第9話 水の行く先での目覚め
「……ここはどこだ」
目が覚めたとき、俺はまた別の場所に居た。
ゲームが始まって間もないってのに大胆なマップ移動が多すぎやしないか?
いやまあ、今回のは自業自得なんだが。考え無しに川に飛び込んだ俺の無鉄砲さが全部悪い。
咄嗟のことだったとはいえ、反省だな。
「目が覚めたかい。ヒヒ、思ったより長かったな」
「うお。……あんた、プレイヤーか」
死角から人の声。振り向いてみれば、そいつは乱雑に積まれた木箱に上に長い手足を放り出してどかりと行儀悪く腰掛けていた。
擦り切れてコートだかローブだかわからなくなったものを纏っており、頭は水色のまんまる風船。
頭上にシルクハットを乗せており、顔にはラクガキじみた目と口が描かれている。
全然人じゃなかったわ。しかも頭だけならポップな外見なのにちょっと陰気な男声だった。
ひょろ長いシルエットの上には『ドーリス』というプレイヤーネームが表示されている。
「状況を教えてもらえないか」
「気絶っつう状態異常がある。詳細条件はまだ割れてねえが、数秒から数分の間、意識がゲーム中でスキップされる。普通はその間に死ぬんだが」
「……あんたが助けてくれたのか」
「ヒヒヒッ、そういうこった。けったいな鎧が流されてきたからよ、金になるかと思って釣り上げた」
一分の言い訳もない清々しい言い分だ。
だけどまぁ、こういう人物の方が善人ぶられるよりもよほど信用そうだな。
「悪いが鎧が本体だ。恩人と言えど流石に譲れない」
「イヒヒ、自分がどんな状態か分かってるか? そんなガラクタ誰も引き取らねぇよ」
言われて自分の種族特性を思い出し、慌てて鎧の状態を確かめる。
「ひでぇ……」
くしゃくしゃにしたアルミホイルの方がマシなレベル。
川に流されたときにあちこちぶつけたとは思ったが、まさかこんなにまでなるだなんて。
どちらかっていうと巨大な鉄塊でビンタされたみたいな惨状だ。
今の俺のHPは1です。ファック。
たぶん壁に投げつけた豆腐をスーパースローカメラで捉えたらこの無残な鎧を再現できる。
どっかでデカい何かにぶつかったのか? 記憶が飛んでるから分からねぇ……。
「それよりもだ。お前、辺りを見てみろ」
言われるがまま、自分のいる場所をぐるりと見回してみる。
俺は巨大な空間の中にいた。
上部は広場になっているが、壁面から巨大な赤錆びたパイプが無数に顔を出しており、俺たちのいる足場のずっと下へ口を開けて大量の水を吐き出している。
下部にはこれまた大きな水車が並んでおり、パイプから滝のように注ぐ水を受けて止めていた。
「すごい場所だな」
「だろう? 大鐘楼の街の地下さ。見ての通り水路が広がっていて、ここはその入り口になる」
俺たちがいるのは金属と木材を組み合わせた高台らしい。下を覗き見れば、まるで地底湖のように水が溜まっているのが見えた。
「ここの発見者は俺が一号で、あんたが二号。だから言わせてもらうが……どうやってここに流れ着いた?」
「……」
俺のいた空島は、俺以外の誰もプレイヤーがいなかった。
俺以外にゲーム開始直後に帽子女にボコボコにされたユーザーもいないって情報もある。
たぶん俺の立場は、他と違う特別な立ち位置だ。
ただの確率による偶然か、キャラクリエイト時に選んだ『お前自身』というキーワードが関わっているのかはわからない。
だが、俺はまだこの情報をみだりに人に話していい物か決めかねていた。
「言えないか。イヒヒッ、いいぜ、そんなこったろうと思った」
「すまん」
「別に責めやしねえよ。発売したばかりの、ましてこんなゲーム。誰しも人に言えない秘密の10や20抱えてるもんさ」
迂闊に口を開くべきではない。そう思ったから俺は口をつぐんだ。
そして目の前の風船頭もそれを見通したかのような調子で、ちっとも気を悪くしていなかった。
「だが、なああんた。どうだい? ここはひとつ、あんたの秘密を金に換えてみる気は無いかね」
