6.婚約者の異変


手ぬぐいを乗せた瞬間、シャルロッテの目がゆっくりと開かれた。


「ん……」


「あ、起きたかい?今メリアベリル侯爵に使いを送ったけど、その状態だとしばらくは邸宅に帰るのは無理そうだね」


いつものシャルロッテなら、自分が王宮にいると知った時点で即座に帰ろうとする。が、しかし。


 (反応なし、か)


その後、王宮医から渡された解熱薬をシャルロッテに勧めてみた。自分も飲んだことがあるが、この薬は効き目は素晴らしいものの味も匂いも最悪だ。これもいつものシャルロッテなら自分の手を叩き、薬の入った器ごとひっくり返すくらいのことはするだろう。しかし予想外に表情を歪めはしたものの、シャルロッテは薬を一気に飲み干した。


 (おかしい。明らかにいつもと違いすぎる。それほどまでに熱が辛いのか?)


宮廷医から熱が下がるまでは正確な診察ができないと言われているため、シャルロッテに休むように言い部屋の外に出る。


今のシャルロッテはいつものシャルロッテとは決定的に違うものがあった。少し前までのシャルロッテの瞳には光が宿っていなかった。生きることに対する諦め、とでもいうのだろうか。それが、先程のシャルロッテの瞳には強い生への意志がはっきりと宿っていた。


「イリアス殿下、先程メリアベリル侯爵からお手紙が届きました」


部屋を出ると、メイドが一通の手紙を差し出した。手紙を受けとり、中にサラッと目を通す。

書かれた日付は昨日。シャルロッテが侯爵邸からいなくなる前に書かれたものらしい。


『イリアス・リヴェラ・オルフェウス殿下。この度我が娘シャルロッテが奇跡的に目を覚ましました』


しばらくは普段通りの報告の内容が綴られていたが、最後の一文に気になることが書いてあった。


『まだ詳しくはわからないのですが、シャルロッテの様子がどうもおかしく、侯爵家専属の医師に診てもらったところ、記憶を失っている可能性があるとのことです。戻るかどうかもまだ分かりません。詳しいことは、後日お話しさせていただければと思います。今はシャルロッテの回復を優先することをお許しください』


 ーー記憶喪失?シャルロッテが?


手元にあるシャルロッテから預かった手紙がやけに気になる。何か重要なことが書いてある気がしてならないのだ。だが手紙を勝手に開けることなどできない。常識的に考えても人の手紙を勝手に読むことなど許されるわけがない。


とりあえず今わかっていることを整理すると、一ヶ月もの間意識不明だったシャルロッテは奇跡的に昨日目を覚ました。だが様子がおかしく、記憶喪失の疑いがある状態。侯爵は昨日まだ体調の整っていないシャルロッテを早く休ませたが、なんらかの理由でシャルロッテは侯爵邸から裸足のまま出て行った。


 (そして今、か)


「イリアス殿下、先程メリアベリル侯爵が王宮に到着したと連絡がございました」


どうやら少し前に送った手紙を見た侯爵が、王宮に駆けつけたらしい。


「すぐに通してくれ」


しばらくすると焦った様子の侯爵が部屋に入ってきた。


「殿下、シャルロッテがここにいるというのは本当ですか⁉︎休むように言っていたのですが、いつの間にか部屋がもぬけの殻になっていて……」


「安心してください。シャルロッテは王宮で保護しました。裸足で走ってきたようで、足に傷を負っていますが、それ以外目立った外傷はありません。熱が高いのが問題ですが、薬を飲ませたので時期に一時的に下がるでしょう。薬が効いた頃に、もう一度王宮医が詳しく診察することになっています。その時には侯爵も一緒にいてください」


「申し訳ありません……。どうか、よろしくお願いいたします」


しばらく侯爵と話をしていると、シャルロッテの熱が下がったとメイドから報告が上がった。

すぐに王宮医を呼び、侯爵と共にシャルロッテの元を訪れる。しかし王宮医によって診断されたシャルロッテの状態は、予想を遥かに裏切る危険な状態だった。




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