第2話 生まれた意味を教えてください

『生まれた意味を教えてください』

 

 まだ意識だけの状態だってのに、字面の圧力が凄まじいので思わず体を反らそうとしてしまった。

 

 突然このメッセージが出てきたときはすわ何事かと思ったが、どうやら早速キャラクタークリエイトの時間らしい。

 気を取り直して見てみれば、俺には操作キャラの素体がいくつかの選択肢として提示されていた。


 用意されているのは人型、獣型、蟲型などなど。思っていたより数が多い。初めに大雑把な方向性を決めるらしいが、この時点でかなりバリエーションが豊富だ。

 人外キャラを操作できるという斬新な要素を目玉にした以上、キャラクリの自由度で手を抜くはずもないか。

 だが、俺はこのゲームを人型で遊ぶと決めていた。

 

 そう、このゲームは人外も作れるというだけで、人型のキャラクターもちゃんと作れるのだ。

 誰も彼もが好き好んで怪物に生まれ変わりたいわけでもない。

 いや、興味がないと言えば嘘になる。

 公式がいかにキャラクリが自由なのかを喧伝するために、社員が制作したキャラクターのヴィジュアルを公開していたのだが、そこで見た三枚のスクリーンショットが想像を超える完成度の代物だったのだ。

 

 一枚目、右肩だけに純白の大翼を持つ七本腕の山羊頭の天使。

 一番手からして冒涜的な容姿だ。首から下の女体が妙に肉感的なあたりに製作者の度し難い性癖が見え隠れしている。

 矛盾した言葉になるが、スタンダードな異形だった。

 モンスターというよりかは、クリーチャーと表現したほうが的確だろうか。

 七本の腕には剣や杖、ボウガンなど多様な武器を装備しており、多腕のキャラが複数の武器を同時に身につけられることを示していた。

 

 二枚目、魔剣。

 なるほど自由とはそういうことかと納得させられる姿だ。 

 この剣が武器ではなくキャラクターだというのだから、これを操作できるゲームなど他にない。

 全身を使った攻撃はもちろん、きっと魔法による支援攻撃もできるのだろう。それどころか、ほかのプレイヤーに直接振り回してもらうこともできそうだ。斬新すぎる。

 わざわざこんなキャラを創るやつがいるのかとも思ったが、好きな外見の武器を創れるという意味でもあるわけで、需要はあるかもしれない。


 三枚目、トマト。

 どうやらトカマク社のスタッフの中にも馬鹿野郎が混ざっているらしい。

 げに恐ろしきは、トマトの周囲にトマトの名残がある刀剣が浮遊していること。スクショのみで詳細は一切明かされなかったものの、当然掲示板でかなり物議を醸した。

 こいつの存在によって、一部の特異な種族は何か固有魔法を行使できるのではと予想されている。

  

 自由という言葉にも限度があるだろというのが俺の初見の感想。特に三枚目。

 異形の操作可能を発表したころには作れてもスケルトンやスライム、ガーゴイル程度だろうという意見もあったが、トカマク社はそんな意見を僅か三枚のスクリーンショットによってぶち破った。

 このトカマク社員が制作したキャラクターたちは何らかの形でゲーム内に登場するらしい。詳しいところは伏せられたままだが、個人的にはトマトの立ち位置が気になるところではある。

 

 至難に思えるキャラ作成だが、実際はアバター作成の初心者であっても多種多様なプリセットが用意されているため、それらを駆使すれば容易にありとあらゆるクリーチャーが作れる。

 一枚目のスクショで半魔物の女性キャラを作れることが明らかになったため、掲示板等ではハーピーやアラクネ、ラミアといった俗にいう魔物娘を作ろうと息巻いている勢力も見受けられた。

 しかもこの勢力、どうやら規模が大きそうである。ゲームで遭遇することも多くなるだろう。

 閑話休題。

 

 俺が作ったキャラクターは、フルプレートアーマーの騎士。

 ひとりでに動く中身の無い鎧だ。所謂リビングアーマーというやつだった。

 

 鎧の外観に特筆すべきところはない。THE・鎧って感じの外観だ。

 上から下までねずみ色の金属製で、薄い金属板でも防御力を高めるために曲面の多い構造になっている。

 おしゃれな紋章の入ったサーコートとかはない。でもこれでいい。質素だからこそのかっこよさだってあるものだ。

 

 ちなみにわざわざリビングアーマーにした理由は、公式で初心者はこれがオススメって言っていたから。

 ……笑うな。俺は真面目なんだ。

 

 ゲームの遊び方は人それぞれ。俺がこのゲームに求めることは、怪物になって暴れる快感ではない。

 没入型VRRPGを楽しむことだ。

 だってファンタジーを攻略するのは、やっぱり騎士じゃないとな。

 

 ただこのリビングアーマーという種族、装備アイテムがそのまま自身のキャラクター外観となる都合で、この『Dead Man's Online』最大の売りである自在なキャラクリ要素をドブに捨てる行為だったりする。

 いわゆるデフォルトキャラというか、勇者の名前を『ああああ』に設定するような情緒の無さがあるわけで……。

 ……ええい、揺らぐな俺の決心よ! どうせゲームを始めてみれば周りのプレイヤーはゲテモノばかりだ、普通だって立派な個性になる!

