第14話 地下水道、リベンジ
後衛ってすごい。
地下水道に踏み込んですぐ俺はこの感想を抱いた。
敵エネミーを視認したとほぼ同時に、うざったい不潔コウモリ達が俺の背後から飛来するビームによって消滅させられるのだ。
俺はぽつんと孤立したヒトネズミを蹴って斬るだけでいい。
元から不潔コウモリがさしたる脅威ではなかったとはいえ、後衛にシーラが入るだけで戦闘のペースが段違いだ。
楽、とにかく楽。考えることが少なくなった。
「アリマさんは鎧の身で奇怪な戦い方をしますわね」
「だが、これに強さを見出した」
言いながら、現われた敵の一団の懐に潜り込む。
狙いはヒトネズミ。【絶】に身を委ね、吹き飛ぶような勢いで空を舞いながら回し蹴りをぶちかまし、そのまま腕に慣性を掛けて柄の底で打つ。
続けざまに斬り下ろしてトドメ。
3体いた取り巻きの不潔コウモリは既に黒い煙を上げながら墜落し、消滅している。
土偶のシーラ、仕事が早い。
「だとしても、目を疑う戦いぶりですわ」
いや、これ本当に強いんだって。
確かにフルアーマーならどしっと砦のように構えて敵の攻撃を受け止めればいいって思うかもしれない。
でも【絶】のことを度外視しても体が軽いんだ。
気分は軽装のモンク。
帽子女との戦闘でも鎧の身を活かしたタックルは効果が大きかった。
やはり質量は力なのだ。
重厚な鎧の戦士が飛び掛かりながら蹴りを見舞う姿は確かに奇怪と言わざるを得ない。
でもこれがリビングアーマー流の戦闘術だと俺は信じてる。
それに、エトナから貰った失敗作の剣を温存したいという気持ちもある。
俺は悟ったんだ。この剣、耐久値が低い。
他の武器がどうかは知らないが、連戦を繰り返せばたちまちオシャカになる。
この剣もまた先代のようにどこかであっさりとへし折れる未来なのだ。
だがそんな失敗作の剣でも俺の最大火力。蹴りで体力を削り、剣の消耗を抑えるという狙いもある。
練習の甲斐あってかキック程度では俺のライフも削れなくなってきた。
ますます敵を蹴らない理由がなくなってきたというものだ。
「そろそろ本命が現れるぞ」
「ええ。備えておきましょう」
歩きなれたダンジョン浅部を抜け、未踏の領域に近づいていく。
どうにか突破しようと足掻いたおかげで、ヤツが出現しはじめる範囲も頭に入ってる。
「来た!」
正面から緑の水が蛇のように這って現れる。
我が天敵、濁り水よ。お前には散々煮え湯を飲まされてきた。
初見なんて攻撃が通用しなくてそらもうパニックよ。
そのときの俺の醜態はといえば、ホースから出る水に翻弄されるワンちゃんの如く。
性質の理解した後も憎々しげに睨みつけて威嚇するしかできなかった。
だが、それも今回までの話。
「いかにも、私向きの獲物ですわね」
シーラの両目が煌めき、二条の光が濁り水を突き刺す。
蹴っても斬ってもノーリアクションだった水の塊が、初めて嫌がるようにのたうった。
やはり有効! 濁り水、恐るるに足らず!
「待て、様子が変だぞ!」
しかし無防備に熱線を照射されていた濁り水に、変化が訪れる。
一団となっていた濁り水が、ワイドに体を伸ばし面積を広げはじめたのだ。
これだと一点に収束するビームではダメージ効率が悪い。
大丈夫なのか……?
「つまらない小細工」
だが狼狽する俺とは対照に、シーラは毛ほども動揺しなかった。
薄く広がりながら距離を詰めていた濁り水がたちまち淡い光に包まれる。
すると濁り水は強引に一つに纏められ、無防備に宙に浮かべられてしまった。
「焼却ですわ~」
ひと際強い光が浮遊する濁り水を照らす。
あとには塵一つ残っていなかった。
……濁り水、撃破。
「見事だ。助かった」
「他愛もありませんわね」
俺が勝手に不安がっていただけで、結果は楽勝。
得手不得手があるとはいえ、素晴らしい戦果だった。
傍らの土偶を見上げながらそれを讃える。
感情はおろか顔色さえ窺えないが、俺にはどこか彼女が得意げに見えた。
「しかし、念力も使えるのか」
「ええ。遮光器土偶の嗜みですわ」
そうなのか。でも遮光器土偶が戦うんなら念力を使えない方が不思議なくらいだもんな。
こう、土偶ってエスパー的な力は一通り揃えていそうだし。
俺が濁り水に無力なので、一切動じずに淡々を濁り水を退治してくれるシーラの安心感はすごかった。
「この程度なら他のモンスターが一緒でも難なく対処できますわね」
「頼もしいよ。これなら地下水道も難なくクリアできそうだ」
その為に彼女を呼んだとはいえ、やはりとことんまで手こずっていた難敵を鎧袖一触してくれると気分もスカっとする。
行き詰まっていた地下水道攻略に突破口が開いたことに、俺もつい高揚していた。
──だが、そんな浮かれ気分に冷や水を浴びせる存在が現れる。
「……ッ! アリマさん、戦闘用意を!」
それは、前触れも無く中空に現れた排水溝のような穴。
「なんだこれ!」
シーラがらしくもなく声を荒げたことに緊急性を感じつつも、シーラを後ろに隠すように陣形を組む。
そうしている内にも空間に開いた風穴はごぽごぽと不快な水音を立てていた。
穴は絶え間なく大量の黒い泥水を噴出し、びちゃびちゃと音を立てて地下水道の床を汚しだす。
虚ろな穴の向こう側を凝視し、俺は限界まで警戒した。
井戸の底のような暗闇の穴の奥。
黒泥にまみれてずるずると、何者かが這い出てくる。
"それ"はやがて穴から零れ出し、ゼリーにようにぼちゃりと音を立てて滴り落ちた。
そいつは糸に吊るされたような不自然な動きでぐいと体を起こし、幽鬼のように顔を上げた。
「エヘ。エヘ。まずは──ありがとうございます。はじめまして、ですよね」
果たしてその姿は、不気味に笑うシスターであった。
シーラが叫ぶ。
「──相手はプレイヤーキラー、【ありがとうの会】です!!!」
いや、ありがとうの会ってなんだよ。
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