第15話 vsランディープ

「ウフフ。ここ、知らない場所です。連れてきてくださった貴方にはお礼を言わなくてはなりませんね……?」


 にこにことキマった笑みを浮かべる修道服の女。

 頭巾に覆われた黄金の長髪を片手で艶めかしく弄びながら、俺に向けてなにやらぶつぶつ言っている。

 外観だけなら可愛らしい修道女だが、兎にも角にも尋常ならざる雰囲気。

 薄気味悪いうえに、どうやら敵対関係。

 月夜を思わせる深い紺色の瞳が俺をジッ……っと見つめてくるが、奴とは会話に応じずシーラに問いかける。


「おい、こいつはなんだ!?」

「とにかく敵ですわ!」

「撤退はダメか!?」

「向こうの能力で領域が閉じられています!」


 シーラが言うが早いか、排水溝から噴き出す汚泥がエリアを浸食、区切っていく。

 清潔感のあった美しい地下水道はたちまち汚濁されていき、辺りが陰惨な雰囲気に飲み込まれてしまう。

 神秘的な光を放っていたクリスタルは不安を煽るように仄かな光にまで弱まり、一帯は瞬く間に暗澹とした世界に変わった。

 戦闘用にエリアが仕切られたのか? くそ、そういうのもあるのか。

 完全なイレギュラーに付き合ってやる義理もないから逃げちまえと思ったんだが……!


「お名前。アリマさんって言うのですね……! エヘへ」

「そういうお前はシスター・ランディープ!」

 

 名前を呼ばれたから修道女の頭上の名を呼び返してやったが、こいつ、プレイヤーネームの表示がおかしい。

 黒い文字が白い光で彩られている。まるで皆既日食のようだ。

 シーラは彼女をプレイヤーキラーと称したが、プレイヤーを殺しに来たプレイヤーは名前がこうなるのか?


「来ます!」

「アリマさんっ!!! 私、本当にあなたにありがとうが言いたくって……! ウフフフッ!」

 

 シーラの呼びかけとほぼ同時。顔を紅潮させた修道女が俺の名を呼び、足元の泥から巨大な武器を引き抜いた。

 

「ドリルゥ!?」


 それは、巨大なドリルハンマーとでも呼ぶべき代物。

 長い柄の先に大きな機械構造体が繋がっており、金属の円錐に螺旋状の溝が走った切削工具が装備されている。

 要するに、ロボットとかによく付いてる岩盤でも容易くぶち抜けそうなアレだ。

 そういうのもアリな世界観だったんですねこのゲーム。

 

 とかなんとか現実逃避混じりで狼狽している内に、ランディープは修道服とミスマッチな機械槌を構え突撃してきた。

 だが、体を動かしての回避はしたくない。コイツが俺を無視して後衛のシーラの元まで駆け抜ける可能性があるからだ。

 故に俺はダメージを承知で鎧で受けるしかなかった。

 

「エヘ。わたしのはじめての"ありがとう"、アリマさんに捧げます……!」

 

 だが、棒立ちで攻撃を食らってやる義理はない。

 ギュラギュラと駆動音を掻き鳴らす機械槌を前に、足甲を使った蹴りで弾き軌道を逸らす。

 ドリルを避け機械部分を狙って蹴ったとはいえ、それでも巨大な鉄塊。

 足甲が損傷しHPが削られるが、承知の上だ。

 

「なッ……。どうして私の"ありがとう"を受け取ってくれないのですか!?」


 気味の悪い言動と共に続く機械槌の猛撃を全て蹴ってはたき落とし、肘鉄で突き飛ばして間合いを取り直す。

 即座にシーラが追撃のレーザーを放ち、ランディープはそれを駆けて避けた。

 

「何故です? 私はただアリマさんに喜んでほしくて、純粋な気持ちで"ありがとう"をお渡ししているのに……」 

 

 ハンマーを脚で蹴って弾く曲芸じみた真似は死ぬほど神経を削られる。あのドリルの破壊力じゃ一回ミスっただけで余裕で即死だ。

 鎧の防御なんていとも容易く貫通してくるだろう。

 せめて剣で防ぎたいが、あのドリルハンマーを剣で防御なんてすれば十中八九へし折れる。

 レシーとの闘いで敵の攻撃を剣で防いで失敗した経験もある。同じ轍は踏めない。

 蹴りで相手の攻撃を弾き返すのなんてぶっつけ本番だが、なんとかなるもんだ。

 

「こんなにも真摯な気持ちで"ありがとう"の意味を込めているのに、そんな……酷い……フフ」


 ランディープはなよなよとした言動でさも悲しげにしながら、遮蔽物のない水路を機敏に駆けシーラの熱線の悉くを捌き切る。

 土偶のシーラの存在は意にも介していないようで、瞬き一つしない視線はただ俺だけをずっと見つめていた。

 余裕のつもりか? ムカつく話だ。

  

 シーラの援護射撃の切れ目を見計らい、今度は俺が攻勢に出る。

 【絶】による急接近からの回し蹴り。


「ウフッ。わかりました。あなたには"ありがとう"を言われる側としての自覚が足りないのですね」


 だがコイツもまた俺の蹴りをハンマーの柄で防ぎやり過ごす。 

 初見の【絶】に狼狽えた様子すらない。かなりの肝の座りようだ。

 

「エヘへ、ちゃんと立場をわからせてあげます。"ありがとう"の受け取り方、私が教えてさしあげますね」 

 

 相手に攻撃ターンを譲らないように剣と蹴りの応酬で攻撃を続けるが、ダメだ。

 ランディープは熱っぽい視線で俺をガン見しており、防御において一切の隙を見せない。

 ちっとも有効打が入らねえ。


「エヘ、エヘ……ウフフフッ!」

「笑ってんじゃねえ!」

「わたし、はじめての"ありがとうを"アリマさんにお渡しできると思うと嬉しくって。ウフフ……」


 気味が悪くてしょうがねぇよッ! なんだコイツ!

 NPCじゃなくてプレイヤーだっていうのが尚更に鳥肌たつわ!


「さっきからなんだよありがとうを言いに来たって! 意味わかんねえぞ!」


 吠えながら回転斬りを見舞う。

 咄嗟に飛び退いたランディープを、シーラが空中で射抜いた。

 熱線はランディープの体を貫通し、上下に開いたレーザーが奴の体を真っ二つに両断する。


「やったか?!」


 空中で二つに分かたれたランディープが、濡れた雑巾のようにべちゃりと無造作に地へ堕つ。

 これは流石に仕留めたのでは!?


「ウフフ」


 ──だが。

 

「今のは効きました。でも……」


(うそだろ)


 半分に割けたランディープは、その姿のまま平然と立ち上がった。

 

「わたし、ハーフスライムなのです」


 悪い冗談も程々にしてくれ……!

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