 

 やっぱりもっとグロテスクな怪物のほうが……という俺の未練を断腸の思いで振り切り、キャラクターの作成を完了する。

 プレイヤーネームは『アリマ』に設定した。有馬、という自分の苗字をカタカナにしただけの安直な命名だ。

 でも俺は小さいころからゲームをするときはずっとこの名前にしてきた。

 ゲームのキャラに自分の名を直接つけることに恥ずかしさもあるが、一番感情移入できる愛着のある名前だった。

 そして。

 

「きたな。これが──」


 最後にもうひとつ。『Dead Man's Online』はキャラクタークリエイトの終わりに『最後のよすが』という要素を設定することができる。

 

 死んでも生きてもいない死徒たちがこの最後のよすがを忘れたとき、正気を失って見境なく暴れる『魔徒』と呼ばれる存在に堕ちる……というのが公式からの設定。

 ずばり自分の作成したキャラの、根幹の要素だとか。キャラクリの最後に加えるエッセンスのようなものだ。

 

 これは概念的なキーワード群からひとつだけ設定することができる。

 発売前の紹介では、『憧憬』『望郷』など異形の存在に与えるには妙に深みのある語群が揃っていた。

 

 ここで選択したキーワードでなにがどう変わるのかは、現段階では完全に謎。まあ、自分の作ったキャラに相応しいものを選択するのが無難だろうな。

 俺がゲーム入手前に指をくわえながら眺めていた掲示板にはお淑やかで見た目麗しいシスターに『破壊』の二文字を与えると宣誓していたやつもいた。

 そういう風にあえて外観と真逆のコンセプトを選んでギャップを愉しむやり方もあるだろう。

 しかしなんだかステータスの伸び率に影響を与えそうな感があるが、本当にいいのだろうか。いや、件の聖女はそれが本望なのか?

 

 まあいい、ともかく今は俺のキャラだ。

 どうやらワードがランダムで一つだけ表示され、気に食わなかったら再ロールという方式らしい。

 今出ているワードは『怨嗟』。

 せっかくのナイトがそんなコンセプトで動いていたら嫌だよな。というわけで再ロール。


 今度は『忠誠』。悪くはないが、誰に仕えてるわけでもないしちょっとイメージがない。もう一度。

 次、『反逆』。反逆する騎士とか解釈違いなんで。

 次、『憤怒』。キレんな。

 次、『愛欲』。えっちなのはいけないと思います。

 次、『後悔』。……ちょっと待って、これ長引くやつだ。

 

 でもこういうのって後から変更できないんだよなぁ。 

 とっととゲームを始めたい気持ちもあるが、妥協するとあとで後悔するのが目に見えている。

 キャラクリに時間を掛けなかった分、こっちに時間を割くのも悪くないだろう。

 よし、納得いくまでやろう。

 

 

 ……と、いうわけで再ロールを繰り返すことしばらく。

 ネタに走ったキーワードからシリアスな過去を予感させるようなものまで色々あった。

 けれども、これしかないという自分が心の底から得心できるものになかなか出会えない。

 なまじ時間を掛けてしまったばっかりに、どんどん自分の中でハードルが上がっていくのだ。

 そもそも自分の中で答えが無いものなのに、妥協をしないという姿勢自体が間違っていたのも知れない。

 やるならせめて、あの掲示板の『破壊』を求める聖女のように明確なゴールを定めておくべきだった。

 ずっとやっていると、そんな風な後悔が脳裏をよぎり出す。

 どうせ詳細不明の謎要素だし、いい加減適当なやつでもいいか。なんて、そう思い始めてからかなり経っている。

 どうしても決めきれないのだ。

 そうやって、優柔不断に死んだ目で再ロールを繰り返し続け─

 

 『お前自身』。

 

 このキーワードが現れた。

 二字熟語というそれまでのルールを無視したこの言葉を目にしたとき、俺はなぜだかぞわりと悪寒が走った。

 現実世界との差異があるから正確な時間はわからないが、相当な時間再ロールを繰り返していたから、膨大な試行回数を重ねてレアなやつを引いたのかもしれない。

 ……これにしよう。そう思った。

 この言葉がどういう意味を持つのかはわからないが、今さら他で満足できる気もしない。

 俺は、迷いなく最終決定の操作を行った。

 

 俺が先ほど作成した、主の無い空虚な鎧の胸元へ『お前自身』という文字列が吸い込まれていく。 

 すると、茫然と立ち尽くすだけだった鎧が、初めて目覚めたように動き出す。

 首を下に向け、自分の手を興味深げに眺める。その次は足を上げてみたり、きょろきょろと辺りを見回したり。

 明らかな覚醒を迎えた甲冑とは対照に、俺の意識はだんだんと遠のいていく。

 キャラクリエイトが終わったんだ。

 これで、ゲームが始まるのだろう。

 

 『Dead Man's Online』が始まる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る