第26話 武器屋
武器だ。見渡す限りの武器がある。
オーソドックスな剣、槍、メイス。一通りそろってる。
中には竜の首すら斬り落とせそうな巨大な剣や、質量の暴力のような金属塊もある。
すごい。武器の形をした浪漫だ。
どうしよう、目移りしちゃうぞ。
「なあ、あんた」
「ん?」
並べられた武器に見入って夢中で店内を巡っていると、ふと隣から声を掛けられた。
「様子で分かるよ。あんたも武器マニアだね」
「おう。男の子だからな」
声の主は、長身でスーツに身を包んだ男。
その頭部はセピア色のトルネードになっており、渦巻く竜巻の表層に目のような光が浮かんで見えていた。
耳を澄ませば、男からはかすかに風の鳴く音がする。
どうやら俺は見ず知らずの人にもわかるくらい浮かれていたようだ。
でも念願の武器屋だぞ? はしゃがない方がどうかしている。
「まだ剣以外を振るったことが無くてな。目移りしてる」
エトナに文句を言うわけじゃないが、ずっと失敗作と銘打たれた質素な剣だけでやってきた。
やっとの思いでダンジョンを踏破し、ご褒美のようにこの店に来たわけで。
それでこんなかっちょいい武器に囲まれて心が躍らない訳がないんだよな。
「羨ましいぜ。俺はあらかた試しちまったからな」
「へえ。なら、オススメとかあるのか?」
全部とは、これまた凄い。
この竜巻男、どうやらかなりのやり込み勢のようだ。
店頭に並んでいるだけでも武器種はかなり多様。ファンタジーでおなじみの物から、名前も知らない不思議な形状のものまで様々。
これらを購入し使ったとなると相当だぞ。
多分、ゲーム進行で得られた資金の悉くを武器の購入に注ぎ込んだんだ。
色んなものを犠牲にしたんじゃないか?。
そんな先達、滅多にいるものではない。
どうやら同好の士のようだし、助言をいただければありがたいのだが。
「おいおい、難しいことを聞いてくれるなぁ」
「そこをなんとか」
聞かれた竜巻男は、これまた嬉しそうに破顔した。
ぼんやり光る目からしか表情が読み取れないが、存外感情がわかるものだ。
にしても、これは信頼できる反応。
自分の知識を総動員して人に教えるのが楽しいといった感じだ。
そのうえで、知っているからこそ悩ましく、結論を出すのが難しい。
浅いヤツはここで嬉々として表面だけの知識を語るところだが、通は違う。
深く広い知識があるからこそ、容易く答えを出すのを躊躇うのだ。
いわば、海の広さを知る者。
俺にはわかる。コイツはオタクだ。
めちゃくちゃ詳しいのに、逆に『いや俺なんて全然』って言えるオタク。
言わば、もっとも信頼できるタイプのオタク。
こいつはそれに違いない。
「ま、そうだな。間違いないのは斧だろうぜ。戦いやすさで言えば剣よか上だ」
「ほほう」
斧、斧か。
片手で握れる柄に、重い刃物の頭。それが斧の特徴だ。
重心が先端に偏る斧は、重さに任せて振り下ろすだけで強力な一撃となる。
通常の剣よりも戦いやすいというのは確かにそうかもしれない。
踏み込みに合わせて腰をひねってどうのこうのとか無いしな。
力と勢いに任せるだけで、破壊力が保証されるわけだし。
それを踏まえると、斧という武器がとても魅力に思えてくる。
店を見渡せば、すぐによさげな斧が多数見つかった。
木こりが使うような小ぶりな手斧から、金属製のバトルアクス、刃が左右にある大型の斧などなど。
一つ買うのもアリだな。
「それと、長物も良い」
「長物とは」
「特にハルバードとか戟とか呼ばれるやつがいい。ほれ、あの辺の」
店にいくつかある竿状の武器を指さす。
まっすぐと長いポールの先端に、突起と斧が合体した刃物が付いている。
「突く薙ぐ払うなんでもござれだ。リーチが長くて便利だぜ」
「なるほど、リーチは正義……」
間合いの長い武器は、確かに魅力的に思える。
ついこないだ密着戦闘したせいでランディープに体を飲み込まれて酷い目にあったばかりだ。
遠間から安全に攻撃できる武器に魅力を感じないといえば嘘になる。
「だが、取り回しの悪さだけは頂けねぇ。両手使いが基本で大きい盾は持てない。間合いを詰められたら痛手は覚悟しな」
強みだけでなく、武器が抱える弱点もしっかり説明してくれる。
目立つ強みをそれらしく教えれば初心者を騙すくらい訳ないだろうに、それをしない。
良心からではなく、武器へ抱く愛ゆえにだろうな。マニアとしての矜持だ。
やはりコイツは信頼できるタイプのオタクで間違いない。
「それでも勧めるだけの強さがあるんだな?」
「ああ。強いぞ」
力強い返事。
武器を買う事は決めていたが、竜巻男への相談で心が決まった。
一人だったら散々時間を掛けて迷った挙句、おかしな武器を選んで後悔していたかもしれない。
頼れる先達からありがたいお言葉を頂戴できて良かった。
「助かった。参考になったよ」
「良いってことよ。……妙な種族だったから、あんたと少し話してみたかったんだ」
「妙って……そんなにか?」
別にただのリビングアーマーじゃないか。
いや、掲示板の住民や土偶のシーラの反応からしてイロモノ枠なのはそうなんだが。
でも不可思議呼ばわりされるほど奇妙な種族ではなくないか?
イマイチ釈然としてない様子の俺に対し、竜巻男はその希少性を言い含めるように言葉を続けた。
「【スライムキャリア】なんて妙ちきりんな種族、初めてみたぜ」
「は?」
──なんて?
「俺はリビングアーマーだぞ」
「なに? いやだが表示は【スライムキャリア】になってる」
反論するも、竜巻男は違うと言う。
メニューを起動し、ステータス確認。
燦然と輝く、種族:スライムキャリアの文字。
……。
慌てて辺りを見回す。
い、いない。
細胞レベルで俺と手を繋いでいたランディープがいない。
い、いつからだ? いつからランディープは姿を消した?
いやそんなことより、先に確かめなくてはならないことがある。
嫌な予感。【スライムキャリア】という種族の、言葉の意味。
……恐る恐る自身の頭、兜の部分を上へと持ち上げる。
「エヘ♡」
「ウワーッッッ!!!」
知らないうちに、体内にランディープがいた。
俺、恐怖の絶叫。
「うお。中身シスターだったのか。かわいい見た目してるじゃないか」
事情を知らない竜巻男だけが、呑気に驚いていた。
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