第4話 こんなデスペナルティはいやだ

 目が覚めたとき、俺は大きな滝のある沢のほとりにいた。

 傍らには木でできた十字架の墓標がある。割り箸で作ったみたいな粗末なディテールだ。

 たぶんこれがリスポーン地点を示すオブジェクトなんだろう。

 

 辺りは六角形の石柱を寄せ集めたような造形の岩壁に囲まれており、崖の上には木々が見える。

 頭上はゲームを起動して以来初めての蒼天だった。

 さっきまでいたのが閉塞感のある遺跡内だっただけに、一層と爽快感を感じるロケーションだ。

 

 にしても、リスポーン地点はあの水に濡れた石棺の円形広間ではないらしい。

 思い返せば、あの場には外につながる道なども見当たらなかったしな。

 ひとつ気がかりなのは、あの帽子女との勝敗。

 

 俺は結局一撃も有効打を与えられなかったから勝機はさっぱりだが、ゲームが超絶得意な人なら勝てたのだろうか。

 ゲームからログアウトしたときにでも掲示板で聞いてみよう。案外勝利した猛者とかいるかもしれない。

 もう俺は再チャレンジできないっぽいから諦めるしかないが、ちょっと気になる。

 まあ、あの帽子女とは今後リベンジする機会があるだろう。最後にそれっぽいこと言い残していたし。

 

 そんなことより、今俺はもっとヤバイことに気が付いてしまった。

 ライフポイントだ。リスポーン直後なのに、一割も残っていない。

 ただ、心当たりはある。それを確かめるため、川の岸まで近づいて恐る恐る水面に自分の姿を映してみた。

 

「マ、マジか……」 

 

 こういうとき、合っていてほしくない予想ほどよく当たるものだ。

 目に入ったのは斜めにぱっくりと破断した兜。胴の鎧も無残なまでにひしゃげたまま。

 

「鎧ってデスポーンで直んないんだ……」

 

 身に覚えのない兜の方の傷は、トドメを刺すときにやられたんだろう。

 防具の状態がライフポイントに直結するリビングアーマーは、一度敗北を喫するとこういう目に合うらしい。

 え? トカマク社さんなんでこんなデスペナルティのあるクソ種族初心者におすすめしたんですか?

 

 もちろん片手剣は折れたまま。ステータスを確認すれば、攻撃力『2』という憎たらしい値が表示された。

 初期装備だった盾は当然のようにどこにも無い。当然だが、あの戦いでロストした判定になったようだ。

 思わず『詰み』の二文字が頭に浮かぶが、慌てて振り払う。

 早まるな。逆に考えろ。代わりの装備があればいいんだ、そしたら体力だって全快する。

 

 帽子女との戦闘で自分の体の勝手はなんとなく掴めた。

 リビングアーマーという種族は、言わば防具にだけ触れられる透明人間。手甲越しでないと剣も持てない。

 ゲーム的にどういう処理されてるかわからんが、身に着ける防具を一新すればHPも回復すると思う。

 ていうかこれ一応オンラインゲームのはずなんだけど全然他のプレイヤーが見当たらない。

 最初の街に行ったら人がいるかな? で、その最初の街ってどこよ。 装備の新調(HP回復)もそこでしたいんだけど。

 だめだ、全然情報がねえ。とにかくそこら辺ほっつき歩いて探索するしかなさそうだ。

 

 とはいえ周囲は切り立った崖ばかり。よじ登ってみようかとも考えたが、足元にはどこもかしこも丸みを帯びた岩がごろついている。

 しくじって落下したら受け身どころではなく、あっさりもう一回死ぬだろう。

 そしたら次はもっとHPが低下した状態でのスタートになるはず。さすがにそれは避けたいので、崖のぼりは無しの方向で考える。

 

 鎧の身で滝登りなんてもってのほか。だから必然的にこの川沿いに谷底を下っていくしかないわけだが、その前に。

 

「滝裏チェック!!」

 

