第19話 調合依頼

 エトナの作業場は、もはや俺の実家といっても過言ではないかもしれない。

 それくらい通い詰めているし、入り浸っている。

 今回もまた、防具の修復と武器の調達のためにエトナのもとへ足を運んでいた。

 

 他のプレイヤーの拠点は大鐘楼の街らしいが、俺の拠点はエトナのいる場所だ。

 だって俺ここでしかライフを回復できないんだもの。超がつくほどの重要拠点に決まってる。

 

 武器にしたってそうだ。俺の初期装備の錆びた剣はレシーに斬り落とされたが、そうでなくても長くは持たなかっただろう。

 必然、エトナに頼らざるを得ない。

 たとえ失敗作と称されていようと、剣は剣。

 温存しながらとはいえ、地下水道の攻略にも耐えうる性能だった。

 まぁヤバいシスターの体内に溶けてしまったんだが。

 

 まあそれはさておき、今回はいつも違うことをエトナに頼まなくてはならない。

 彼女は気難しいので、気分を害さないといいが……なんて心配しつつ俺は口を開いた。

 

「相談がある」

「聞く」


 即答じゃん。

 食い気味だったよ。逆に俺がビビってしまった。

 あらかじめ声を被せようと構えていたんじゃないのかってくらい応答が早かった。

 ちょっと言い出すの怖かったのに、想定外の反応。

 用が済んだらはよ出ていけって言われると思って戦々恐々としてたんだからね、こっちは。

 でも、エトナの様子は変わらない。いつも通りだ。

 こちらを見向きもせず、熱した鉄を真剣に見つめながら金槌を振り下ろしている。

 鍛冶の手は止めないが、聞く態度ではあるらしい。

 

「スライムが斬れなくて困ってる。どうにかしたい」

「どう、とは」

「実体を捉えられないやつも斬りたい」


 濁り水だとかスライムみたいな、物理の通りが悪い敵への攻撃手段がほしい。

 特にシスター・ランディープみたいなのが強引に俺の元にやってくると分かった以上、自衛手段がないと心臓に悪すぎる。

 無抵抗のまま死を受け入れるしかない、みたいな状況は勘弁だ。

 

「……」


 それを聞いたエトナは作業の手を止めた。

 珍しい、滅多なことじゃ作業なんて中断しないのに。

 エトナは何かを考えこんでいるようだ。

 ちょくちょく会話を交わしてわかったことだが、彼女は口数こそ少ないものの、話しかければ何かは返してくれる。

 声を掛けても何も言わずに無視をしたりしない。だからきっと、彼女は今なにかを悩んでいる。

 そして、それを口にしていいものなのか躊躇しているのだろう。

 エトナ一級鑑定士の俺が言うんだから間違いない。

 

 しばらくの逡巡ののち、エトナが俺を見る。

 彼女のたった一つの大きな瞳は、珍しく迷いに揺れていた。

 

「持ってる素材、全部よこして」

「わかった」


 即答だ。聞き返しもしない

 所持品を全部エトナに譲った。

 全部だ。全部。言われるがままに地下水道の敵のドロップ品から宝箱の中身まで全部エトナに渡した。

 おかげでメニューの所持品がすっからかん。 

 いやぁ、話が早くて助かるぜ。 

 

「……これで武器に塗布する刃薬を作る」

「ほう」

「でも、今の私だと何ができるかはわからない。失敗するかも」

「いい、任せるぜ」


 まあいい感じに何かできるだろ。

 ダンジョンの宝箱からは鉄くず以外にもなんか黒い粉とか出てきたし、それっぽいのが作れるんじゃないか?


「もしも失敗したら──」

「好きにやれ。素材はまた集めりゃいい」

「……わかった」


 不安げにしていたエトナは、俺の言葉を聞いてしずしずと頷いた。

 どうせ貴重品なんかひとつも混ざってないだろ、知らんけど。

 俺の持ってた素材アイテムなんて、ほとんどが地下水道の浅部を練り歩いて集めたものだ。

 ま、もし失敗に終わってアイテムが全損しようが構わん。エトナに言った通り時間を掛けてまた集めればいいだけの話だ。

 ダンジョンに入り浸ることでまた誰かに邪魔をされるリスクはあるが、負けて武器防具がぶっ壊れてもまたエトナに直してもらえばいいしな。


 俺の言葉に彼女も覚悟を決めたらしい。エトナが山盛りの素材を抱えたまま工房内をトタトタと歩き回って様々な道具を揃えていく。

 手伝おうと声を掛けようか迷ったが、仕事に取り掛かったエトナの邪魔をするべきではない。

 俺は口をつぐんだ。

 あれこれと甲斐甲斐しく手を出し始めたら、それこそ信用してませんって言ってるようなもんだ。

 俺はなおも不安げにしているエトナなんて見て見ぬフリして、全部任せて黙って待っときゃいい。

 それが勤めみたいなもんだろ。

 とかなんとか思いながら、それはそうと何をするのかは気になるのでエトナの作業を眺めていた。

 

 素材を石で磨り潰したり、壺の中に入れて水と混ぜたり、火を掛けた釜の中でぐるぐる混ぜたり。

 エトナはわちゃわちゃと慣れない手つきで慌ただしくああでもないこうでもないと試行錯誤していた。

 不慣れゆえか、おっかなびっくり作業を進める後ろ姿は常に一心不乱に鉄を打つ普段のエトナとはまったく違って見える。

 だが、そのひたむきな姿勢は変わらない。その姿を知っているから、俺は彼女に全幅の信を置けるのだ。

 

 そうして、エトナの作業を見守ることしばらく。

 

「なんかできた」

 

 やがてエトナが両手に抱えて持ってきたのは、数十もの小瓶。

 中には色とりどりの液体が詰められている。

 

「効果は?」

「保証できない」


 おおう。エトナに珍しく弱気なセリフ。

 でもまあ、素直に告白された方がウソをつかれるよか百倍マシだしな。


「ただし武器に塗れば、必ず何らかの力は宿る」

「十分だ」


 じゃあ問題ないじゃん。

 たぶん効果がランダムというか、使ってみるまで分からないってことだろ?

 俺としちゃ属性がなんであろうと不定形の敵にダメージが通るんならそれでいい。

 ゆくゆくはそれじゃマズイかもしれんが、有りあわせの素材でこれだけの力が手に入るなら安いもんだ。

 

「それから、刃薬の効果は永続しない」 

「そうなのか。心得た」


 あくまでも一時的強化に過ぎないらしい。まあ贅沢は言えんわな。

 だが、それで不足はない。ほんの一時といえど攻撃が効くようになるなら大違いだ。

 いやはや、迷いつつもエトナに相談した甲斐があったな。

 頼って良かった。 

 

「助かったよ。また来る」


 よし、地下水道にリベンジだ。


 

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