11.見舞い
「今日も来たのね」
「シャルロッテが心配だからね。調子はどうだい?最近は食事もたくさん食べられる様になったと聞いたけど」
「ここのご飯美味しいもの。調子はまずまずね」
イリアスがシャルロッテのベッドサイドに置かれたソファに座る。イリアスは不思議な人で、毎日見舞いにくるが、他愛もない話をしてはメイドに声をかけられると名残惜しそうに去っていく。そんなにも忙しいのだろうか。それならばここまで頻繁に見舞いに来てくれなくともいいのだが。
「あなた、忙しいのではないの?私に構わずやるべきことをする方がいいと思うわよ。大体毎日きて飽きないの?」
「飽きないよ。当たり前じゃないか。毎日忙しくないと言えば嘘になるけれど、僕はそこまで杜撰な計画で動いていないよ。それに、日に日に元気になっているシャルロッテを見ているだけで、僕も元気がもらえるんだ。心のどこかで、もしかしたらまだ生きられるんじゃないか、って思っちゃうくらいにはね」
「だから生きるって言ってるじゃない」
最近気づいた。
このイリアスという少年、顔がいいのはもちろんのこと、シャルロッテに対して異常なほど優しいのだ。見舞いにくると、最後には必ず頭を撫でていく。そっけない態度をとっても、常にニコニコと笑っている。
(もしかして従兄弟だったりするのかしら。そうでないとここまで親密にはならないはずよね)
「シャルロッテ、変わったね。前とは別人みたいだ」
イリアスの言葉に内心ドキッとする。冷静を保ちながら笑顔を向ける。
「そうかしら?私は今までもこれからも私のままだわ」
実際は違うのだが。
「私はなんとしてでも生き延びてみせる。見たい景色がある。確かめたいことも、やりたいことも山ほどあるわ。そのために、私はどんなに不可能だと言われてもなんだってやってみせる」
おそらく、ここはヴァレリアが魔王をしていた時代よりもかなり後だ。であれば、今魔族がどう生活しているのか。魔王と聖女・勇者の戦いなど歴史に載っているだろう。あの戦いの結末も知りたい。そしてせっかくシャルロッテにより授けられた二度目の人生なのだ。最初は混乱したが、今はいろいろなことをしたくてたまらない。
「シャルロッテのやりたいこと、か。すごく気になるけれど、教えてはくれないんだろうな。そのやりたいこと、が僕も一緒にできることならばいいのだけれど……」
イリアスの美しい瞳が伏せられる。
「できないことはないでしょうけど……私はまずあなたのことをよく知らないわ。あなたが誰か、私とどういう関係か、好きなもの、嫌いなもの、興味があるもの。私は何も知らない。あなたがイリアスという名前であること以外、何も」
「そうだね、詳しいことはシャルロッテが病気を本当に治せたときに話すよ。そうだね……僕の好きなものは魔法とか剣術とか……勉強は全部好きだよ。新しいことを知るのはワクワクする。嫌いなものは、人のことを根拠もなしに陥れようとする人、かな。その人がどれだけ素晴らしい人かも知りもしないで噂や自分の価値観だけで決めつけるなんて、それこそ愚の骨頂だ。興味があるのは、最近やっと正面から僕のことを見てくれる様になった子、かな」
「今まではろくに顔を合わせてくれなかったの?ひどい子ね、その子」
まだ出会ってまもないが、イリアスは人間性も素晴らしいと思う。私がまだ魔王だったら将来大きくなった彼をスカウトして一緒に国を動かしたいと思うほどだ。魔王として百数年、魔界を統治してきた私から見ても、彼は国を率いていく才能と風格をすでに持っている。
「そんなことないよ。昔はそれこそ本当に顔もほとんど合わせなかったけど、最近は関係が良好だと勝手に思ってる」
「その子ともっと仲良くなれるといいわね。もっとあなたのことを聞きたいけど、それは私が治ったら、っていうんでしょう?」
「そうだね。たかがこんなことじゃ意味がないかもしれないけれど、このために少しでもシャルロッテが頑張ってくれたらって思ってしまうんだ」
「私、治るって言ってるじゃないの」
何度言っても信じてくれないことがだんだんおかしく感じてきて、思わず笑ってしまった。
「治ったら、僕と一緒に勉強するのはどうだい?魔法でも、座学でも。このくらいの約束ならいいだろう?」
正直この時代の学問のレベルも知りたいし、いつかは学びたいと思っていた。そこに気軽に話せるイリアスが一緒ならば心強い。
「ええ!楽しみにしているわ!」
「ごめん、もう時間みたいだ。明日もくるよ」
イリアスがシャルロッテのふわふわの髪に手を乗せ。優しい手つきで撫でる。
最近はこれが別れ際のお決まりになった。
(明日は何を話そう……)
他愛のない話ばかりだけれど、それが楽しくてたまらない。イリアスが部屋から出たのを見届け、シャルロッテはベッドに潜った。
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