第22話 ボス戦後半

剣先に芽吹いた花。これでは戦えない。

 慌てて別の刃薬を使用しようとするが、【使用不可】のエラーメッセージ。

 上書きはできないようだ。効果が切れるまでこれで戦わなくてはならないらしい。

 うーん、絶望。

 半ばヤケになりつつ迫りくる濁り水を薙ぎ払えば、なんと濁り水の体積が減った。

 

「意外といけるかもしれん!」

 

 なんと攻撃が効いた。

 どうやらこの花が水分を吸ってダメージを与えているようだ。

 でもこれどういう分類のエンチャントになるんだ……?

 いやこの際そんなものはどうだっていい。戦えるならそれで充分だ。

 

 だが、先ほどの雷のようにはいかない。二度三度と斬りつけてようやく一体撃破できた。

 やや手間取りつつ、総数16体の濁り水を打倒していく。

 背後を気にしなくて済むので、じりじりと後ろに下がりながら確実に撃破することができた。

 陣形への対応をミスってたらここで終わっていたな……。

 

「さぁ、次の形態は……?」

「順当にいけば32体ですが」


 ぷるぷると震える親玉の濁り水。

 ぶるりと振動し、大量の濁り水へと分かたれた。数はわからんが今のルールだとおそらく32体。

 大玉の部分は残っていない。これで相手のリソースは全てだ。

 

「これが最後の姿か」


 だが、様子がおかしい。

 攻めてこない。一か所に固まったまま散開しないのだ。

 どういうつもりなのかと近寄らずに睨んでいると、濁り水に動きがあった。


「ウニみたいになったぞ」

「なるほど。ファランクスですわね」


 ファランクス。なんだそれは。

 どこかで聞いたことのある横文字だが。

 いまいちピンと来てない俺を見かねて、シーラがすぐ解説してくれた。


「要するに防御陣形ですわ」

「じゃあ攻めてこないのか? 面倒だな」


 ジッと亀のように閉じこもり、鋭い触手を放射状に伸ばしたまま動きを止めてしまった。

 棘のような水は激しく伸縮を繰り返している。近寄れば針のような水が牙を剥くだろう。

 これではおいそれと近寄れない。

 直接斬りつけるしか攻撃手段持たない俺では、手の出しようがないぞ。


「であれば、わたくしは好き勝手やらしていただきましょうか」


 言うや否や、シーラが目元に光をチャージしていく。

 

「アリマさんは有事に備えて側に控えていただけますか?」

「承った」


 シーラは俺にそれだけ告げると、浮遊をやめて地上に足を付けた。

 辺りの空気中に蛍のような燐光が浮かぶ。その光は、じわじわと時間をかけてシーラの両目へと集結していった。 

 1秒、5秒、10秒、30秒……。

 通常の戦闘のさなかではまず不可能なほど、シーラはじっくりと時間をかけて光を溜めていく。 

 その間もウニと化した濁り水に動きはない。ウニウニ蠢いてるだけで、前に進む素振りさえなかった。

 このままチャージして撃破できるのではないか?

 そう思った直後。

 

「上だ!」


 ここにきて環境の変化。

 はじめに濁り水の大群が現れた巨大パイプから大量の水が流れ出す。

 滂沱の如く流れ出すそれらは、濁流のようになって俺たちを押し流さんと殺到してきた。

 

「掴まってくださいまし!」

「おう!」


 慌てて浮遊を再開したシーラに飛び乗り、しがみ付く。

 大きくくびれる彼女の土偶体型はとても掴まりやすく、安定していた。

 体表に複雑な文様が走っているので足を掛けやすく、指も嵌りやすい。

 咄嗟だったので全力で抱き着いてしまったが、あとでセクハラとか言われませんように。

 

 そうしているうちにも足元を大量の水が激流として流れ出ていく。

 この流れに呑まれれば、フィールド外縁の溝まで押し流されていただろう。

 そうなったら死か、あるいは気絶は免れまい。

 一度川に流された経験があるからわかるが、この水の流れに抵抗はできない。

 シーラがいて助かった。

 一人だったら、たぶんここでもやられていたんじゃないかと思う。 

 

 ──そして、チャージ開始から一分経過。

 

「発射」

「まぶしっ」


 閃光、着弾、大爆発。

 濁り水のファランクスはミサイルを撃ち込んだように爆炎と土煙をあげる。

 煙の晴れたあとには、もはや濁り水の姿は跡形もなかった。

 天井から流れ出した水も止まる。

 ボスエリアから、戦闘の気配が消えた。


「……倒したのか」

「そのようですわ。存外あっけなかったですわね」


 シーラから飛び降り、戦場を確認する。

 なんというか……倒した実感が湧かない。

 いや、癖のある厄介なボスなのは間違いなかった。

 だがなまじオーソドックスなボスだっただけに、直前に立ちはだかっていた変態思想のシスターにインパクトで負けているというか…。

 しかし俺のアイテム欄には確かに撃破したことを告げるように、ドロップアイテムが届いた。

 本当にこのボスはこれで終わりのようだ。

 第二形態とか、真の姿とか、そういうのはなかった。

 

 手に入ったアイテムは、おびただしい数の【濁り】。

 濁り水を倒したときのドロップ品と同じだ。

 せっかくのボスなのにドロップアイテムもあんまし美味くねぇな……。

 こう、強そうな武器とか。特殊効果のある装飾品とか貰えませんかね。

 最初のダンジョンで高望みしすぎ? はい。

 これらはあとでエトナに鍋に入れて刃薬にしてもらおう。

 

「感慨に浸るのもそこそこに、先に進みましょう。新たなエリアと、ワープ地点となる拠点があるはずですわ」

「ああ。今行く」


 ともあれ、ダンジョンクリア。

 不完全燃焼感も少しあるが、クリアはクリアだ。

 俺がイマイチ喜びきれないのは、全部あの変態シスターが悪い。

 あいつがメインイベントみたいな面して乱入してきたのがいけないんだ。

 そういうことにして、切り替えていこう。

 

 さあ、地下水道の奥に広がる新エリアはどんな場所だ?

 期待を胸に地下水道を抜け、地上に上がった先。


 そこは、どんよりと薄暗い、ジメジメとした気の滅入るような草原であった。

 紫色の芝のようなものが足元を覆っており、点在する茂みも暗色の深緑。

 俺にとっては初めてのダンジョンではないフィールドなのだが、かなり陰気な地だった。

 

「ふむ。エリア名はド=ロ湿地ですか」

「おい、あそこに十字架があるぞ」


 すぐ近くに無造作に突き刺さったボロの十字架を発見。

 シーラとともに登録を済ませておく。これでリスポーン地点兼ワープポイントの登録になる。

 あの地下水道をいちいち攻略してここまで来るのは骨だからな、すぐに見つかって良かった。

 なお、ゲーム上でのテキストは世界観に則って『墓碑銘の記録』となっている。芸が細かい。

 

「さて、先に進みたい気持ちもありますが」

「わかってる。まずはドーリスに報告だろう?」

「弁えいるのであれば何よりですわ。さ、戻りましょう」


 もっとこの湿地の先が見たいが、ぐっと堪える。

 後ろ髪を引かれる思いで、シーラに促されるままワープを実行。

 行先は、もちろんドーリスの待つ最初の広場。

 

 新エリアの攻略はまた今度だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る