第5話 気難しいNPC

鍛冶は本当に日没と同時に終わった。

 それまでの時間何をしていたかというと、壁に背中を預けてじっと鍛冶の見学だ。

 俺の鎧ボディは動くと物音が酷い。だから身じろぎ一つせず、インテリアのように過ごさせていただいた。

 鉄塊が一つの刀剣に生まれ変わっていく様を眺めるのは結構楽しくて、案外退屈しなかった。


「それで?」


 一つ目がじっとりとした視線で俺を睨みつける。

 瞳は薄桃色と群青色が混ざり合った、日没の東の空のような不思議な色をしていた。

 無口、無表情、無感情、ついでに声のトーンまで無抑揚。無い無い四拍子の使い手だ。

 やたらとエモーショナルな人間性をプッシュしてくるNPCが氾濫した昨今、まさかの真逆からのアプローチ。黎明期だってこんなに酷くない。

 こんな無機的な彼女からは、だからこそ不思議な人間味を感じる。この辺はトカマク社の技術の妙が光る。

 俺の希望的観測込みになるが、無愛想な口調と持ち前の無表情でキツく感じるだけで、本当に邪険にされているわけじゃないと思う。

 

「剣と鎧を修復してほしい」


 俺は彼女と話すのに無駄に言葉を飾らず、単刀直入に頼みを言うことを選んだ。

 初対面のときから、この一つ目の鍛冶娘からはストイックな職人らしさを感じていたのだ。

 だから美辞麗句を重ねておだてるような事をしても逆効果だと思った。 

 鍛冶娘の視線が、ゆっくりと俺の手にある折れた片手剣に移っていく。

 彼女は物言わず、剣を凝視されたままの時間が続いた。

 

「できない。その剣は死んでいる」


 悲報、俺の初期武器死刑宣告されるの巻。

 まあ攻撃力2しかないもんな。

 何かひとつ褒めるところがあるとするならば、へし折れた刀身の断面が美しいことくらいだな。完全にあの帽子女の実力ありきだけど。

 残念ながら、ここで俺の剣が復活というわけにはいかないようだ。

 

「あなたは」

「うん?」

「無様に負けた」

「えっ」


 グエーッ!? なんか急に精神攻撃されたんですけど!?

 くそ、完全に事実だから反論の余地がねえ。余計なことを口走ったら全部クソださい負け惜しみになっちまう。

 まあ鎧がこんなベッコベコにへこんでるんだから、俺が誰かにボロ負けしたことくらい分かるわな。

 その上で、切り落とされた刀身から俺が戦った相手との実力差を見抜いたのか。

 相手は鍛冶師だ。武器の具合ひとつ見るだけでも、独自の視点から多くの情報を得られるんだろう。

  

「使って」

「……いいのか?」 

 

 差し出されたのは、ついさっき完成したばかりの剣。

 鈍い銀色をした片手剣だ。刻印や装飾は一切ないが、いい剣に違いない。だって刀身が半ばで折れてないもん。

 

「失敗作」

「それでも、ありがたくもらっておこう」 

 

 いやガチでありがたい。

 たとえ失敗作とて、折れた剣の攻撃力2は超えているだろう。

 しかも折れてないからリーチも長い。

 こちとら全身デリケートなリビングアーマー。拳で殴って手甲が歪みでもしたら自傷ダメージだからな。

 健全な剣がどれほどありがたいことか。

 

「鎧も頼めるか」

「勝手に置いておけばいい。勝手に直す」


 大きな瞳を逸らして、ぶっきらぼうにそう言ってくれた。

 ふむ。可愛い。

 さてはこいつ天使だな?


「どうしてそこまでしてくれる?」


 率直な疑問だ。鍛冶師を見つけたときは喜んだが、実は俺はまだこの世界の通貨を持たない無一文。

 替えの剣や修復を頼むにも金銭を持たない以上、どうにか工面して出直す必要があると踏んでいた。

 ところが蓋を開けてみれば、なんと好意で対価もなく新品の剣の贈与に加えて鎧の修復まで請け負ってくれるというではないか。

 タダより怖いものはない。せめて理由くらいは知りたいものだ。

 そう問いを投げかけてみると、彼女は俺を凝視したまましばらく静止し、それからゆっくりと口を開いた。


「……生まれた意味。再誕に至る手段。死の在り処。みんなそれを探している」


 おお、初めて世界観に触れる言葉を聞いた。確かに説明書にもそんな感じのことが書いてあった。

 確かプレイヤーを含めたこの世界の住人みんながそれを求めているんだっけか。


「あなたもその一人」

「そうだ」


 迷わず首肯する。

 メタな話になるが、プレイヤーである以上そういうのを探すのが目的だからな。

 

「私は違う」


 いや一蹴するんかい。

 

「鉄さえ打てれば、それでいい」 


 まあまあ衝撃発言だぞ。でもそういえば、説明書には死徒は人間のような営みをしていると書いてあった。

 この世界の住人も全員が全員、死を求めて活動してるってわけじゃないのか。 

 中にはこんなストイックな気質のやつもいるんだな。

 しかも鍛冶という方面で、だ。

 

 リビングアーマーの俺にとって大変ありがたい人物とこんな序盤の内から邂逅できたのは、トカマク社の優しさなのか?

 難しいゲームは、だからこそ飴と鞭の加減が絶妙でなくてはならない。

 ただしその飴をノーヒントで滝の裏に隠すのはトカマク社ならではだ。

 うっかりスルーしてたらどうすんだ、マジで。

 ともかく、彼女との縁は大切にしようと思う。

 

「礼を言う。あんたと出会えて良かった」

「いらない。これしか能がない」

「俺に必要な存在だよ。なあ、名前は」

「エトナ」

「俺はアリマ。今後ともよろしく、エトナ」

「用が済んだら、とっとと出て行って」


 鍛冶娘あらため、エトナはぶっきらぼうにそう言い放った。

 親しみもクソもない言い草だが、俺が鎧の修復という回復手段を持たない現状、絶対に当分は世話になる。

 良い関係を築けたかはわからんが、敵対せずに済んで一安心といったところか。

 装備中の兜と胴鎧を外して炉の傍らに置く。

 今の俺は手甲と具足だけが浮遊している状態だ。

 ……この状態も強いんじゃね? と思ったが、防具を外してから体力の最大値がごっそり減っている。相応のデメリットはあるらしい。

 このまま姿で探索をするのは、まだやめておいた方がよさそうだ。

 

 エトナがどれくらいで修理してくれるかわからないし、区切りが良いからこの辺りで一度ログアウトしてしまおうか。

 どうせ掲示板で情報収集もしたいと思っていたところだ。

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