第167話 実技/実践編

167.実技/実践編





「んじゃ、あたしからだぁ!!」


人族のフィネが宣言するようにこちらへと駆け出してくる。


「馬鹿! 作戦を立てないとダメだろうが!」


反対に、魔族のルディがたしなめるように言うが、後の祭りで、フィネは剣(といっても模擬戦なので短めの木刀)をかまえて突っ込んでくる。


(ふーん、なかなかいいな)


と俺は内心で感心している。


一方で、遠くのコレットとラッカライもそれぞれ、


「良いぞフィネ! そうやってガーっといって、そんでもってちゅどーんじゃ!!」


「いやいや、もっと慎重な方がいいですって、お姉様(汗)」


といったコメントをしている。


(あの二人も成長しているな……)


俺はそんなことを考える。


生徒を教えることは、自分がいままで感覚的にやってきたことを、明文化して伝える必要がある。そのことが自分の成長にいかに有効かは、ビビア達を育てた俺の記憶からも確かだ。


さて、


「のんびりしてる暇はないよ! 先生! スキル≪一点突破≫!! ちょりゃああああああああああああああああああ!!!」


大声を出してフィネが切りかかってくる。


大上段。


大きく振りかぶってからの一撃だ。


スキル≪一点突破≫は、斥候職に特有のスキルで、本来追い詰められることがない斥候職が敵に追い詰められたときに、腕力などの底力を発揮して攻撃力を大きくアップするスキルだ。


