第23話 ダンジョンクリア


「ダンジョンクリア、おめでとさん。イヒヒ」


 クリア報告を受け取ったドーリスは、いつもと変わらない胡乱な笑みを浮かべていた。 

 

「まずはこの二つを返す」


 ドーリスは雑談に花を咲かせるのを楽しむ性格ではない。

 俺もそれを承知しているので無駄口を叩くこともなく、ドーリスにダンジョンマップとモンスター図鑑を返還した。

 

「イヒヒ、よく出来てる。いいマップ屋になるぜ」

「モンスターに苦戦しなかったので、比較的ラクでしたわ」

「ああ、相性が良かった」


 羊皮紙を広げたドーリスは、シーラの言葉を耳に入れつつマップの完成度を改めて、調子よくそんな事を言っていた。

 俺とシーラと共にダンジョンを隅々まで歩き回って完成させたマップだ。

 その踏破率は100%。我ながらいい仕事をしたと思っている。

 もちろんドーリスに売却するので、マップは手元には残らない。

 次に地下水道のマップを入手したければ、自分の描いたマップをドーリスから購入しなくてはならないだろう。

 世知辛いが、元からそういう約束でやってる。同意の上だな。

 

「モンスター図鑑も充実してる。結構戦ったみてえだな」


 言いながらドーリスはモンスター図鑑の原本を用意し、手のひらを二つの図鑑の表紙に押し当て、スキルの力によって手際よく内容を複写していく。

 こっちの貢献度もなかなかだ。特に浅層のモンスターは俺がスキル習得の為に念入りにしばき倒したので情報量が多い。

 もちろん後半のモンスターほど記述が減るが、奥地まで至った後はボス撃破を念頭に置いた攻略を優先した以上やむなしだな。

 複写が終わってパラパラと項目を読み取るドーリス。

 最後にボスの記事が存在することを確認し、満足げにしていた。

 

「イヒヒ。期待以上だぜこりゃあ。今さら金に糸目は付けねぇ、受け取りな」 


 嫌味なく笑うドーリスは、約束していた通り、俺に報酬の金を寄越した。

 受け取った麻袋は、ずしりと重い。

 

「10万ギルか」


 うむ。どれくらい喜んでいいかわからん。

 メニューに足された100000という数字の価値が、俺にはまだわからない。

 ショップに行ったことがないからな。

 回復アイテムや装備品、欲しい武器。そういうのを意識して資金繰りをすると思うのだが、俺はそのあたりを丸ごとスキップしてしまった。

 終ぞドーリスの仲介でアイテムを買う事はなかったし、装備の修理と武器の調達は全てエトナ頼り。

 俺はこのゲームでまだ一銭たりとも使ったことがないのだ。

 

「相場が気になるか? 好きなだけ見てくりゃいい」 

 

 見かねたドーリスがそう言うや否や、ダンジョン入り口とは真逆に位置する広場後方からカンと金属音が聞こえてきた。

 音のした方に目をやれば、金属の梯子が下ろされている。

 ドーリスは唯一この地下水道のアクセス権を持っているようだが、こんな真似もできるのか。

 地下水道の上には大鐘楼が広がっている。そういう位置関係だ。

 上に伸びる梯子を登れば、俺は念願の大鐘楼に至れるだろう。

 

「道は繋げた。扉も解錠した。大鐘楼、好きなだけ見てこいよ」

「話が早くて助かる」

「おっと待った、先にこれも渡しておく」


 意気揚々と梯子に飛びつこうとする俺を呼び止めてドーリスが渡してきたのは、モンスター図鑑と白紙のマップを二枚。

 

「あんたの仕事ぶりに免じてサービスさ。完成した大鐘楼のマップもあるが、せっかくだ。そっちもお前の足で埋めるといい」 


 攻略必需品クラスの分厚い魔導書じみたモンスター図鑑と、これまた攻略必需品クラスのマップが再び俺の手持ちに帰ってきた。

 しかも貰ったマップの方は二枚とも白紙。一枚は大鐘楼の街を埋めるのに、もう一枚は未踏の湿地エリアに使えということだろう。

 俺のマップ埋めに対する信頼のようなものだろうか。マップそのものを売りつけてもいいだろうに、太っ腹だ。


「大鐘楼から東に行く道は、全て封鎖されていた」

「地下水道だけが例外だったのか」

「おうよ。お前が先遣隊になるんだぜ、地図とマップはまた買ってやるよ、イヒヒ」


 地下水道から先に進む道は、なんと前人未到らしい。

 発売二週間も経っているから初見攻略なんて不可能だと思っていたが、俺が一番乗りできるなんて。

 いやはや、ありがたい話だ。存分に楽しませてもらう。


「アリマさんとのパーティもここまでですわね」

「ああ、そうだったな」


 すっかり忘れてた。彼女との協力は地下水道の攻略完了までだったな。

 俺としたことが、そのまま湿地の先まで攻略する気でいた。

 もちろん今後ずっと一緒に戦うつもりってわけじゃないが、なにせあの不条理なシスターを共に戦い退けた戦友だ。

 

 仇敵にして天敵の濁り水の撃破に、ランディープ撃退、ボス戦での協力バトル。終始して頼もしい後衛だった。

 俺の都合であるダンジョンマッピングにも協力的だったし、俺に主導権を譲りながら着実に戦果を挙げていた。

 溢れ出る良妻賢母感というか、とにかく花を持たせるのが上手い人だった。

 

 人柄も柔和で温厚、コミュニケーションに滞りなし。超が付くほどの優良物件。

 初めてのパーティ編成ながら、かなり当たりだったといえるんじゃないだろうか。

 ドーリスが自信をもって斡旋したのも頷ける優良なプレイヤーだった。 

 けれども、残念ながらもうお別れだ。

 少し寂しいが、こういう一期一会もまた醍醐味だろう。

 

「縁があれば、また頼む」

「ええ。またどこかで」 

 

 シーラと簡単に別れを告げ、大鐘楼の街に向かう。

 もう二度と会えない訳でもあるまいし、敵対する予定もない。

 そんな別れを惜しむこともないさ。シーラもそれが分かっているから、後腐れもないさっぱりとした別れの挨拶で終えたのだろう。

 

 さぁ、念願の街でお買い物だーっ!

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