第8話 川の流れ

 川沿いに谷底を進んでいると、ふと前方からこちらに向かってくる何かが見えた。

 その正体は、地面をゴロゴロと転がりながら猛進してくるサイコロのような角ばった頭蓋骨。

 時おり地面に引っかかってバウンドするゴキゲンっぷりだ。

 

「試し切りの時間だな」 


 あからさまに敵。しかも帽子女のあとだからかなりスローに見える。

 回転しながら突進するのになんで立方体をチョイスしたんだこのガイコツは。

 砂利を散らしながらの突撃に合わせて剣を突き出す。

 

「いっちょ上がり」


 頭蓋骨の串刺しの完成。一撃だ。 

 いやでも、序盤だしこんなもんか。

 あの帽子女がイレギュラーだっただけかと思いながら、剣で刺したガイコツを眺める。

 倒したのに消えねぇ。

 こういうゲームじゃ普通、やられた敵はポリゴンのように散っていくもんじゃないのか。

 ──なんて思っていたら、頭蓋骨がカタカタと震えだす。

 内部から眩い光が漏れていた。

 

「っ自爆──!?」


 慌てて剣を振りぬき、突き刺した頭蓋骨を吹っ飛ばそうとするも間に合わず、頭蓋骨が一人でに爆砕。

 鋭い骨片が飛散し、ろくに身も守ることもできずに直撃してしまう。

 

「……大したダメージではない、か」


 が、HPの減少はほとんどなかった。

 装備している鎧の防御力の高さが幸いしたようだ。

 これがリビングアーマーじゃなくて鎧を装備している人ならノーダメージで済んだんだろうな……なんて思うと哀愁が漂うので、もう考えない。

 とにかくフルプレートアーマーの面目躍如だ。

 まさかいきなり自爆型の敵が出てくるとは思っていなかったが、最初の串刺しは対処として悪くないはず。

 次はもっとうまくやれる。

 決意を新たに変なバッドステータスをもらってないかチェックをしていれば、また奥の方からゴロゴロと転がる音が聴こえてきた。

 新手だな。自爆するとわかっていれば怖くない。同じように串刺しにして経験値の肥やしにしてやろう。


「って多すぎやしねえか!?」


 地面を埋め尽くすような四角い髑髏の大群。

 いくら防御力に自信があるたってこの数はどうにもならねえ!

 ひょっとしてさっきの自爆に味方を呼ぶような作用もあったのか?

 爆発する前に追撃して息の根を止めるのが正しい答えだったかもしれん。

 いや初見でそこまで対処できねえよ。

 

 くそ、逃げるべきかとも思ったが、後ろは袋小路。

 もしも滝裏の洞窟まで逃げても、万が一この量の自爆ガイコツが追跡してきたらエトナを巻き込むことになる。

 そしたら最悪だ。

 NPCだから死なないなんて確証のない願望に掛ける気はない。

 だから──川に飛び込む!

 こうすりゃ地面を転がって移動する髑髏からは逃げられるはずだ。

 どうだ機転を利かせてやったぞと息巻いていると、鎧の隙間から空気が泡となって漏れ出し始めた。

 空気に代わり、川の水が鎧の内部へと流れこんでくる。

 あれれ? 体が思い通りに動かないぞう?

 

 失敗を悟るも、時すでに遅し。

 川の水流によって鎧の身体が流され始める。

 しかも想定より流れが速い。

 とにかく体勢を立て直そうと川底に剣を突き立て、体を引っ張り寄せようとして──剣が折れた。


(ナンデ!?)


 エトナにもらったばっかりの剣があっさりと逝ってしまわれた。

 髑髏を剣に差したまま自爆されたのがいけなかったのか。

 支えを失い身体が激流に流される。

 視界がぐるぐると回転し、天も地もわからなくなっていく。

 幸い呼吸には困らないが、流されながら体をぶつけるたびにゴリっとライフポイントが削れるのが見える。

 なんの抵抗もできないまま、これはもう一回デス入るかな……などと考えていると、急に体が浮遊感を覚えた。

 体が水中を脱した感覚。だというのに、この身は依然として急流に流されている。

 目を回しながらも何とか平衡感覚を取り戻し状況を確認。

 一瞬だけ映った景色を見て驚愕とともに理解した。

 

 一面の青空。白い雲。空に浮かぶ巨大な大地。


(俺がいたの空島だったのかよ!?)


 そして今、俺はその空島を流れる川を天空に放り出す滝から落ちている。

 そういうことらしい。

 

 幻想的な光景を目に、俺は死を受け入れた。

 



 ◆

 

 

「雑魚どもが、てめぇらとはカルシウムの質が違ぇんだよ!」


 地下墓地。

 そこでは一体のガイコツが無数の同じガイコツに囲まれていた。

 なだれ込むように殺到する骨の大群を、しかし中央のガイコツは次々と迎撃。容易く捌き切っていた。

 武器はない。骨の拳で以って襲い掛かるガイコツ共を打ち砕いているのだ。

 

「フン。軟弱な骨密度しやがって」 

 

 中央のガイコツがあたりのガイコツ達を片っ端から粉砕して回る。

 始めは襲われて迎撃していたガイコツも、いつしか襲い掛かる側へと立場が変わっていた。

 明らかにこの個体──否、プレイヤーだけが他の有象無象のガイコツよりも強力だった。

 

「やはりスケルトンの真髄はカルシウムにある。特化するのでなければ、目先の高い魔法適正に飛びつくべきではない」


 wikiのオススメビルドを修正しなくては。

 バラバラに砕けた骨の残骸を踏みにじり、ただ一人勝ち残った強力なスケルトンは独りそう呟いた。

 そのままぶつぶつと脳内を整理するようにうわごとを続けるガイコツ。

 やれあっちの記述は入門者の参考になるから残しておくの、やれこの部分は懐疑的なので添削した上で参考程度にどうのこうの。

 自分の世界に入り込んでしまった彼は、誰もいなくなった墓地をぐるぐると歩き回っていた。

 

 ──だが、突如発生したゲーム内での事件が彼の意識を呼び覚ます。

 

「……鐘の音?」


 それは、前触れも無く地下墓地に響いた大きな鐘の音色。 

 ガイコツは怪訝そうに天を仰ぐ。 

 分厚い大地の層を通り抜け、地下墓地全体に荘厳な鐘の音が響き渡っていた。

 

「鳴ったのか、大鐘楼の鐘が……」 


 始まりの街、大鐘楼。

 その中心に鎮座する天を貫く白亜の塔は、最上階に至る道が無い。 

 その高度は摩天楼の如くであり、上層は下へと叩き落とすように吹き荒れる激しい暴風雨によって飛行もよじ登ることも困難とされている。

 今なおその頂上に至ったものはおらず、『大鐘楼』の名が示す鐘を目にした者はまだいない。

 その鐘を、どうやら誰かが鳴らしたらしい。


 やがて、ログインしているすべてのプレイヤーの元に一つのテキストメッセージが届く。

 

 【『再誕祝い』の鐘が鳴りました。死徒の皆さんに福音が贈られます】

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