第18話 一時撤退


「どうしました?」

「いや、悪寒がすごくて」


 なんか急に背筋に氷柱を突っ込まれたような恐怖感が突然。

 なんだか"ありがとう"の幻聴が聞こえてきそうな……。

 心配だな。体調不良とかじゃないといいけど。


 あの場で話し合った通り、俺たちはダンジョンを引き返した。

 ほぼ無傷のシーラだけがダンジョンに残る手もあったが、彼女にその気は無かった。

 多分、手負いの俺が安全が戻れるようにという気づかいもあったのだろう。

 人情味のある選択肢に感謝。シーラには素直にありがとうと告げたのだが、直前の出来事が出来事だったので嫌そうにしていた。

 ひどい。

 帰り道でシーラに聞いてみたが、あれは【浸食】というPKのシステムらしい。

 ダンジョン攻略中の誰かの所へワープという形で強引に割り込み、空間を逃げ場のないファイトリングのように閉じた状態でぶっ殺しにくるそうだ。

 ランディープが辺りを見て『知らない場所』と言っていたように、浸食が未踏のダンジョンでもワープしに来れるらしい。

 独占状態のこのダンジョンでなぜプレイヤーキラーがと思ったが、そういうカラクリだったようだ。

 

「で? 【ありがとうの会】の襲撃から生き残ったんだろ。やるじゃねえか」

「ああ、最悪な目に遭わされた」


 そして、俺たちはダンジョンで何があったかをドーリスに説明している最中だった。

 ダンジョンの攻略中に発生した諸々はドーリスに報告することになっている。

 彼としても準備万端に送り出した二人が心身ともにげっそりして帰ってきたのだから、何があったくらい知りたいだろう。

 

「だが、溶解か。知らねぇ手口だな。会に新入りが入ったか」

「シスター・ランディープって名前だった。修道服の」

「自らをハーフスライムと仰っていましたわね。器用に人間形態とスライム形態を使い分けていましたわ」


 シーラが俺の説明を補足してくれたが、俺は苦汁を飲まされたのはまさにその内容。

 序盤は物理が効く様子だったが、後半で正体を表してからはずっと向こうにペースを握られていた。

 俺みたいな物理一辺倒じゃかなり厳しい相手だった。

 種族のアドバンテージを一方的に押し付けられる相性不利のしんどさを学ばされたな。

 濁り水を相手にしたときもそうだったが、プレイヤーという中身入りの存在と対峙したことで、改めてその恐ろしさを味わった。

 ああいった特殊な防御系の敵は今後も登場するだろう。

 奴らに通用する属性攻撃の習得は急務だ。

 得意とまではいかずとも、せめて俺一人で相手できるようになりたい。


「ハーフスライムぅ? あの種族に使い手がいるのか。耳を疑うぜ」

「そんなに癖のある種族ですの?」

「なまじ人の状態があるせいで、自分の体が溶ける生理的嫌悪感が酷くてマトモに使えねえって評判だよ。聞けば、腹からはらわたが零れ出すような感触らしい」


 うわ。聞いてるだけで気持ち悪いぞ。想像もしたくない。

 無駄に肉感的な表現をしないでくれ。

 想像を頭から追い出そうとして、一つ気になることを思い出した。

 ランディープのネーム表示だ。皆既日食のような異様な表示だった。

 あれが一体なんだったのか、この際だからドーリスに聞いてみよう。

 

「ソイツ、名前が黒地で白く光る妙な状態だったんだが、アレはなんなんだ?」

「馬鹿お前、それを早く言え。このゲームにゃ【忘我】ってシステムがあんだよ」


 ホウレンソウの欠如によりドーリスから御叱りが飛んできてしまった。

 多分これ、シーラも俺が知ってるものだと思って説明を省いたパターンだ。

 ドーリスもそれを察したようでシーラに向けもの言いたげな視線を送るも、直立不動の土偶はそれを知らんぷりした。

 ドーリスは深くため息をついて、ガシガシと頭の後ろを掻きながら俺に説明を続けた。 


「そのランディープってのは言わばキャラクターの亡骸だ。放棄されたキャラの中には、稀に主も無く動き出すやつがいるんだよ」

「え、こわ……」

「連中はNPCだが、俺たちプレイヤーと同じ立場でゲームと関わる。ダンジョンを攻略したり、ギルドに所属したりな」


 なにそれ。自分の作ったキャラがゲーム内で勝手に動き出すって怖すぎませんかね……。

 頻度がどれくらいかはわからないけど、プレイヤー本人がゲームを飽きるか辞めるかしてキャラを見放しても、クリエイトしたキャラはゲーム内で生き続けるのか。

 画期的なシステムにも思えるが、どこかうすら寒いものを感じるな……。

 

