第66話 ~VS.モンスター・ビビア・ハルノア その①~

66.~VS.モンスター・ビビア・ハルノア その①~


「ぜっだい"に"ゆるざねえ"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"え"! あリAGEGEEEEえ"え"え"え"EEえ"EEEえ"EEEえ"え"え"え"え"!」


唸るようなおぞましい声がコロシアムに響いた。


それは人の出せる声ではもはやない。


ガラスをかきむしるよりも不快な金切り声は、長いこと聞き続ければ人を狂気に導くだろう。


俺は顔を上へと向けながら、


「何を飲んだ、ビビア!」


その正視に絶えない変わり果てた姿に、不快感を押し殺しながら問う。


「はあああ⁉ がい"ぶぐや"ぐだあ"あ"あ"あ"あ"! ごれでRIベンジだ、ABIABEEEえ"え"え"! ヨ"ユ"ウ"ぶって"る"の"も"、い"ま"の"う"ち"だZEえ"え"■〇■え"え"EEえ"え"! も"う"い"ぢどだだがえ"ば! お"でが! ばけ""る"、は"ずがぁああっ……!」


人外の声がまたしても轟く。


俺はそんな頭上から降り注ぐ不快極まる声に、冷静に首を横に振った。


「回復薬、だと? 回復薬を飲んだら、お前の体はそんなに大きくなるのか?」


そう言って、ゆっくりと杖を取り出して構えた。


油断はしない。なぜなら、目の前にいるのはもはや幼馴染のあいつビビアではない。


俺は構える。それは『モンスター』に対する構え、だ。


そして、俺たちがそんなやりとりをしている内にも、観客や王族たちからは、


「う、うわあああああああああああああああああああ⁉」


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい⁉ ば、化け物! 偽勇者が! 偽勇者が化け物に!」


「モンスターだ! バケモンだ!」


「大きすぎる……。何十メートルあるんだ……。おい、早く近衛兵を‼ いや第1師団を動かせ! 急げ!」


悲鳴と怒号、混沌が渦巻いていた。


(無理もあるまい、正気で正視に耐えるような代物ではないのだからっ……!)


「グゲ? ば、ばげも"の"? ぞん"な"の"どごに"?」


目の前の化け物は、眼窩から大きく隆起した眼球を、まるでギョロギョロと魚眼のように動かして周囲を見回した。


「あ"??????? お"ま"え"ら"…………。い"つ"の"ま"に"…………。そ"ん"な"に"チ"ビに"な"っ"た"ん"だ"? ギ……ギ……ギ……」


もはや聞き取ることが困難な声らしきものを発したかと思うと、化け物は初めてゆっくりと自分の体を見下ろす。


そして、


「ぐびがあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?!?!?」


化け物の絶叫が轟く。その瞬間、化け物から生えていた『触手たち』がビチビチと跳ねまわった。


汚らわしい触手は頑丈なコロシアムの壁や地面をえぐる。


えぐられた跡は異様な臭気を放っていて、もはや目の前の存在が間違いなく人間などではない、唾棄すべき存在であることを改めて確信させるっ……!


更に触手は観客に迫ろうとするが、


「危ない!」


アリシアの結界が何とかそれを防いだ。


「うわあ! 殺そうとしてきたぞ!」


観客たちの悲鳴が轟く!


「何をする、ビビア‼」


「な"ん"だよ"こ"れ"は"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼ ばげも"ん"じゃ"ね"え"え"え"か"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!? う"があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"‼」


「くそ、もはや何を言っているのか、もう全く聞き取れないっ……!」


(化け物に変わってしまって、意識はもう既にないということなのかっ……! ビビアッ……!)


怪物の絶叫とともに、絢爛けんらんたるコロシアムは壊滅的な打撃を受け、逃げ遅れた人々は、もはや神に祈り始めた。


「あ、ああ、あああああああ……。こ、殺される……」


「か、神様……」


「どうかあの化け物を……。あのおぞましきモンスター……ビビア・ハルノアから我々をお救い下さい……」


絶望。


そして、祈り。


人々が絶望した時に出来るのは、神に祈ることだけ。


それほどの恐怖の権化が、目の前の存在、モンスター・ビビア・ハルノアであった。


俺すらも目をそらしそうになる。その吐き気を催すほどの醜悪な姿……。


そう、かつての幼馴染だった元勇者ビビア・ハルノア。彼の姿を描写するならば……。


四つん這いのカエルのような姿勢で水棲生物に似た姿をしており、眼窩は隆起し、瞼はなく、肌は青色でぬめぬめとしていた。


腹の方は白くてテラテラと光っている反面、体中にびっしりと鱗があり、背びれもある。


奇妙な濃い緑色の尻尾が生えており、また鱗の合間からは、やはり悍ましい触手が何本も何本も生えていた。その触手のその先端は口のようになっていて、常時腐臭と奇妙なうめき声をあげている。


そして、その大きさは優に50メートルはあった。


言うまでもなく、人類の敵、超巨大モンスターだっ……!


その姿はとても正視に耐えられるものではないし、何より、


「あれが、ビビア・ハルノアの正体だったのか……。まさかモンスターだったなんて……」


観客の誰かがいみじくも言った。


そう。


その正体は、先ほどまで勇者と言われた男、ビビア・ハルノアなのだ。


いかに不出来な男だったとはいえ、それでも普通の人間だった……。なのに、そんな普通の人間が、目の前でこんな化け物へと姿を変えたのだ。


人が化け物に変わる。


事実はどうあれ、化け物が人間の姿で振る舞っていた。


その事実は、人々を恐怖のどん底に突き落とす。


(勇者がモンスターになったなど、前代未聞だっ……。いかに歴史を紐解いても、これほどの悪夢は記載されていないぞ……)


「このことは王国の歴史書にも明記されるだろう……」


俺は天を仰ぎ呟く。そして、


「かつての勇者ビビア・ハルノアが御前試合で、王族や大衆たちの目の前でモンスターへと変貌し、破壊の限りを尽くした、と。そう記されるだろう」


そう正確に俺は、元勇者ビビア・ハルノア。今や人類の天敵、醜悪なるモンスターになった男の未来を予測したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る