入らないかな。
それか、全身ではなくパーツだけ購入するのもあり。
見た目の一体感が損なわれてシルエットがダサくなるデメリットもあるが……。
まあこれは今考えることでもあるまい。現状の防御力でもなんとかはなっているしな。
「参考になった。助かったよ」
新品の武器を購入し、満足感たっぷりで竜巻男に礼を告げる。
素直にありがとうと言えないのは俺にご満悦の表情で乗っかっている溶解シスタースライムのせい。
俺の中でありがとうの意味が変わろうとしている。酷いミーム汚染だ。
「おう。武器の事ならなんでも聞いてくれ。だいたいこの店にいる」
「ありがたい。また世話になる」
人のつながりがあったけえ。
今まで接してきたのが胡散臭いドーリスとお嬢様のシーラだったから、こういう普通に優しい人の存在がとてもありがたく感じる。
あいつらやっぱり癖が強いよ。味が濃すぎ。
「変わりと言っちゃなんだが、【至瞳器】の情報があったら教えてくれないか?」
「なんだそれは」
「何やらスゲー武器らしい。まあ、まだ噂程度しかわかっていないんだけどな」
「おう。覚えとく」
至瞳器。初めて聞く言葉だな。
当分は縁がないだろうが、いつか俺もこの手で振るう日が来るのだろうか。
再び鎧の内部に流れ込もうとするランディープに抵抗しながら、そんなことを思った。
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