第175話 孤児院の子供たち

175.孤児院の子供たち





~(孤児院の年長者)ミハイル・ハミルトン視点~



僕の名前はミハイル・ハミルトンと言います。


年齢は……よく分かりませんが、多分10歳くらいでしょうか。


僕たちは今日、大きな狼さんに連れられて、何だかよく分からない場所(周りのシスターさんたちはシューレンジョーと言ってました)に連れてこられました。


(またひどいことをされるんじゃないか)


多分、ほとんどの子供たち……孤児たちがそう思ったと思います。


僕たちは元々、ワイズ教の神官のお世話をするための神官見習いとして、拾われてきた子供孤児たちです。


ただ、はっきり言えば奴隷同然の扱いで、教主ジャルネル様はもちろん、他の神官様たちと同等の扱いを受けることなど夢のまた夢。


言われるがままに、こき使われる奴隷で、もちろんお給金もありません。


教主様たちは、「食べ物を恵んでもらえるだけありがたいと思え!」とそう言ってパンを一切れと薄い塩のまじったスープを与えて、僕たちを家畜だと呼んで笑います。


そして、使えなくなった者から、孤児院……と言っても、単なる牢屋なのですが……に放り込まれるのです。


容姿端麗だったり、本当に優秀で口のうまい子供は、昼のお勤めとして神殿に見習いとして勤務し、夜は……なぜかお気に入りの神官様が連れて行くことがありますが、ひどい折檻を受けている事も少なくありません。(理解できませんが、そういう趣味の神官様がいるという噂です)


そういった例外を除いては、こうして家畜のような形で牢屋に閉じ込められていたのでした。


いえ、実際家畜扱いで、時折見に来る神官様が、僕たちをどこかに売り飛ばす算段を離しているのを聞いたことがあります。ろーどーりょく、なり、ひけんたい? なり、よく分かりませんが、使いようがあるとかなんとか言っていました。


意味は分かりませんが、ろくでもないことだけは分かります。


僕たちが自分たちの状況に絶望していたのは言うまでもありません。


それでも、いちおう年長者の僕がリーダーとして、孤児たちを励ましてきました。


ただ、簡単な読み書きどころか、栄養失調気味の子供も多い状況。


もうどうしようもない。ここで死ぬか、もっと酷い場所で死ぬのかだけを指折り数えるだけの日々でした。


そんな絶望が、孤児院に渦巻いていた時に、


「可哀そうになぁ。人の仔は同胞にひどいことをする」


ギョロリ、と鉄格子ごしに、大きな目が僕を見ました。


まぁ、何人か知りませんが、後ろにいた子供たちは失神はしたでしょう。


ただ、僕はぎりぎり正気を保てました。


何だか、その目の前の目が、優し気だったからです。


会ったこともないお母さんみたいだな、となぜか思ったのです。


「人の仔よ。どうしたい? 我を信じてここを出るかえ? それとも、狼が食べに来たと思ってこんな寒い場所にずっとおるかえ?」


よく見れば大きな狼さんでした。


そして、何より、


「あったかそう」


僕は牙の大きい、僕よりよほど大きくて強そうな狼さんの青い美しい光沢のある毛を触ったのでした。


「あったかい……」


それは無意識でした。


無意識に、温かいものに触れたんだと思います。この地下牢で温かいものは、孤児たちと身を寄せ合う以外、他にありませんでしたから。


「そうかえ。あい分かった。ではお前たちはこれより我が面倒をみようぞ。まぁ、ちょっと主様は怒るかもしれんがなあ。いや、むしろ笑ってくれるやもしれぬ。ふふふ」


狼さんはそう言うと、


「一人一人運ぶのは、少々面倒であるなぁ。ま、こうすれば良かろうて」


そう言いながら、前脚の爪を音もなく素早く動かしました。


そして、


「ではゆくぞ? 多少揺れるかもしれぬが、舌をかまぬようにな」


次の瞬間、


『ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン』


地下牢……。いえ、地下一帯が吹っ飛んで空が露出していました。


そして、僕らがいた牢屋はくりぬかれて、狼さんの口に咥えられていたのです。


また後ろで何人かパタパタと気絶しました。


「まぁ、気絶してた方がいいかもしれないですね」


「人の仔よお主、なかなか肝が据わっておるな。名前は?」


名前……。


名前を聞かれるなんて本当に久しぶりのことでした。


だって、僕は家畜同然で、「おい」とか「お前」と呼ばれて、名前なんて決して誰も覚えてくれていないからです。


「ミハイルです。ミハイル・ハミルトン」


「そうか。ではゆくぞ、ミハイル。怖いかえ?」


その問いかけに、僕は首を横に振りました。


「お母さんみたいで、あったかい」


「息吹があたっておるのに、面白い仔じゃな。あはははは!」


狼さんはなんでか上機嫌になって、大きく跳躍したのでした。でも、なぜか振動は僕たちにはありませんでした。もしかしたら、魔法か何かなのかもしれません。


そして、数時間のうちに、僕たちはこうしてシューレンジョーという場所に連れてこられて、信じられないことに、


「このスープ。お肉が入ってるよ!」


「や、野菜も!」


「塩以外の味がする……。あったかい」


こうして温かい食事を口にすることが出来たのでした。


同時に、


「俺はアリアケ・ミハマだ。この国の王をしている」


「お、おう?」


おうってなんでしょうか? このくにのおう?


お、う?


おう?


おう!?


「国王様!?」


「そうだよ。まぁでも校長でもあるんだ。だから、そんなに大層なもんじゃない」


僕が平伏しようとすると、国王様はなんと自分から、


「俺はアリアケ・ミハマだ。君は?」


また、名前を聞いてくれたのです。


僕は夢の中にいるのかな? と思いながら、もう一度名乗るのでした。


でも夢じゃない証拠に、狼さんは目の前のアリアケ国王の後ろで、やはり同じ優しい目つきでお座りをしていたのです。


こうして僕たちの生活は現実感がないまま、物凄い勢いで変わっていくのですが、この時の僕たちは、温かい食事と温かい寝床に夢中で、これからもっと楽しいことが待っているなんて夢にも思っていないのでした。


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