桜の木のギター 🎸
上月くるを
桜の木のギター 🎸
――おや、またあの子が来ている……。
街のメインストリートにある小川楽器店の店長・ヨシキはつぶやきました。
ショーウィンドウの向こうに、見慣れた制服の女子高生がたたずんでいます。
何度か信号が変わっても、ツインテールの少女はウィンドウを見つめたまま。
――やっぱりアレが欲しいんだな。
当店で一番人気の真っ赤なエレキギターをもっとも目立つ場所に置いてあります。
楽器に興味がある娘なら10人が10人欲しくなる、典型的な女の子ギター。🎸
*
目の前の自動ドアが急に開いたので、少女はぎょっとしたように後ずさりました。
怯えたようすの少女を気づかって、ヨシキは、つとめてやさしく声をかけました。
「ギター、好きなの?」
「………………………」
「よかったら見てみる?」
「あ、でも、わたし……」
「大丈夫だよ、見るのはタダだから(笑)。さあ、遠慮なくどうぞ」
軽口に安心したのか、少女はオズオズと店に足を踏み入れました。
赤いギターを出そうとすると、意外にも少女は首を横に振ります。
――え、これじゃなかったの?( ;∀;)
試しに横の渋いアコスティックギターを指さすと、少女は、こくんと頷きました。
少女は初々しい頬を薄紅に染め、宝玉を扱うかのようにアコギを受け取りました。
*
夏休み明けから、少女は、学校帰りに小川楽器店に立ち寄るようになりました。
ヨシキからギターを教わるために……といっても、ほんの30分ほどですが……。
街はずれの一画にある少女の家庭には祖母と父親、ふたりの要介護者がいて、働く母親に代わって介助をしたり、炊事や洗濯をこなしたりしなければならないのです。
――やれやれ、ヤングケアラーか。(# ゚Д゚)
事情を知ったヨシキは、いまや虐待と同義語の社会問題になりつつある身近な実態に憤りと悲しみを覚えずにいられませんでしたが、どうしてやることもできません。せめて音楽の才能があるらしい少女にギターを教えてやることぐらいしか……。💦
秋が来て冬が去り、さらに浅春へ。🍂⛄🌹
少女のギターは、ぐんぐん上達していきます。
*
春休み、ヨシキと少女のすがたは、郊外の楽器製造工場の事務所にありました。
小川楽器店の直営工場で、新たに桜の木を使ったギターの開発を始めたのです。
自身で咲かせる花と同じ薄紅を芯に秘めた桜材は、表面に緑色の縞、精緻な肌目に年輪が明確で、加工しやすいうえに耐久性が高いので、ギター素材に適しています。
少女の持つ独特な美的センスを活かしたら、きっとオリジナリティの高いギターに仕上がると踏んだヨシキは、成功したら新品を1台プレゼントすると約束しました。
*
夏休みに入って10日目。
念願の桜材のギターがついに完成しました。
おしゃれな薄紅色をしたアコスティックギターは、ピカピカにメタリックな真っ赤なエレキギターよりずっと女の子っぽい、繊細な音の芸術を紡ぐ道具になりました。
行政の指導が入って祖母と父親を施設に預け、ようやく本来の女子高生の暮らしを取りもどした少女は、本格的なミュージシャンの道への一歩を踏み出したようです。
桜の木のギター 🎸 上月くるを @kurutan
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