第16話 ありがとうの撃退

「ウフフ、ありがとうの時間はまだ終わりませんよ?」


 うっとりと語るランディープが、これみよがしに体を濁った粘液に変えていく。

 くそ、オーソドックスな人型だから癖の無い種族かと思ってたのによ。

 なんだよハーフスライムって。そんな種族知らねえ。

 半分人間で半分スライムってか?


「今日はアリマさんがわたしの"ありがとう"を飲み込んでくれるまで諦めませんからね。ウフフッ」


 二つにちぎれ、どろどろと溶けかけている凄惨な姿のまま、熱っぽい視線とともに滔々と語るランディープ。

 要するに殺害宣告ってことだよな?

 というか普通、ありがとうの事を『飲み込む』とは言わないんだけどな。

 こいつのありがとう観はどうなってるんだ。いやそもそもありがとう観ってなんだ。

 クソ、頭がおかしくなりそうだ。 

 なんだよありがとうの会って。マジで意味がわかんねえ。

 

 そもそもなんで俺こんなに目を付けられてるわけ? さっきが初対面じゃん。

 なんにもした覚えないんだけど。

 目の前のシスターがずっと嬉しそうなのも俺わけわかんないよ。

 

 だが、泣き言いってもしょうがない。今は戦わないとどうしようも無いんだ。

 ようやく有効打が入ったんだ、このまま流れに乗って攻め切る!

 

「シーラ、念力いけるか!?」

「向かって左だけ止めますわ! 長くは持ちませんわよ!」

 

 溶け合い一つに戻ろうとするランディープの機械槌を握った側を念力で止めてもらい、俺は攻撃を仕掛ける。

 身体が二つに千切れているんだ、戦闘能力は若干なりとも低下しているはず。

 念力のサポートで武器も振るえない今がチャンスだ。

 鋭く踏み込み、一息に剣を薙ぎ払う!

 

「ウフフ」

 

 だが。

 

「いまのわたし、スライムですよ?」

「ああっ! また俺の剣がッ!!」


 ずぶずぶとランディープの体に沈み込んだ刀身は、振り抜いたときには溶けてなくなっていた。

 このやろ、都合の良い時だけスライムになりやがって!

 物理の効く人型と液状のスライム特性を瞬時に切り替えられるのか?

 さっきまで物理効いてたんだから今も通用すると思うじゃん!。

 くそ、やられた。コイツのスライムボディにはそんな特性があったのか。

 

 それに、またいつものだ。

 俺の剣、踏み込みが深かったから刃の根元までなくなってしまった。

 もう握りの部分しか残ってねえや。

 

 シーラの念力の効果も途絶え、千切れていたランディープが元通り一つに融合する。

 一気に畳みかけるつもりが失敗、武器まで失った。

 ここは一度間合いを取って仕切り直さないと。

  

「軽率にこんな近くまできてくださって……。わたしうれしい」

「うぉわ、気持ちわりぃ!」


 だが、距離を取る前にランディープは自らの下半身をも粘液に変え、俺の鎧に絡み付かせた。

 俺の腰から下は完全にスライムと化したランディープの体内に取り込まれ、もはや動かせない。

 まずい、これはやらかしたかもしれん!

 危険を感じ自由な上半身で攻撃して振り払おうとするも、武器がねぇ!

 迂闊に殴れもしない。ランディープの体内に腕が埋まったらどうする?

 そのまま腕が溶けてなくなる可能性だってあるぞ。

 この状況、どうすりゃいい……!?

 

「ウフフ、狂い果ててしまいそう……」

 

 葛藤で判断が遅れ硬直した隙に、ランディープは頬を赤く染め粘液に溶けかかったベタベタの肢体を俺に密着させた。

 機械槌をも手放してそのまま鎧の背後に腕を回し、彼女は俺を強く固く抱き締める。

 あ。嫌な予感。


「わたしの心からの"ありがとう"、受け取ってくれますよね」


 恍惚に蕩けた表情を浮かべるランディープ。

 その端麗な顔が、頭部が、一瞬のうちに巨大でグロテスクな肉の壺に変わる。

 壺の口が俺の頭に狙いを澄ます。内部でピンク色の肉塊がみちみちと蠢いているのがありありと見えた。

 

 驚愕。そしてドン引き、恐怖。

 ヤ、ヤバイ! 何をされるか分からんが凄くマズイぞ!