うわっ。胡散くさ。
「ヒヒッ、まあそう怪訝な顔をするなよ。あんたにとっても悪い話じゃない」
「いまどき詐欺師だってそんなこと言わないぞ」
「まあ、聞けよ。俺はドーリス。いわゆる情報屋さ。一度やってみたいと憧れててなあ、物は試しと初めてみたら、これが存外うまくいっている」
「情報屋、ねえ」
見た目と口調も相まってすごく信用しにくい。
あけすけに物を言うやつのが信頼できそうなんて最初は思ったが、こいつの場合は外観の怪しさが突き抜けているので判断に困る。
風船に描かれているデフォルメされた笑みの表情がそれをさらに助長している。
こいつの風貌は出来損ないのマフィアのおもちゃのようだ。
「そら、胡散臭いだろう? だから客入りがいい。ヒヒ、NPCと間違えられたのも一度や二度じゃない」
「その風貌と、胡散臭さがあんたの商売道具ってわけか」
「そういうこった。気色が悪いと冷やかされた俺の下手くそな愛想笑いも、こっちじゃ"それっぽい"と評判でなぁ」
「……それ、ロールプレイじゃなかったのか」
「イヒヒッ、誉め言葉として受け取っておくぜ」
道理で貫録があるわけだ。
クツクツと肩を揺らして笑う姿は、"そういう人物"としてやたらと様になっていた。
「どうだ、命を助けられた恩返しついでに、なにか経験したことを話してみてくれよ。知らねえ話なら相応の対価は用意するぜ」
恩の話をされると弱い。あのまま引き上げてもらえなければ、鎧に錆びのようなバッドステータスが付いていた可能性もある。
いや、そんなもん存在するか知らないが。
そうでなくとも、自力じゃここまで這い上がるのに相当苦労しただろうし。
とはいえ俺もゲーム遊びたての新米。知ってる事なんて多くはないが……。
「あー……ゴロゴロ転がってくる頭蓋骨の敵と戦ったんだが、自爆してくる。お陰で武器が一つ駄目になった」
「へぇ。初めて聞くな。ほらよ。30000ギル、受け取りな」
「おい、正気か?」
笑みを深くした風船頭が、ひょいと革袋を投げ渡してくる。
ステータスを確認すれば、本当に俺は資金を30000を受け取っていた。
容易く金を渡しすぎだろ。相場はさっぱりだが、さすがに結構な額だろこれは。
本当に今の情報にこの金額の価値があるのか?
そもそも俺が嘘や出まかせを言っているとは思わないのか。
「ヒヒヒ、リビングアーマーでゲームを始めたアリマって新人、お前のことだろ?」
「……耳が早いな」
情報屋を名乗っているだけのことはある。
俺が掲示板で書き込んだのをこいつも見ていたのか?
「だから、お前がここに来たのも一つの縁だと思ってる。他のリビングアーマーは、全員詰んでデータを削除したからな……」
確かに掲示板でもそんなことを聞いた。
となると現状では俺以外誰もリビングアーマーでこのゲームを遊んでいないのか?
特別感がある一方で、一抹の寂しさも感じる話だな。
「金は受け取っておけ。真偽不明の情報にだって価値はあるもんさ」
「お前が納得してるんなら、いいが……」
いきなりひょいと金を投げ渡された俺の方がむしろ釈然としてない。奇妙な感じだ。
「それより、聞け。お前のための美味い話がある」
横柄に放り出していた脚を組み直し、風船頭が手を広げて話し出す。
また胡散臭さを醸し出してきやがった。こいつがプレイヤーだっていうのが信じられねぇ。
役にハマりすぎだろ。
「いいか? ここに来れるのは俺みたいな姑息な陰険か、お前のような僥倖なはぐれ者だけだ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、風船頭が話を続ける。
自分で自分を姑息な陰険って表現するなよ。説得力あるけどさ。
「だからアリマ。お前を見込んで話がある。……俺と組まないか?」
うわ、胡散くせー……。
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