第164話 種族いろいろ

164.種族いろいろ



「先に手を出して来たのはフィネ人族です。全く野蛮このうえありませんよ」


「あーっ! 鬱陶しいそのものの言い方ぁ! そういうのがむかつくってんだよね、ルギ魔族は! もうちょっと空気読んでくれない!? だからクラスで嫌われんじゃないの!?」


「別にあたしは嫌ってないよー! ガンガンやってくれて、それこそお祭りみたいで楽しいねえ!」


キュールネ―ドラゴニュートさんは黙っていてください! クラス委員長のソラとしては、お二人の退学を強く推薦しますです!!」


あんたエルフの方が過激じゃん。学級崩壊どころか、学校崩壊しちゃうって。だから、引きこもって出てこれない空気読めない系種族なんだよね、エルフは。ケラケラ」


「あなたこそ、ふざけてばかりいないで、ちゃんとクラス運営に参加してはどうですか? 歳だけくって精神年齢は幼いんですね」


「……へえ、結構言うじゃん、あんた。気に入ったわ」


フィネ、ルギ、キュールネー、ソラが、俺の前で言い合いというか責任の擦り付け合いをする。


でもって、一部では、一触即発のような雰囲気も醸し出していた。


一方で全く無言で、一歩引いた様子でその光景を眺めている少女、


「どうでもいい。早く教室で授業の続きをするべき」


種族不明の少女ピノは淡々とコメントした。


とはいえ、小さな声なので、その声はクラスメイト達の喧噪にかき消されるわけだが。


「できるかい」


と一応、俺なりの優しさでツッコミを入れておいた。彼女は純粋に俺がそう突っ込んだ理由が分からず、首を傾げて「?」マークを浮かべる。ま、無理もないか。


「やれやれ、それにしても、相変わらずやかましいクラスだなぁ」


俺は彼らの言い争いを見ながら苦笑してコメントをする。


すると、隣のラッカライが泣きつくように言った。


「先生、ボク、どうしたらいいのか分からなくって……」


とすがりついてきた。


(おいおい、お前が先生なんだから、しっかり面倒をみないとだめだろう)


などと言うのは簡単だが、そんな容易にこのクラスがまとまるとは最初から俺だって思っていない。


というか、この学校を設立しようとしたときに、成功すると思った人間はほんの僅かだろう。


だが、こういう状況ですべきことは、どんな時も変わらないものだ。


ビビアたちを育てた時も、そうだった。


「フィネ」


「は、はい……」


俺はまず人族の少女に声をかける。怒られると思ったのか、若干委縮気味だが、


「先ほどのスキル≪ステルス≫だが、なかなか良かったな」


「ほへ?」


いきなり褒められるとは思わなかったのか、フィネが驚いて、今まで合わさなかった目を俺に合わせる。


「相当練習したんだろう。とはいえ、実戦まではあと一歩といったところだな。足音が完全には消えていなかった。耳の良い相手モンスターだと逆にやられる」


「!? み、見てくれていたんですか!?」


「当たり前だろう? お前が日々頑張っていることくらい知っているさ」


そう言うと、彼女は喜色満面になる。元々かなり感情豊かな少女なので、褒められれば喜ぶし、怒られたらへこむ。


「ただ、お披露目したいからと言って、授業中の喧嘩で使うものじゃない。何せ切り札は見せない方がいいからだ」


「き、切り札?」


「ああ。手の打ちはあまり明かすな。仲間であっても、な」


「べ、別に仲間じゃないです! ルギなんて!!」


「そうなのか? 上達したのを見せたくて、わざわざあのスキルを喧嘩にかこつけて、使ったのかと思ったぞ?」


「ち、ちちっちちっちちちっちちちがうし! じゃない、違います!! た、ただ……」


彼女はちらりと彼を見てから、


「人族の斥候スキルは魔族でも気づかないレベルの時があるって言ったから、それを見せてやりたくて。それだけだし!」


顔を真っ赤にしながら、フィネはブンブンと首を振った。


やれやれ。


さて。


「ルギもだ。魔術≪ブラトリオン≫の蝙蝠の数が100匹を超えていたな。相当努力しているようだ。偉いぞ」


「えっ、あっ、その。は、はい。ありがとうございます。べ、別に練習なんてそれほどしているわけではないですがね!!!」


彼はそっぽを向いて否定する。


だが、


「そうなのか、ソラ?」


俺はエルフの少女に聞く。


どうして彼女に聞くのか、と言う顔をするが、彼女は淡々と、


「ルギったらなかなか放課後帰らないで、校庭の隅っこで隠れてずっと技の練習してるんです。ちなみに、フィネは競技場の隅に隠れてよく練習してます。どうして隠れる必要があるんでしょうか。努力するのは素晴らしいことなのに」


