クソザコ種族・呪われし鎧(リビングアーマー)で理不尽クソゲーを超絶攻略してみた【web版】
へか帝
第1話 開封の儀
『生まれた意味を教えて下さい』
……フルダイブして、一番最初に目に入るメッセージがこれか。
やってくれるじゃないか、『Dead Man's Online』。
◆
没入型VR機が市場に流通してから約20年。
度重なる改良を施され、家庭用として普及したのが15年前。
様々な規制を突破し、初の完全VRゲームが海外で発売されたのが4年前。
そして今日。とうとう日本の全ゲーマー待望の、初の国産没入型VRRPG『Dead Man's Online』が発売された。
開発は"あの"トカマク社。
そう、ハードな難易度とダークな世界観に加え、ケレン味が抜群に効いた爽快なアクションが評判のあの会社。
トカマク社はことアクションゲームという方面においてはユーザーから絶対的な信頼を勝ち得ており、いったいいつになったら新作を出すんだと全世界のゲーマーから熱視線を注がれ続けていた。
そのトカマク社が、満を持してのVRゲーム業界参入。
しかも、初の国産没入型VRRPGで。
開発決定を知らせると同時に放映されたPVは、トカマク社のロゴが映っただけで会場が爆発的な歓声に包まれた。
放送されたPVの内容は中世の雰囲気を感じさせる石造りの街並みの世界で、甲冑を身に纏った勇士が剣と魔法を駆使して魔物に挑み栄誉を掴む。そんなハイファンタジーな世界観のものだった。
まさしく誰もが求めるVRRPG、王道中の王道。ファンタジーの本懐。
行ってしまえばありきたりな設定のゲームだった。
──開発がトカマク社だという点に目をつぶれば。
"だってトカマク社だよ?"
よく訓練されたゲーマーたちの心の声はこれに尽きる。あの会社の作るゲームの世界は、いつだって一癖も二癖もあった。
だから待望の新作発表に歓声を上げながらも、内心に巻き起こる疑念を拭いきれずにいたのだ。
果たしてあのトカマク社が、こんな癖の無いゲームを作るのか? みんなそう思っていた。俺だってその一人だ。
ただ、そんな意見は少数派。
トカマク社も新規のフォーマットに足を踏み入れるのに、奇をてらった作品をぶち込むリスクを嫌っただけだ、トカマク社だって堂々と王道を歩みたいときだってある。
世間ではそんな考え方が多くを占めていた。
ただし、あのひねくれ者のトカマク社を心底から信頼している者たちはそうは思わない。
これは絶対に普通のファンタジーではない。『Dead Man's Online』という物々しいタイトルにしてもそうだ。
何かが、絶対に何かが隠されているはず。
疑り深い、所謂信者と呼ばれるような者たちがネットにアップされたプロモーションムービーを穴が開く程に何度も何度も視聴していくにうち──不穏な要素が見つかった。
……甲冑の指の数が五本ではない。
そういえば、素顔はおろか肌を晒した人物が一人も登場していない。
思い返してみれば、日差しの下で伸びる影が不自然な形状をしている。
耳を澄まして聴いてみれば、剣戟の合間に不可解な水の音が混じっている。
次々とまろび出てくる不安の種。
マニアが見つけ出したこれらの要素は、インターネットを伝わってじわじわと広まっていく。
やはり何か隠されている。あの会社が普通のゲームを作るはずがない。だってトカマク社だもん。
徐々に高まっていくプレイヤーの異質な期待を、果たしてトカマク社は裏切らなかった。
新報。プロデューサー自らゲーム概要を説明した動画が公開された。
ゲーム紹介の第一声はこうだ。
"プレイヤーは『人間』ではありません"
プレイアブルなアバターとして羅列される人ならざる怪物たち。
それを見てVRゲーマ―たちは度肝を抜かれた。なぜか。
それは人外の操作が没入型VRゲームにおいて向こう十年は不可能とされる特異点だったからだ。
没入型VRゲームにおける人外キャラの操作、というブレイクスルーが果たされた経緯だが、曰く野にいた変態技術者に望むだけの環境と時間と金を与えたら実現が叶ったらしい。
人外の操作を可能とした技術者を変態と呼称したプロデューサーだったが、件の変態を見出し、それを可能とするだけの投資をしたトカマク社こそが最大の変態企業であることは言うまでもない。
補足として、もちろん慣れ親しんだ人型のキャラクターももちろん作れる。
世界の設定上純粋な人間は存在しないものの、いわゆる魔女や吸血鬼のような人と見分けの付かない種族をクリエイトすれば良いそうだ。
説明動画で明かされた事実はそれのみではない。共に次々と開帳されていく新情報。
月下の廃城。濃霧に覆われた峡谷。原始林の深奥へ伸びていく血痕。
新たに公開されたいくつかのスクリーンショットを目にすれば、いい加減誰でも察する。
トカマク社が俺たちに用意した舞台は、ただのファンタジーではない。
