第7話 装備修理
「すげ、完全に元通りだ」
「造作もない」
情報収集もそこそこに再ログインしてみると、無残に歪んでいた俺の鎧は新品同然に修復されていた。
エトナはとっくに作業を終えており、金槌を置いて今度は大きな刃を砥石で研いでいた。形状から見て斧の頭の部分だろう。
鉄を叩いていた時と異なりバンダナは解いてあり、白い髪が露わになっていた。
ゲームとリアルでは経過時間が違う。ゲーム側の方が密度が濃い。
この仕様を上手く利用できたみたいで、防具の修復を待たずにすぐゲームを再開できた。
とはいえ、どれくらい時間が掛かるのかはそのうち調査しておきたいな。
リビングアーマーという種族の都合上、かなり重要度の高い情報だ。
しかし、今はそれよりも直してもらった防具の具合が気になる。
「まるで時間が巻き戻ったみたいだな」
鎧と兜を装備しながら調子を確かめていたが、修理は完璧だった。
「当然。まだ生きていたから」
「武具に生き死にってあるのか?」
「ある」
そういえば初めに俺の折れた剣を見たとき、エトナは俺の剣に死亡宣告をしていたっけ。
でもぱっくりと亀裂が入った兜は大丈夫だったんだよな。判断基準がさっぱりわからん。
「死んだ武具は役目を果たせない」
「役目ってなんだ」
「多岐に渡る。剣であれば、攻める力」
エトナはこちらに見向きもせず、斧の刃先の研ぎ具合を確かながらそう言った。
思い返せば、折れた剣の攻撃力が2まで激減したのがそれに当たるのか。
じゃあ防具が死んだら防御力を貫通してHPが減るとかになりそうだな。
まあリビングアーマーは常時鎧で防御してもHPが減るんですけどね!
「私の打った武具は」
エトナは俯いて刃を指で撫でながら、小さな声でつぶやいた。
「初めから死んでいる」
それは、諦観を抱えた声だった。
思い当たり、貰った剣のステータスをチェックしてみる。
攻撃力は2──ではなかった。予想が外れたな、20もある。
俺の予想じゃ死んだ武器は全部攻撃力2になると思ってたんだが。
この値は試し切りもまだなので高いか低いかはわからない。
でも、死んでる割には高くないか?
「正確に言えば、生きてすらいない」
「詳しく聞かせてくれ」
「命ある武器からは、力を汲み取って自らの身に降ろすことができる。それができない」
ふむ。要するにメタく言い換えると武器自体にスキルがセットしてあるってことだな。
そんでエトナからもらえる武器にそのスキルは備わってないと。
まあゲーム開始してすぐ会える鍛冶屋なわけだし、それくらい妥当じゃないか?
「命なき刀剣は、既にそれだけでよい武器たりえない」
それを言うエトナの表情は、心なしか悲しげだ。
鍛冶一筋な彼女からしてみれば、打った武器に命を吹き込めないという事実はかなり重くのしかかってるんだろう。
命のある武器を打つというのが、この世界における鍛冶師としての到達点なのかもしれない。
俺の方で何かアクションしたら何か現状を変えられるのだろうか。
このゲームなら、その可能性は高い。
「命ある武器を打てないのに、何か理由があるのか」
「わからない」
「特別な素材が必要な可能性は?」
「ゼロではない。でもありふれた剣から力を汲み取れることもある」
ふむ。さっぱりわからん。現時点じゃどうしようもなさそうだな。
聞いてる分にはレアドロップとかボス武器限定の機能っぽいが。
このあたりは焦らなくてもゲームを進めていくうち必然的に遭遇する要素な気がするな。
「命ある武器とやらが手に入ったら持って来よう。何かわかるかもしれない」
「……」
それを聞いたエトナの目は懐疑的だった。
お前に何のメリットが? とでも言いたげだ。
「礼だよ。これからも世話になるつもりなんだ、これくらいはする」
「……そう」
彼女の為になることなら何でもやっておきたいというのが本音だ。
だって彼女、俺の命綱だもん。
エトナに鎧を直してもらえなくなったら本当に終わりだぞ。
ゲーム開始まもないが、確信を持ってそう言える。
「……でも、私は、鍛冶しか知らない」
「ん?」
とかなんとか思っていたら、珍しくエトナがこちらを見ながらしずしずと喋り始めた。
エトナの方から声を掛けてくれるとは、これまた珍しい。
というかこれが初めてじゃないか?
「できるのは、ここで金槌を振るうことだけ」
「ああ。かなり助けられている」
金槌を振るうだけなんて言ってるが、エトナは防具を修理してくれて、失敗作の武器までくれる。
こんなにありがたい話はない。
文句なんて言ったらバチが当たるね。
これ以上望むもんなんてないだろう。
「……。私は、いま以上の仕事はできない」
「ふむ」
「貴方は戦人。やがて……貴方の役に立てなくなる」
安定の口数の少なさだが、要するにエトナは今後も現状の失敗作続きの鍛冶練習と防具修理しかできないということか?
近い将来より腕の立つ他の鍛冶師と懇ろになるのだから、わざわざエトナを鍛冶師として頼るのも今のうちだけ。
どうせ未熟な鍛冶師なんてやがて切り捨てる存在なのだから、律儀に礼として俺がエトナの力となれるよう努力なんてする必要もないと。
「そうは思わん」
今後より強い鎧やスペアの防具を入手したとしてもエトナとの付き合いはずっと続くはずだ。
他の種族ならいざ知らず、リビングアーマーで防具の使い捨てなんてもっての他。
こんな序盤に鍛冶師がいる以上、他の鍛冶師にまたすぐ会えるとも思えない。
プレイヤーの中にも鍛冶職はいるのかもだが、俺の交友関係じゃ候補にできないし。
というかもうアレだ、馴染みの美容院や床屋でしか髪を切りたくないというマインドに近い。
最初に武器と鎧を預けたのがエトナだったから、これから先もエトナがいい。
俺は割とこういう気持ちの問題を重視するほうなので、将来上位互換の鍛冶師と出会うようなことがあっても鍛冶仕事はエトナに頼みに行くと思う。
たとえ非効率でも、自分の納得のために必要なことだ。
「もう行くぜ。俺は街を目指す」
自分から言い出しておいてなんだが、照れ臭さでいたたまれなくなったので俺はこの場を後にすることにした。
「また来る」
背中にエトナの視線をひしひしと感じるが、気づかないフリだ。
別に振り向いたところでこれ以上言いたいことなんて無いしな。
去り際の戦士が鍛冶に掛ける言葉なんて『また来る』だけで十分だろ。
うねる洞窟を抜けてまた滝のある沢まで戻る。
ここから行く道は、川に沿って下るだけ。
盾は失ったが、鎧は元に戻り、新たな剣も手に入った。
ゲーム開始直後からひどい目にあったが、やっとまともな冒険ができそうだ。
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