「っていうか、お前見てたのかよ!?」


ルギが赤面しながらツッコんだ。ソラは当然の様に耳をピコピコと動かしながら、


「当たり前でしょう。学級委員長をなめないで欲しいですね。クラスの万事を掌握し、手の平のうえで転がすように運営するのが、学級委員長の役割なんですから。」


「ご苦労様だな、ソラ」


「ありがとうございます、アリアケ先生!」


えっへんとばかりに胸をはった。


一方、フィネとルギはもじもじしながら、


「……だってフィネが魔族の技は派手でかっこいいって言ってたから、ちょっとそう言う技を見せてやろうかと思って……。だからフィネにアっと言わせたくて……。それだけです!」


双方、こういった言い分や背景があったわけだ。


一面的に見てしまえばただの喧嘩だが、ちゃんと話を聴けばそれぞれに事情があることが分かる。


あっ、それから、


「ソラ。ちなみに、学級委員長にはそこまでの役割は求めていないので、後で一回話し合おうな」


「さて、私はそろそろ帰って宿題をせねば」


「学級委員長が堂々と早退するな」


まだ授業中である。


「それからキュールネ―も。もっとクラスになじむようにしろよ。竜の山では、なかなか他種族と交わる機会もないだろう? もっと楽しんでいけ」


あたしは関係ないという雰囲気で笑っていたキュールネ―にも声をかけた。


彼女は意外そうに、


「あたしにも説教かい? でも、あたしは何もしちゃいないよ」


「それが問題だと、俺は思うんだがな?」


「はい?」


俺の言葉にキュールネ―は首を傾げた。


ついでにソラは抗議の声を上げる。


「アリアケ先生! キュールネ―はとんでもない不良ですよ。フィネとルギの喧嘩を煽ってばかりいました。悪質な愉快犯です! 不良です! 悪・即・退学!」


なるほど。


まぁ、


「ソラにはそう見えたか」


「へ?」


ソラは俺の言葉の意味がよく分からないとばかりに首を傾げる。


「ま、時間はかかるだろうが、それも仕方ないか。何せ寿命も考え方も違う。それに、本人も無自覚のようだしなぁ」


俺は呟くように言ってから、パンパンと手をたたいて、


「お前たちには授業の一環でダンジョンに潜ってもらうことになる。だから色々と修行をしてもらってはいる。だが」


俺は皆の心に伝わるようにゆっくりと言う。


「お前たちは種族が違う。考え方も違う。だから、修行していたことを照れて隠し、いきなりスキルを使ってやりあった方が早いと思う気持ちも分かる。どうせ会話しても話が通じないから面倒だなぁ、と億劫に思う気持ちもな。だがな」


俺は微笑みながら言う。


「それでもな、まずは会話してみることだ。本当に大切なのは一歩だけでも歩み寄ること。傍観しているだけでは何も生まれない」


意外なことに、


「話が通じなくても、話しかけるの?」


「そうだ」


「それは……どうしてかしら?」


一番興味なさそうにしていた、ドラゴニュートのキュールネ―がそっけなく聞いた。


「案外な、話は通じなくても、気持ちは通じるものだからだ」


「ふうん? そんなこと、あるのかしら?」


彼女は良く分からないとばかりに首を傾げた。


他のみんなも同様だ。


だが、特にフィネとルギは自分の努力を認めさせたい、ということが動機であることがお互いに知れて、少しばかり気恥ずかしいようで、顔を若干赤らめてそっぽを向き合っていた。


可愛らしいものだ。


「ふっ、昔のビビア達を思い出すな」


「先生、それはきっと、とんでもない過去の美化とかだと思います。もうホント色々台無しです」


ラッカライになぜか即座に否定された。


なぜだ?


まぁ、とにもかくにも、多種族学園のこの学校では、この手の喧嘩ややりとりがとにかく多いのであった。


そして、それぞれに言い分があったりもする。


大事なのは、それを頭ごなしに否定するのではなく、ちゃんと理由を聞いて、もっと良い解決策を提案してやることである。いや、そうじゃない。解決できると思うことはおこがましいことなのかもな。


『だから、話を聞くだけでもいい』


それだけで、案外ヒトというのは、わだかまりを解消したりできるものなのだから。


ラッカライにはそのことを伝えたつもりだったが、うまく伝わっただろうか?


と、そんなことをしているうちに、


「お腹が減った。アリアケ先生」


あっちを見たり、こっちを見たりして、一切会話に加わってこなかったピノが、グーとお腹を鳴らした。


それと同時に昼時を知らせる『チャイム』という自動音声魔法機器が作動し、昼食時間になったのであった。

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