第25話 密談
「行ったようだな」
「ですわね」
大はしゃぎで大鐘楼の街に向かうアリマを見送った二人は、まだ地下水道の入り口に残っていた。
アリマの姿が地下水道から消えたのを確認し、ドーリスが声を掛ける。
「で、どうだ。一緒にダンジョンに潜ってみた所感はよ」
「特に? 良いプレイヤーでしたわ」
とぼけた調子でさらりと答えるシーラを、ドーリスが鼻で笑う。
「んな事は聞いてねえ。テメェも情報扱うギルドで大将張ってんだ、アイツに思う事くらいあるだろ」
「あらあら、結成二週間の零細ギルドですわよ。買い被りすぎではなくって?」
──世界観考察ギルド【生きPedia】。
ゲーム最初期に成立し、広いフィールド上から多くの情報を集め、収集し、リアルにおいても攻略wikiの運営を行う。
ことゲーム攻略における基本的な内容から、ゲームの進行を左右するほどの重要情報が方々から結集しており、現在におけるギルドの地位は確固たるもの。
情報収集、システム検証、初心者向けガイド。主軸は世界観考察であるものの、その活躍の領域は広い。
ゲームに対し多面的にアプローチする運営方針はガチ勢からエンジョイ勢まで様々なプレイヤーを内包するに至り、【生きPedia】は現在において最上位のギルドに数えられる。
そのギルドの長の名を、シーラといった。
「ふん。今さら序盤のダンジョンで無双して楽しかったかよ」
「心外ですわ。スキルを封印して戦えば程よい難易度になりますもの」
このゲームにはレベルの概念が無い。
だからこそ、このゲームにおける強くなる手段というのも限られており、それは大きく二つに分けられる。
一つめは、強い武器を手に入れること。
こちらは至ってシンプル。よく切れる剣があれば、固い敵も簡単に倒せる。
岩のように強固な鎧があれば、熾烈な敵の攻撃を軽減できる。
特別な力を内包する装備品があれば、戦いの手札が増える。
強い装備の恩恵は単純でわかりやすい。
そのためにプレイヤーは心を躍らせ冒険をするのだ。
もう一つは、強いスキルを身に着けること。
スキルには体捌きを強力にアシストするものがあり、現実にはおよそ不可能な挙動を思いのままに操ることができる。
重厚な大剣を風のように振るい、またあるいは細剣で大木を撫で切ることもできる。
そうしたスキルは、得てして武器の限界を超えた痛撃を敵に与えるものだ。
これもまた、プレイヤーにもたらされる力の一つ。
そしてスキルには、魔法や種族特有の技能なども含まれる。
とりわけ、シーラのように武器を持てない種族はその分スキルを豊富に習得できる。
武器を持てない種族は、代わりに多様かつ潤沢な攻撃スキルを使い分けること成長し、難敵を打破していくのだ。
故にシーラがスキルを使わずに戦うというのは、まさに手加減そのものだった。
「初めはもっと下っ端寄越す約束だったろ。いきなりお前が出てきたのも、やはり鐘絡みか?」
「当然。大鐘楼の頂は、発売二週間経ってなおも指をくわえて見上げることしかできなかったのですから」
街の名を冠する意味深な大鐘楼は、されど二週間もの間沈黙を保っていた。
それが何者かの手によって前触れも無く打ち鳴らされ、得体の知れぬ福音とやらが全プレイヤーにもたらされた。
「それで? 目当ての物は見れたのかよ」
「それがさっぱり。粗末な剣を大切にしながら、ユニークスキルで戦っていましたね」
このゲームにはユニークスキルがある。
これはユニークの字の如く、特殊な条件をクリアした限られたプレイヤーのみが習得できるスキルである。
ただしユニークスキルは習得した本人でさえ条件が不明なため、ほぼブラックボックスと称しても過言ではない。
習得の再現性は皆無に等しく、偶然と幸運が重なった僅かなプレイヤーが運命的に習得するのみである。
だからという訳でもないが、ユニークスキルは効果が強力である前に特殊な場合が多い。
