第10話 協力関係
「見ろ。向こうに水路が続く道が見えるだろう。あっこは十中八九隠しダンジョンさ」
「それで?」
ガラの悪い姿勢で木箱に座ったままのドーリスが、擦り切れたボロ布を垂らしながら明後日の方向を指さす。
その先には道が続いており、確かに奥は入り組んだ地下水路に繋がっているようだった。
「ヒヒ、ここは入口の鍵を見つけた俺が一人で独占してる。他のプレイヤーは、まだ誰一人ここをみつけちゃいない。発売二週間たった今なおな」
ここに来たのは俺が一号でお前が二号。確かにこの水色の風船頭は最初そう言っていた。
「俺はこのダンジョンの調査と攻略する準備をしていた。作った拠点もその為さ」
そういえば高台の片隅には布テントが組み立ててあり、他にも樽やら木箱やら結構な量の荷物が積んである。
中身はさっぱりだが、ドーリスが言うようにこの広場に拠点を築いているようだ。
「あとは、攻略する人材。ヒヒ、俺はそれを探していた」
「自分で攻略すりゃいいじゃないか」
「馬鹿言え、俺は情報屋がしたくてこのゲームをしてるんだぜ」
荒事は他の奴に任せるに限る。
一層楽し気な声色で、ドーリスは風船に描かれた三日月の笑みを深くしてそう言った。
「で、攻略を俺に任せようってか」
「お前は序盤のダンジョンを独り占めできて、しかもダンジョンで得た情報を俺に売って金にできる。悪くない話だろ?」
ドーリスはなおも座ったまま、体を前のめりに倒しながら交渉を押してくる。
うまい話だ。聞けば聞くほどそう思えてくる。
ただこいつの胡散臭すぎる一挙手一投足が俺の首を縦に振らせないのだ。
これ相手が見なりの綺麗なスーツのセールスマンとかだったらとっくに了承しているんじゃないか、俺。
「俺に任せる意味が無いように思えるが」
俺はゲームを始めて間もなく、帽子女とサイコロガイコツにボコボコにされただけのひよっこだ。
こいつも俺が駆け出しだってことくらい承知してるだろう。攻略を任せるのに不安を抱くのが普通だが。
「ココの存在は知ってるヤツは少ないほどいい。イヒヒッ、お前が勝手にこの地下水道に流されてきたんだ。巻き込むのが手っ取り早いだろ?」
「確かにそうだな」
「俺にあんたを逃がす選択肢はない。あんた一人じゃキツイってんなら、俺の方で仲間を手配してもいいぜ」
「伝手があるのか?」
「俺ぁ情報屋だぜ。面子にゃ期待してくれていい。数は用意できないが、信頼できるのを紹介する」
順当に考えれば、本来攻略を頼む予定だった人物がいたんだろう。
たぶん突然俺が現れたから予定が変わったんだな。
飛び入りで俺が参加できたのは、運がいいと思っていいのか。
まあ、ここまで引っ張っておいて何だが俺に断る理由はない。
「受けるよ、その話」
「交渉成立だな、イヒヒッ」
「よろしくたのむ」
差し出された手を、握り返す。
交渉が成立して初めて握手を交わす。
なんかそれっぽくて楽しいぞ。
「さっそくだ。詳しい話を詰めようか」
握手もほどほどに、ドーリスは傍らの木箱を俺に見えるように開いた。
「まずは一つ。携帯リスポーンマーカーだ。アリマ、お前にも使用権を授けた」
「これは……この広場を本当に攻略拠点にできるのか。随分いいものを持ってるな」
箱から取り出したのは小ぶりな十字架の置物。
滝のほとりにあったのと同じく、どこがしかで死んだらこれのある場所でリスポーンできるのだろう。
メニューを開いて確認すれば、この地下水道がワープ可能地点として新たに登録されている。
これは確かにこの置物の効果だろう。
いや驚いた、こんな便利なアイテムもあるのか。
駆け出しでもわかる、これは非常にいいものだ。俺も自分用のやつが欲しい。
「情報と交友関係は福をもたらすものさ。そんなにもの欲しそうな顔をするなよ」
バレてら。
俺リビングアーマーなのに、顔に出てたのか。
「金を積めばどこで入手したか教えてやってもいいが、ヒヒ、オススメはしない。空になった宝箱に興味はないだろう?」
「ああ、遠慮しとく」
まあそんなうまい話はないわな。
使わせてもらえるだけありがたいと思っておくさ。
「そしたら次だ。これを持っておけ」
「これは?」
渡されたのは丸めた羊皮紙のようなもの。
さっそく開いてみると、内容はまっさら。白紙の状態だった。
「ダンジョンマップさ。探索すりゃ勝手に追記される。それが完成したら、俺が高値で引き取ってやるよ」
「なるほどな」
「これも同じだ。お前に預ける」
今度は分厚いハードカバーの本を渡された。例によってこちらも内容は白紙。
「こっちはモンスター図鑑だ。遭遇し、戦って行動を観察してりゃページが埋まる」
「便利だな」
「ページの進捗に応じて報酬は弾む。内容が充実してきたら、ヒヒ。期待しながら俺に見せに来い」
「こっちは返さなくていいのか?」
「本の内容は俺なら吸収や複製ができる。うちの情報屋の目玉商品さ」
なんだか非常に貴重なものを貰ったのではないか?