特徴としては≪攻撃力アップ≫のスキルと似てはいるが、スピードアップや直感力のアップなど、いくつかの能力アップを兼ね備えた、有効なスキルである。


とはいえ、


「それを大声で叫ぶ意味はない」


「ぎく!?」


フィネは体が小さいが、この学園の生徒たちは全員、マントを羽織っている。


だから、大きく動けば。


例えば、今回の様にフィネが大上段で動けば、相手の視界を奪うことが出来るのだ。


「例えば今回のようにな。スキル≪魔法耐性アップ≫付与」


俺は大上段で切りかかってくるフィネの『物理攻撃』については、『無視』して、『魔法耐性』をあげた。


そして、


「そろそろ、回避行動しないと、お前の背中に直撃するぞ、フィネ」


「えっ!? ちょっ!? まっ!?」


フィネは焦りながらも空中で体勢をねじるようにして、俺に直接攻撃を仕掛ける前に、その視界から消える。


そして、その真後ろでは、


「ちょっと、躱すのが早すぎますよ! ええい、もう! 精霊魔法≪ウインドカッター≫!!!!!!!!」


エルフのソラが隠れて精霊魔法を詠唱し、俺に放出していたのだった。


だが、その攻撃を予想していた俺は、すでにスキルを唱え終わっていたうえに、魔法の射線も読めたので、既に素早く移動してほとんどの攻撃を躱してしまう。


「あんなにタイミングを練習したのに、どうして練習通りやらないんですか!」


「いや、だって、先生が危ないって言うから」


「今は先生は敵でしょうが! 篭絡こうりゃくされてどうするんです!」


口喧嘩が始まってしまった。


「反省会は授業の後にするのをおすすめしよう。まだまだ、実戦には程遠いな」


俺が苦笑しながら言うのと同時に、


ガギン! と俺の隣からやはり木刀を振りかざしてきた存在があった。


「さすが抜け目がないな、キュールネー」


「ざーんねん。あの子達の喧嘩は良いめくらましかと思いましたのに」


「悪くない戦略だが。あまりよくない発想だ。お前のは連携ではなくて、謀略のようなところがある。仲間たちともっと連携を深めれば、もっと良い結果になる」


「そうですか? 私にはそうは思えないのですが?」


「やれやれ。コレットはうるさいくらいにべったりだが、お前はそっけないな。同じゲシュペント・ドラゴンだというのに」


「末姫様のことは、言わぬが華ですわ!」


「おっと?」


≪攻撃力アップ≫付与


≪防御力アップ≫付与


≪スピードアップ≫付与


≪回数付き回避≫付与


「あら、生徒相手にそれほど本気にならなくても宜しいじゃないですか?」


「本気でそう言っているなら間違いだ。俺は油断すれば素人にだって負ける。俺は万能だから強いのではない。万能を万能たらしめる才能があるから、最強であるだけだ」


「これはやっぱりまだ私では勝てませんわね」


彼女はそう言って剣を引っ込んて後退する。


「訓練だからかかってきて欲しいところだが……まぁ、実戦訓練だ。それも一つの判断だろう」


プララあたりがしそうな判断だなと思いながら、俺は構えを解く。


と同時に、


「はぁ!!!!」


「スキル≪シャドー・セルバンティス≫か」


俺との戦いの最中に何人もの影が入り乱れている。その隙に魔族の子ルギが使ったスキルが≪シャドー・セルバンティス≫だ。


影に自分の分身ともいえる存在を潜ませるスキルであり、攻撃力はそれほど強くないが、不意打ちを仕掛けるには持ってこいの技だ。


乱戦になるのを見て、とっさにスキルを発動したのだろう。


ただ、


「ルギの魔力は特徴があるからな」


俺はそう言うと、その影を手持ちの剣を抜き、ばっさりと両断する。


すると、


「う!?」


少し離れてこちらを睨んでいたルギが片膝をついた。


「すまん、大丈夫か? 手加減はしたつもりだが」


「は、はい。だ、大丈夫です。でも、すぐに見破られてカウンターを喰らうとは思ってなかったもので、驚いてしまって……」


「あまり筋書通りに行くと思わないことだ。戦いはトラブルの連続だからな。今のでちょっとは体感しただろう。一つ成長したな」


「!? は、はい!!」


ルギが嬉しそうにうなづいた。


彼はまじめな学生なので、褒めてやると良い。


さて、それはそうとして、


「おーい、ピノ。お前は何もしてこないのか?」


そう言うと、遠くで体育座りしているピノは、いつもの何を考えているのか分からない半眼をこちらに向けると、


「?」


首をこてんと横に倒した。


「ちょっと、ピノ! ちゃんと協力してくんないと先生倒せないでしょ! ていうか、あなたどうしてこの学校に入ったの!?」


「それはそうですね。しっかりと授業を受けないなら、悪・即・退学です!」


フィネとソラがプンスカとしながら言った。


自分たちは得意になって仕掛けた攻撃が、瞬時に看破されたうえに、俺に「実戦まで程遠い」と言われて憤懣やるかたない二人が文句を言ったのである。


だが、その二人をピノはぼんやりと見やるだけだ。


「ピノはまだ体調が良くないんだ。今日は見学だ」


「なんかピノだけ見学多すぎるって感じ!」


「そうですわ! 不公平な気がします! ピノがいればもっと連携に幅が出ますのに!」


そんなことを言っている。


まぁ、確かにピノの扱いは難しいだろうな。俺にとってもそうなのだから。


さて、とりあえず模擬戦としては一定こんなものだろう。


コレット、ラッカライもこそこそ講評を口にしていた。


「なっ、言ったじゃろ? フィネがバーンと行って、その後ろからソラがドドドドーンじゃ。ちーとばかし、連携がうまくいっておらんかったけど、練習したらもっとうまくいくし、いろんな戦術に応用可能なのじゃ」


「ああ、そういう意図で言ってたんですね。お姉様語に早くなれないと。キュールネ―やルギは臨機応変な対応がいいですね。もう少し仲間との連携を念頭においてもらえるといいんですが」


「しかし、あまりそれだけでも攻撃が硬直的になりすぎるのじゃ。案外、勝手なことをする奴がいても良かったりすると儂なんかは思ったりする」


「僭越ながら、それは多分、Sランク冒険者くらいからの話のような気がするんですよね。彼らはまだよくてCランクくらいかと思いますし、まずは基本的な連携が大事ではないでしょうか」


ふむ。


なかなか白熱した議論をしていて、両者の議論にはどちらにも分がある。


だが、今回の戦いで見えたのは、連携しようとする者としない者の差が激しいこと。


そして、それが実際のクエストで大きなミスにつながるのではないかという点だ。


そのことを今日の授業では実戦形式で伝えたつもりだが、必ずしも伝わっていると楽観はしない。


子供の心に伝えるには、何度も同じ言葉で粘り強く語り掛けないといけない。


それが学校というものだと思うからだ。


ともかく、こうして本日の実技科目は終了したのである。


ただ、


(色々な課題はあるが、やはりこうして何かを教えるのは楽しいな。何か一つでも、彼らの学びになってくれていると嬉しいのだがなぁ)


そんなことを、やんややんや、言い争ったりする彼らを眺めつつ思うのだった。

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