 俺とランディープが半ば融合しているせいでシーラも手が出せねぇ!

 俺ナニされるの!?

 このまま俺"ありがとう"されるの!?


 絶対絶命。

 終わりを感じたそのその刹那。

 背後から複数の飛来物。

 シーラの熱線ではない。

 飛んできたのは──トマトだ。

 

「……時間を掛け過ぎましたか」


 無数に飛来したトマトは空中で捻じれ槍のように変じ、悉くがランディープへ殺到する。

 ランディープは瞬時に元の女性の姿に戻り、傍らの機械槌を掴んで俺から素早く離れた。

 ずっと喜色満面に彩られていた彼女の表情は、会って以来初めて至極不快げに歪んでいた。

 

 「エヘへ……。一応足掻いてみますが」

 

 すぐさま駆けて避けようするランディープだが、大量のトマトはジグザクと軌道を変えながら超高速で追尾。

 彼女の疾走でさえ回避が追いつかず、紅い槍と化したトマトは容易く彼女を地へと縫い付けた。

 その力は強力で、スライムの身でさえ脱出は叶わないようだった。 


「ぐぇ。……野菜は嫌いです」

「災難だったな。間に合ったようで何より」


 音も無く俺の隣に並んだのは男前の美丈夫……ではなく、浮遊するトマト。

 コ、コイツ発売前キャラクターヴィジュアルの!

 見た目からは想像もつかない夏野菜のように爽やかな声帯の所有者だった。

 何からの形でゲームに登場するって話だったが、まさがプレイヤーキラーから守る為に駆けつけてくれるヒーローだったとは。

 しかも凄く強い。あのシスター・ランディープをこんな一方的に倒すなんて。

 

「言い残すことは?」

「──アリマさん」


 地に伏せたまま、ふてくれされていたランディープ。

 だが俺を視界に捉えた途端、彼女の表情に光が満ちる。

 憂鬱そうだった深海色の瞳が、再び爛々と輝きだした。


「わたし、ぜったいアリマさんに"ありがとう"をします。必ずですよ、諦めませんからね。ウフフッ」


 ひぇ……。

 バキバキに目力が籠った双眸で俺を射抜きながら告げるランディープ。

 やめてくれよ……。いったい何がお前をそこまで駆り立てるんだ。


「では、死んでもらうぞ」


 遺言を聞き届け、トマトがもう一つのトマトを地に伏せたランディープに投げ渡す。

 放られたトマトは着弾の瞬間に黒い球に変化、ブラックホールのように全てを飲み込んだ。

 トマトってなんだっけ。

 

「君たちも無事で何より。では私はこれで」


 半ば茫然としつつも、その圧倒的な強さからトマト先輩にキラキラした視線を送っていた俺だったが、あくまでもトマト先輩は業務的。

 ランディープの消滅を確認するとたちまち光に包まれて消えてしまった。

 それに合わせ、虚空に開いた排水溝のような穴も閉じる。

 汚染されていた地下水道の景色は、汚泥の供給を失い元通りに浄化されていった。

 

「……嵐のようでしたわね」

「ああ……。一度拠点まで引き返そう」

「賛成ですわ~……」


 どっと疲れた。

 土偶のシーラもたぶん同じ気分だろう。

 俺も下半身をランディープに飲み込まれて抱き着かれた際に、だいぶ鎧を溶かされてしまった。

 HPの減少も少なくない。今回の攻略はここで打ち切りだ。

 

 ハァ、濁り水を倒して順調な攻略に喜んでいただけなのにな。

 なんかきもち悪いシスターが割り込んできたせいで台無しだよ。

 

 

 



 トマトさんマジかっけぇっす

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