だが、その特殊性にこそ特別感があり、所有者が多くのプレイヤーに羨まれる一因となっていた。
「わたくしは音に聞く"至瞳器"でも懐から出てこないか、期待していたんですけれどもね」
「馬鹿言えよ。あんな不出来な剣を後生大事に振るっているアイツが持ってると思うか?」
鬱然とした態度でシーラが深くため息をついていた。
シーラが本格的に至瞳器について調査を始めてからというもの、未だに一切の収穫がない。
大鐘楼の街を始めとした多数のNPCが携わる地で聞き込みを進めると、プレイヤーはしばしば"至瞳器"なる言葉を耳にする。
曰く、それは特別な刀匠が打ったいくつかの装備品を指しており、それらは他の追随を許さぬほど強力な武具であるという。
ただしその数と所在と名称まで完全に謎に包まれており、既存のNPCが所有しているのではという事実無根の噂が少数蔓延る程度のもの。
至瞳器という称号を冠する武器こそがこのゲームにおける最上位の装備品であると予想されており、その入手を目論むプレイヤーは多い。
だが、ただの一人もその手がかりすら掴めていないのが現状であった。
「糸口くらい掴めればと思っていましたが、ままならないものです」
「──知りたいかね?」
突如、この場にいない女性の声がした。
二人の背後からカツ、と靴の音を響き渡る。
驚愕と共に振り返ると、そこには巨大なトップハットを被った女の姿があった。
そして、二人の視線はすぐに彼女の持つ得物に向いた。
薄らとターコイズグリーンの光を纏う翡翠の湾刀。
自然と辺りがピリつく。重苦しい緊張感が辺りを支配する。
大きな帽子に、緑色の武器。
掲示板にあった特徴と一致する外観から、ドーリスは彼女がアリマをゲーム開始直後に殺害した人物だと当たりをつけた。
ドーリスが恐る恐る口を開く。
「……敵対する気はねェようだが、突然何の用だ」
「"彼"が世話になったみたいじゃないか。礼の代わりに、君らが見たいものを見せに来た」
忽然と姿を現した帽子の女は、何の気負いも無く二人の前で翡翠色をした大刃をこれみよがしに翳す。
「鍛冶の巨人と、その娘たち。彼女たち巨人一門の手になる傑作を『至瞳器』という。これはその一振り」
その刀身は、大宇宙の銀河の如く。
きめ細やかな翡翠の粒が、川の流れのように表面を流れていた。
「"サリアの至瞳器"9本目。玉刀【厭い花】。そこらではお目に掛かれぬ代物さ」
ドーリスとシーラはしばし我を忘れ、その大刃の美しさに魅入った。
「……これが。至瞳器の実物を目の当たりできるとは。幸運ですわ」
だが、二人はただちに我に返る。
この人物は、醸し出す雰囲気が凡俗のNPCと格が違う。彼女が出現した瞬間に確かに場の空気が変わったのだ。
威圧とも支配とも違う。ただただ、異質。
誰も知らぬ至瞳器の秘密を知っている事といい、この世界の住人の中でも彼女が極めつけの重要人物であることは間違いなかった。
「望むものは見れたかい? "彼"にまた会ったらよろしく言っておいておくれよ」
更に何かを聞き出そうと考えた二人であったが、機先を制すように帽子女が言葉を告げる。
それとほぼ同時。手に持つ翠の刃の切っ先から、雫が一滴だけぴちょんと滴った。
水滴は地下水道の足場に落ちると空間を歪めるように床に波紋を生み出すと、それだけで帽子の女はたちまち霞のように姿を消してしまった。
場に呆然と残された二人は顔を見合わせる。
「……消えたか。聞き出したいことは山ほどあったが」
「ですが充分すぎる収穫です。前線を放り出してまでアリマさんと縁を結んだ甲斐がありましたわ」
「イヒヒ、違いない。やはりアイツといると金を生む」
帽子の女が去ってしばらく。余裕を取り戻した二人は虚ろな鎧のプレイヤーを思い、悪い笑みを浮かべていた。
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