"ダークファンタジー"だ。
「神様仏様トカマク社様、本当にありがとうございます……!」
そして俺はその『Dead Man's Online』の販売抽選に当選し、幸運にも発売日からたった二週間後に入手することができた。
数多の予約抽選に敗北して幾星霜。当選発表時刻を過ぎても一向に届かないメールに絶望したのも一度や二度ではない。
そんな俺が奇跡的に当選したのは、知人の勤める個人経営のショップの店頭抽選。
欲しいものはなんでもネット上で売り買いできる昨今だが、結局一番最後に大事なのは自分の足を動かすことだった。
おかげさまで、縋るように近所の神社に毎日通い詰めて必死に祈りを捧げた日々も報われた。腹痛に苦しんでいる時以外であれほど敬虔に祈ったのは初めてだな。
当選した瞬間はマジで一瞬だけ神の存在を確信した。
もちろん神社には当選したあとも感謝の気持ちで通い続けている。おかげさまで神社まで散歩しにいくのが俺の毎日のルーティンだ。
思わぬ副産物として、神社に参り過ぎるあまり気がついたら社務所の巫女さんと仲良くなっていた。
当初は親の手術成功かなにかを祈っていると思われていたそうだ。
必死すぎるだろ、俺。
そんなこんなで、とうとう我が家にこの約束された神ゲーをお迎えすることができたのだ。
梱包された箱には『有馬 祐』と、宛名欄に間違いなく俺の名が記されている。
興奮を隠しきれぬまま震える手で開封の儀を執り行う。
梱包を一段剥くごとにいちいち写真を撮るというアレだ。待望の新作ゲームを手に入れた暁には必ずこれをするのが俺の流儀だった。
今すぐにゲームを遊びたいという一度きりの激情を抱えながらも、それを抑えつけ箱の外観を隅々まで観察するのがたまらない。
そうやって丁寧に丁寧に箱を開いていけば、現れたのはゲームソフトではなく、小ぶりな冊子。
「説明書。まさか本当に実在したとはな……!」
本ゲームには時代錯誤な紙の説明書が同封されている。
発売されたゲームがユーザーの手元に渡ってすぐ話題になった情報だ。
もちろん事前に知識としては知っていたが、やはりこうやって実物を目にすると何とも言えない感動がある。
チュートリアルさえ省かれていく昨今、紙媒体の説明書なんて化石も良いところ。
嘘か真か、ゲームではなく説明書のみが単品で高値で取引されているとさえ聞いた。
あたかもゲームの中の世界から飛び出してきたかのような古めかしい装丁や、年季の入った古紙の匂いを再現したそれは、製作陣の妄執的なこだわりを感じさせる。
こんなご時世に少なくないコストを支払って説明書を作ったんだ。操作マニュアル以上の意味を持つことくらいすぐ分かる。
これはゲームの説明書ではなく、世界の説明書。いかにもトカマク社がやりそうな、粋なやり方だ。
テクノロジーの発展により異世界は空想ではなくなった。今や俺たちは没入型VR機器を通して、空想の世界の一員となることができる。
こんな説明書まで添えられてしまえば、俺たちは空想と現実の境界を見失ってゲームに熱中してしまうこと請け合いだ。
折り目を付けないように慎重にページをめくってみれば、ゲームのキャッチコピーが目に入る。
『生まれた意味を殺して探せ』
人無き世界に、人ならざる異形が人の真似ごとをして暮らしている。
異形の名は死徒。生きる"意味"を持たない死なずの怪物たち。
虚ろな死徒たちには、たったひとつの悲願がある。
それは"死"を迎えること。
伝説に語られる"人"になれば、死を迎えられるという。
今は亡き"人"はかつて生きており、故に死という特権を持っていた。
嘘か真か、我々死徒は生まれた意味を知ったとき、人に生まれ変わるという。
今こそ、生に祈りを。我ら再誕の時だ。
……うん。良い子のちびっこたちにはお見せできないバイオレンスなあらすじだ。だからこそたまらん!
いかん、テンションが上がってきた……!
「ヒャア我慢できねぇ! 説明書は後だ、良いからゲーム始めっぞ!!」
説明書のすぐ下にあったキューブ状のユニット──『Dead Man's Online』を手に取り、ヘッドギアの後頭部のスロットに挿入してそのまま頭に被る。
「水分補給良し! トイレ良し! タイマー良し! 救助センサー良し! ゲームスタート!」
自慢じゃないが俺は開封の儀を完遂したことがない。どうせ今回も我慢できなくなるだろうと踏んで事前にヘッドギアを用意しておいたのさ!
すぐさまヘッドギア起動条件のクリアを確認し、スイッチオン。
身体が下へどぷんと沈む錯覚と同時に、俺の意識は暗転した。
◆
『生まれた意味を教えてください』
……フルダイブして、一番最初に目に入るメッセージがこれか。
やってくれるじゃないか、『Dead Man's Online』。
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