 飛び石を渡って滝の裏を覗き込みに行く。

 こういうところには大概なにか隠されているもんだ。

 

「──ビンゴ」


 大当たり。滝の裏には洞穴が続いていた。

 躊躇うことなく、意気揚々と洞穴を突き進む。光源はないものの、多少薄暗い程度で視界不良にはならない。

 たぶんゲーム的に遊びやすいように配慮してあるんだろう。それかリビングアーマーという種族に暗視能力が備わっているか。

 現段階だと判別がつかないが、この辺は後々誰かとパーティを組んだら明らかになるだろうな。 

 

 さて、滝裏は軽い窪みがあって宝箱があるくらいを予想してたんだが、洞穴は想像以上に深い。

 こんな状況になって初めて自覚したのだが、この鎧の体は一歩歩くごとにカチャカチャと音が鳴ってしまう。

 死ぬほど隠密行動に向いていない種族だった。

 仕方がないので身を潜めるような真似は初めからしない。

 なにか怪物チックなのが飛び出して来たら、即反転して猛ダッシュして逃げるつもりだ。

 そんな心構えで蛇のようにうねる洞穴の奥へと進んでいくと、背後で反響する滝の音とは違う別の音が聴こえてきた。

 立ち止まり、耳を澄ませて音の正体を探る。

 

(金属音だ)


 キン、キン、キン。音は等間隔で規則正しく鳴っている。

 意を決して更に踏み込めば、洞窟の奥の曲がり角から橙色の光が漏れているのが見えた。何者かが火を使っている。

 炎の生み出す熱気がこちら側まで伝わってきていた。

 

「誰かいるのか?」


 返事はない。 

 俺はじれったくなって、今までの慎重さが嘘のようにずんずんと奥へ進み、その目で音の正体を確かめにいった。

 金属音は止まない。

 

(……これは予想外)


 果たして、曲がり角の先は作業場になっていた。

 暖色の光を放つ炉、水を張った木桶、几帳面に並べられた黒鉄の工具。

 鍛冶のための工房がそこにはあった。

 その中央では鍛冶師が赤熱した鉄棒にハンマーを一心不乱に振り下ろしている。

 鍛冶師は作業場に身を晒した俺を一瞥することさえしなかったが、逆に俺はその姿を見て息を呑んだ。

 

 なぜなら、そいつの顔が常人とかけ離れていたからだ。

 人ならざる青ざめた肌、赤い鉄を映したたった一つの巨大な瞳、結んだバンダナから飛び出る真白い髪。

 飛び散る火花から身を守るために作務衣のようなズボンと厚手の前掛けをしているが、上半身はその下にサラシを巻いたのみ。

 大変女性的で豊かな胸が側面から露出しており、青い肌の表面には熱気故か汗の粒が浮かんでいる。極めて刺激的な外観となっていた。

 スレ民に知れているのなら、スクショ祭り待ったなしだろうな、こりゃ。

 

 鉄の音は滝の音に掻き消されて聞こえなかったし、実質ノーヒント。

 さっそく隠し要素に遭遇できたらしい。

 この段階で鍛冶師と出会えたのはかなりの幸運だ。

 武器や盾、鎧を新調できるチャンスだ。馬鹿正直に川を下って探索していたら、折れた剣で探索するしかなかった。

 

「いきなりで悪いが、頼みが──」 

「話しかけないで。仕事の邪魔」 

 

 ちょっと待って。

 え? コミュニケーションむずくね?

 VRゲームのNPCが現実の人間と遜色のないレベルで人格を再現できる域までAIが発展したのはもはや常識。

 でも耳触りの良い柔らかな女声でこんな冷たくあしらわれると普通に傷つく。

 取り付く島もなく一蹴されてしまったが、生憎と俺はここで引き下がるわけにはいかない。

 かといって強引に会話を続けようとしたらきっと友好度が地に落ちる。適切な距離感を探らねば。

 

「いつ終わる?」

「日没と同時」


 よし、待とう。

 

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