いや、貰ったというか預かっているだけなんだが。マップの方は完成したら売る約束になっているしな。
でも本来はゲーム初めてすぐに手に入るようなアイテムじゃないはずだ。知らんけど。
「俺の"探求者"の技能で作ったアイテムさ。よそじゃ手に入らねえ、失くすなよ」
「おう」
なるほどね。後天的な職業みたいなのがあって、アイテムとかも作れるわけか。
まあこの辺は戦闘職と生産職の違いみたいなもんだろう。
これがあるなしで攻略のやりやすさが段違いだ。
提供された3つのアイテムを思うと、こんな美味い話があっていいのかと怖くなってくる。
「さて。言い忘れたことが一つあってな?」
うわ。わざとらしい声。
おいなんだよ、凄く騙されたような気がしてきたぞ。
「アリマ、お前は大鐘楼にいったことがないんだったな」
「それがどうかしたか?」
「イヒヒヒッ。悪いが、上の大鐘楼への道は通せねぇ。ワープの登録もダメだ。施錠で俺以外は通れなくしてある」
「言ってたな、そんなこと」
「だからお前は大鐘楼のショップが使えなくなる。俺が代わりに用立てるが……少々の手数料は辛抱してくれよ、イヒヒ」
「うわ、タチ悪ぃ!」
「とはいえ長くなりそうな付き合いだ、ふざけた価格で取引したりしねえから安心しろよな、ヒャッヒャッヒャッ!」
くそ、人を食ったようにけらけら笑いやがって……。
大鐘楼っていうのが俗にいう最初の街だろ?
街のショップにはまだ一度も立ち寄れていないから、適正価格がわからんままこいつと取引しなきゃならんのか。
チクショウ、剣や鎧の買い替えとかもしてみたかったのに。
この状況じゃ卸す品もドーリスの手のひらの上じゃねえか。
とはいえ、極度に値をつりあげてやり取りしてしまえば、いつか俺が適正な値段を知って報復する可能性もある。
こいつだってそんなリスクの高い真似はしないだろうが……。
胡散臭さを風船に詰めてシルクハットを被せたようなヤツだ。
どこまで信用していいのか全然わからねぇ。
「俺が大鐘楼への道を解放するのはこの地下水道のダンジョンの解明が完了したタイミングだ」
「つまり俺次第ってことね……」
「そういうこった。話が早いじゃねえか」
俺が最初の街に行けるのは、このダンジョンをクリアしてからになるらしい。
ちょっと変則的なスタートになるが……まあ、これはこれで構わないだろう。
他の人と一風変わった攻略ルートになるが、こういうのも新鮮でいい。
そう思ったあたりで、風船頭がこれまた嫌らしい笑みを浮かべだした。
ハア、今度は何を言い出すのやら。
「だが、なぁ? そんな防具の有り様じゃダンジョンの攻略はキツイだろ?」
うわ、コイツもしかして。
「イヒヒッ、早速だ。30000ギルで武器をひとつと鎧一式を売ってやれるぜ」
やりやがった。なんちゅう白々しさ。
HP1で武器も持たないリビングアーマーがダンジョン攻略なんてできるわけもない。
約束を取り付けてから30000ギルを取り返す算段だったらしい。
この情報屋、抜け目がなさすぎるだろ。
「先に言っとくが鎧の修復も承らないぜ。そんなスクラップみてぇな鎧を直せる鍛冶、このゲームにゃ存在しないからな」
節約も許す気はない、大人しく耳を揃えて30000ギルを支払え。
ドーリスは言外にそう言っていた。
でも大丈夫。
「必要ない。武器も鎧もアテがある」
「……なに?」
だって俺には失敗作の剣をくれる鍛冶師の大天使エトナが付いているからね。
実はさっきの携帯リスポーンマーカーの登録時に、空島の滝にワープできることは確認しておいたのだ。
この30000ギルはきちんと俺の懐に入れさせてもらうぜ
「ケッ、出まかせじゃなさそうだな。……予定が狂っちまった」
こいつ、見せつけるようにわざとらしく悪態つきやがった。
いやはや、癖の強いやつと組んでしまった。
「ヒヒ、たった30000ギルでスクラップみてぇな鎧でも直せる前代未聞の鍛冶の情報を掴んじまった。お買い得だなぁ?」
あ、やられた……!
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