第168話 ひそかに迫る闇
168.ひそかに迫る闇
~魔族の少年ルギ視点~
「今日の実技、全然役に立つことができませんでしたね」
ルギは落ち込みながら、自分に割り当てられた学生寮の一室にいた。
実技の時に切り札とも言えるスキル≪シャドー・セルバンティス≫を使用した。
正直言って、まさかあれほど簡単に見破られるとは思っていなかったのである。
アリアケ・ミハマ先生は、この中立国オールティの国王でもあり、校長でもある。
そして、これは公にはされていないが、この世界の危機を邪神より救った中心人物なのだそうだ。
だが、その役割は賢者であり、まさか一人でこちらの攻撃をあれほど余裕で全て跳ね返されるとは思ってもみなかった。
(特に僕の技は完璧だと思っていたのに、ああもあっさりと……)
とまぁ、そんな感じで、同じ思考をグルグルグルグルして、落ち込みのスパイラルに入っているのだった。
あのうるさいフィネなんかは、そんな様子をもし見かけたら、背中あたりを思いっきりたたいて、次は頑張ろうな!!! とあの無意味にうるさい声で言ってくるのだろうが、いま彼女はいない。
多分、今日のアリアケ先生の訓練を受けて、修業の熱が燃え上がったのだろう。今頃、修練場のどこかで修行中だろう。
(やれやれ。人族らしい野蛮さですね)
どうも彼女のあの押しの強さが好きになれない。あれが魔族に戦争を仕掛けてきた人族の攻撃性のような気がするからだ。だが、一方でそれだけではない気もしていた。今だって、
(もし、彼女がいたら、落ち込んでいる僕を見て、背中をおもいっきりたたいて……)
大声で修行にいこうぜ! とでも言うだろう。
だが、
「ああ、そうだな。お前が思っていることはぜーんぶ正しいぜえ」
「えっ?」
その時、僕に声をかけてくれたのは、あの馬鹿みたいに明るいフィネではなく、別の人族の男性だった。
しかも、それはとても有名な方だった。
「勇者ビビア……様?」
どうしてこんなところに?
僕はとっさにそんな疑問を浮かべたが、別にいてもおかしくはないのかもしれないと思いなおす。
勇者ビビアはアリアケ先生の教え子であり、先生の指示のもと、一緒に世界を救ったメンバーの一人だと聞く。魔族にとっても積年の好敵手だけど、邪神が倒されてその必要はなくなった。(と魔王様から聞いている)
ただ、
(あれ? 扉が開いた音はしなかったような?)
というか、
(そもそも、自分の性格上、鍵をかけていたと思うのだが……。忘れていただろうか?)
そんな疑問が浮かんだけれど、
「どうやらもっと強くなりてーって顔だなぁ、おい」
「わ、分かりますか……ははは、お恥ずかしい」
自分がそんな表情をしていたことを、勇者様に見られて僕は恥じる。
けど、勇者様は逆に大笑いしながら、
「馬鹿か! 強くならなくちゃ、意味ねーだろうが!!」
「意味がない?」
「そうだよ」
勇者様はフンと鼻を鳴らすと、
「おめーがよわっちーから、人族に馬鹿にされたり、あのドラゴニュートにも呆れられてるんだろうが! エルフには見下されてよう」
「別に彼女たちはそんな風には思ってなんか……」
「ああーん?」
勇者様は心底馬鹿にしきった顔をあれて、
「本当にそう思ってんのかぁ? 知ってんだろ? あいつらはお前を出し抜こうと一生懸命修行してんだぜえ?」
「出し抜こうと?」
「そうさ! だから、実技科目が終わった後、誰もお前を誘って修行しようとはしなかったんだ」
「そう……なんですかね?」
なるほど。そうかもしれない。今回の戦いで負けた原因は連携の弱さだとアリアケ先生は言っていた。それなら、今その修行をしていないのは、僕抜きで強くなろうとしているから?
「ああ、だが、俺はそういうイジメっていうかよう。誰かを陥れるっていう考えが大っ嫌いなんだ! へへへ、勇者だからよう。だから、特別にお前だけに力をつけてやろうかと思って、来たわけさ。俺の正義感がおめえを放っておけねえってなあ。まぁかつては勇者は魔族の大敵と思われてたと思うが、ここはいっちょ水に流して仲良くやろうや!」
(出し抜く? 彼女たちが? 本当に、そうだろうか? 分からない……。でも)
僕は勇者様の言葉をもう一度咀嚼する。そして、
(強くなる。それは確かに必要なことだ)
もしアリアケ様の一番弟子たる勇者様から修行をつけてもらえるなら、それは願ったりかなったりだろう。
「強くなりゃ、あいつらいけすかねえクラスメイトをギャフンと言わせられるぜえ!」
その言葉で僕の決心は固まった。
「強くなれば、彼女たちを……。分かりました、宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそだぁ。んじゃまぁ、時々連絡を入れるからよ。もちろん、このことは誰にも他言無用だぜえ?」
「えっ、あっ、はい。分かり……」
分かりました、と言い終わる前に、勇者ビビア様の姿は幻のように消えていた。
ただ、一振りの短剣だけがそこに残されていた。
『いざというときの護身用だ。肌身離さずもっておけ』
そう書かれたメモが一枚だけ添えられて。
そんなわけで僕はこの日から時々、勇者ビビア様に修行をつけてもらうことになったのである。
決して他言だけはしないようにして。
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