「【忘我】したキャラの性格はクリエイト時に設定した【最後のよすが】が関わってるっつう説が濃厚だな。どんなやつだった?」

「マトモとは到底言い難い人物でしたわ。ですよね、アリマさん」

「あまり思い出したくない」

「その様子じゃ目を付けられたか? ヒヒ、ご愁傷様だな」


 俺はあのシスターがリアルの人間じゃなくて良かったと安心する一方で、あの振り切った狂気に今後も付き合わされることに絶望を感じた。

 ランディープを生み出したどこかの誰かさんは、彼女に一体どんなキーワードを与えやがったんだ?

 とんでもない狂人が爆誕しているんだぞ、責任とりなさいよ。

 ドーリスも何がご愁傷さまじゃい他人事だと思いやがって。 

 

 ああシスター・ランディープよ、どうかあの発言の悉くがただのリップサービスであってくれ。

 あんなテンションで付き纏われたら俺の心臓がいくつあっても持たないよ……。

 というかあれだけの激闘の中で、徹頭徹尾ただの一度もシーラに目を向けてないのが怖すぎる。

 数的不利を背負っているなら多少強引にでも後衛を先に倒したくなるだろうに、最後まで完全無視。

 終始俺だけをガン見していた。なんか思い出したら怖くなってきたな……。


「だいたい何なんだよ【ありがとうの会】って……」

「要するに、同じプレイヤーを殺すことを目的としたPK集団のギルドですわね」

「キャラが濃すぎるだろ」


 もっとこうシリアルキラー的な、快楽殺人鬼みたいな雰囲気かと思うじゃん。

 そしたら俺もまだ立ち向かいようがあるのに。

 なんで俺は身に覚えの無いありがとうを言われなきゃならんのだ。

 俺夢に出てきそうだよシスター・ランディープが。

 

「連中、フリなのか本当に狂ってるのか定かじゃねえからなァ……」

「まあ相手をするこちらからしてみれば、どちらも同じ狂人ですわ」


 率直に申し上げて、もう二度とお会いしたくありません。

 ブロック機能とかでマッチング拒否とかできねぇのかな、このゲーム。

 でもランディープなら仮にブロックしてもその機能さえぶち破ってニッコニコで馳せ参じてきそう。

 ヤツには本気でそう思わせるほどの凄みがあった。

 切実にやめてほしい。

  

「俺はこれから常に彼女のありがとうに怯え続けなきゃならないのか……?」

「まぁ、そうなりますわね」

「ご存じの通り、決着が着くまで逃げることもできねえからなぁ」


 

 悪夢だ。

 これじゃおちおちダンジョン内でスキル育成もできやしない。

 次また目の前にあの汚らしい排水溝が現れたら俺絶叫しちゃうぞ。

 

「そ、そうだ! 助けに来てくれたトマトはなんだったんだ?」


 ふと思い出し、縋るように名前を口に出す。

 俺の希望、トマト先輩。

 最初に発売前ビジュアルでその姿を拝見したときは失笑ものだったが、今ならもう拝み倒す。


「あのトマトは洗浄者ってサブ職業を持ってる。誰かが汚染によって区画を閉じると、そこに更に割り込んで汚染の元凶を叩きに来るのさ」

「ご覧になったとおり、NPCでありながら現状トップクラスの実力ですわ」


 何も知らない俺に、二人が丁寧に説明してくれた。

 なるほどね。その洗浄者ってサブ職業がプレイヤーキラーに対しての抑止であり、被害者にとっての救済措置なんだな。

 浸食で割り込んできた奴のところに、後を追うように更にもう一度ワープで割り込んで来ると。

 中でもあのトマトは最強の執行人ってわけか。


「だが、期待するなよ。必ず来るとも限らないし、洗浄者が実力者だって保証もねぇ」

「今回のケースはかなりの幸運でしたわね」


 そうなのか。

 洗浄者全員がトマト先輩級の強さではないんだな。

 じゃあ今後また誰かに乱入されても、しっかり自分の力で退けられるくらいにならないとだな……。

 ううむ、もっと強くなりたい。


「ともあれ、アリマさんがその様子ですから一度解散ですわね」

「ああ、すまんな」

「交通事故にあったようなものですわ。お気になさらず」


 ポーション飲んではい復活とならないのがリビングアーマーの悪いところ。

 継戦能力というか、戦線復帰能力に難ありだ。予備の鎧でもありゃいいんだがなぁ……。

 ともあれ、今回は出直そう。

 

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