アルプトラム Ⅱ ―終わらない悪夢―

「君は夢を見なくちゃいけないんだ」


「なんで?」

「……そういう、決まりだから」

「ふーん」

 彼女の小さな歩幅が黒い水面に波紋を広げていく。


 隣を歩く少女は、人間から『サナギ』と呼ばれていた。

 彼女は、注文通りの容姿人格を持った理想の子供を謳う、この工場の主要商品だった。


 しかしこの商品は表向きなものではなかった。政府にも許可はされていないし、学者の倫理とやらにも違反している。

 だからこそ、この工場は人間ではなく、秘密漏洩の危険のない、僕たち“キカイ”に任せられていた。どうやら人間の社会ではこの技術は受け入れ難いらしい。



■■■ ■■■■■ ■ ■■■■ ■■

 ■■■■ ■■■■■■ ■■■■■

  ■■■■■ ■■ ■■■■■■


「なら、僕が名前をあげるよ」

 本当?と少女は顔を輝かせる。

 このとき僕はまた命令違反を起こしていた。

 サナギの名前は買い取り手がつけるものだ。違和感なくその家族に馴染めるように、夢での両親の顔はぼかしているし、名前はつけないようにしている。


 でも創造力なんて機能はそもそも開発者に与えられていないのだから、彼女に名前をつけるなんてことできないのではないか。

 そう思いつつも演算機は、はりきっているのか演算をやめようとしない。


―――サナ……

 何の拍子か演算機がそんな回答を寄越してきた。

 えっ、と彼女がこちらに顔を向ける。

 どうやら口に出してしまっていたらしい。発声機能をオフにしておくべきだったと後悔する。


「わたしの名前は、サナ……?」


 違う。それは……それは名前じゃない。

 しかしうまく声が出せない。バグのようなものが発生機能を阻害している。


 サナギの『サナ』。

 『サナギ』は夢操作をされた子どもの一般的な名で、ここの工場では『Sana』という商品名で売買されていた。


「ありがとう、エイト。大切にするね……」

 しかし、彼女はそう言って僕に柔らかな笑みを返す。

 求めていた彼女の笑顔を受け取るもエイトは心が落ち着かない。


 彼女が知るべきじゃないこと――

 しかし彼女が嬉しそうに「サナ、サナ」とハミングするように何度も口に出しているのを見ると、僕にはもう訂正はすることができなかった■■■■■ ■■■ ■


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る